発売前先読み!『風と共にゆとりぬ』朝井リョウ――「対決! レンタル彼氏」(4)

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対決! レンタル彼氏(3)より続く

「ダ・ヴィンチ」BOOK OF THE YEAR 2015 1位(エッセイ・ノンフィクション部門)!『時をかけるゆとり』に続く朝井リョウエッセイ集『風と共にゆとりぬ』の刊行を記念して、本書の一部を先読み公開します。藤井隆さんのモノマネ芸を尊敬する朝井さんが、編集者の「弟」になりきって挑みますが……「対決!レンタル彼氏」最終回です。

◆◆◆

■対決! レンタル彼氏(最終回)

「あの、ほんとによかったです。姉貴にこんなにちゃんとした彼氏がいるってことがわかって」

「そんなにちゃんとはしてないですけどね」

 M氏はハハハと笑う。私はそこで、声のトーンを、ぐっと落とす。

「聞いてるかもしれないですけど……姉貴、男運が悪いっていうか、これまで付き合ってきた男の人が……なんていうか、あんまりいい人じゃなかったことが多かったんで。俺も心配してて」

 一人称がボク、だった弟が、俺、と言い出す瞬間の演出に、私は自ら拍手を送りたい気持ちだった。彼女の弟というよりも、一人の女性を心配する男としての発言。突然登場した姉の暗いらしき過去、それにどう対応するのか――最後にこれだけチェックさせていただくわ、マヤ。

 M氏は慌てて私と同じように表情を暗くすると、小さく呟いた。

「ええ……Uから少しは聞いてます。その……過去のことも」

 ……乗ってくるのね。さすがよ。とんだ度胸の持ち主ね。千草化した私はM氏のなりきり能力にぱちぱちと拍手を送りつつ、このフィールドオブドリームスを去ることとした。

「……ですよね。だから、今日はなんかすげえホッとしたっていうか……なんかすみません」(おしぼりで鼻を拭く私)

「いえいえ」

「なんか、姉貴のこと、よろしくお願いします」(ぺこりと頭を下げる)

「あ、はい」(大人な感じで照れ笑い)

 この数分の間に突然だめんず・うぉ〜か〜認定されたことを知らないUさんが部屋に戻ってきたところで、「そろそろボクは出ますね!」私は席を立った。もう十分だ。自分のなりきり能力を存分に楽しんだし、M氏の実力にも恐れ入った。夢舞台をありがとう。私は普通の男の子に戻ります。

 店を出たあと、私はすぐ近くの喫茶店に入った。数分後、M氏と別れたUさんと落ち合うためだ。

「お疲れ様でした!」「でした!」「すごかったですね!」「ね!」

 再会するなり私たちは互いの好プレー珍プレーのプレイバックに勤しんだ。ほんの二時間ほどの出来事だったが、なんだかパラレルワールドで起こった出来事のような気がしていた。姉設定を脱ぎ捨てたUさんと会ってやっと、元の世界に戻ってこられた感覚がしたのだ。

 ただ、盛り上がるUさんを横目に、私はちらちらと窓の外を気にしていた。ここで二人で落ち合っていることを、帰路に就いたM氏に見られでもしたら、おしまいである。街を行きかう雑踏の中にM氏の姿を探すが、大丈夫そうだ、どこにもそれらしい姿はない。

 この会の後、最も避けなければならないことは、M氏と偶然再会してしまうことだろう。でも大丈夫、ここは大都会TOKYO、M氏とバッタリ会うことなんてない―そんなことを考えていると、Uさんが思い出したように言った。

「そういえば、私、事前の打ち合わせでM氏のプライベートな情報もけっこう聞いたんですけど」

 うむ。

「あの人、自宅の最寄り駅、朝井さんと同じでしたよ」

?

 おそろしい!!!!!

?

 私は目の前が真っ暗になる思いがした。勤め先は品川。自宅はそこから三十分くらい――あのときM氏が思わず漏らしたやけに具体的な情報は、やはり本当だったのだ。そして、私が住んでいるところも、品川からバッチリ三十分くらいのところである。

「駅とかでバッタリ会わないといいですね〜! あー楽しかった!」

 大役を果たしたUさんの目は一点の曇りもなく輝いていたが、私はこの日からM氏との再会というボーナスステージの出現に怯え続けることとなった。このエッセイ執筆時点で、まだ、M氏の姿を見かけていない。いつでもデ・ニーロ・アプローチができるように、赤いメガネを持ち歩いてはいるが。

(朝井 リョウ)

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