歯ごたえのある小説『また、桜の国で』が“高校生直木賞”に決定するまで

歯ごたえのある小説『また、桜の国で』が“高校生直木賞”に決定するまで

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■フランスの高校生ゴンクール賞をヒントに

「『また、桜の国で』、13票」

 決選投票の結果が発表された瞬間、会場は微かなどよめきに包まれた。本選考会の開始から3時間半。第4回高校生直木賞は『また、桜の国で』と決まった。これは2年続けての大逆転劇であった。

 今年で4回目を数える高校生直木賞。このユニークな賞の成りたちを、まずは解説するところから始めたい。

 誤解されがちだが、本賞は高校生が書いた小説の中からベストを選ぶ「甲子園」形式の文学賞ではない。議論の俎上に上るのは、直近1年間の直木三十五賞(16年上期と下期)候補計11作。プロの人気作家が上梓し、直木賞の選考会場で錚々たる委員が激論を戦わせた作品群を、高校生たちが読み、「自分たちなりの一作」を選ぶという趣向だ。

 企画したのは、明治大学文学部准教授の文芸評論家・伊藤氏貴氏。フランスの高校生たちの試みに倣ったという。

「フランスには、世界的な文学賞『ゴンクール賞』の候補作を約2000人の高校生が読んで議論する『高校生ゴンクール賞』があり、すでに4半世紀以上の伝統があります。時には本家のゴンクール賞よりも話題を呼ぶことがあり、これを日本でもやれないかと考え、取り組んできたのが高校生直木賞。回を重ねるごとに参加校が増え、応援して下さる賛助会員企業も広がってきています」(伊藤氏)

 今回は、北は函館から南は福岡まで、過去最大の計21校が参加。まず各校で手わけして候補11作を読み、予選会をへて最終候補6作に絞り込む。その上で各校の代表者が集って、5月7日、文藝春秋で本選考会が行われた。

 予選会での順位は恩田陸『蜜蜂と遠雷』が1位。史上初となる直木賞・本屋大賞W受賞を達成したばかりの話題の一作で、「本命中の本命」(関係者)であった。昨年も、本屋大賞受賞の話題作、宮下奈都『羊と鋼の森』が予選会トップの票を集めていたにもかかわらず、決選投票で『ナイルパーチの女子会』が逆転した経緯があるから、今回の結果も鑑みれば、まさに“逆転の高校生直木賞”。なぜこうした逆転劇が起こったのか。

 まずは1作ずつ、高校生たちの討議を追ってみよう。

 冲方丁『十二人の死にたい子どもたち』は、「安楽死」を望む子どもたちが廃病院に集うというショッキングな設定の現代ミステリー。

「十二人それぞれに異なる家庭環境があり、死を考える理由がある。現代を生きる僕たちにとって必要な一作だ」

「登場人物と同世代だからこそわかるリアリティがある」

 など、自分たちに引きつけて評価する声が目立った。

 門井慶喜『家康、江戸を建てる』は、家康が関東の荒れ地を整備しインフラを作り上げていく過程を、技術官僚らの視点で描く連作時代小説。

「なじみのある地名が出てきて楽しみながら読める」「いや、東京に住んでいない人には、地図がないとわからない」

 といった素朴な感想から、

「『プロジェクトX』みたいに面白いけれど、これは歴史読み物。小説の面白さとは違うのでは」との本質的な問いかけまで、幅広い意見が。

「最後、天守閣から江戸の街を見渡す家康の描写がすばらしい。すべての物語の背後に『こういう都市を作りたい』という家康の信念が感じられる」と、小説的描写を評価すべきとの声もあった。

 荻原浩『海の見える理髪店』は第155回直木賞受賞作。

「一篇一篇が独立した短篇集で、自分のペースで読めるし、最後の作まで読むと、もう1度読み返したくなる工夫もある」と、短篇集という形式を「読みやすい」と評価する声が相次いだ。世代をまたぐ家族の姿を描いた作品だけに、

「家族にもそれぞれ異なる悩みがある。家族との関わりが希薄になっている今、読みたい本」との声がある一方で、

「高校生にはわかりにくい」

「『いい話』だが、響かなかった。大人になって再読したら『いい話』で終わらない良さがわかるのかも」との戸惑いも。

 原田マハ『暗幕のゲルニカ』は、ピカソの名画をめぐる美術サスペンス。

「(『ゲルニカ』を)最初はただの落書きのように思っていたが、楽しく読むうちに絵についても興味がわき、自分なりに調べて理解できた。ピカソについてもっと知りたくなった」と、興味の幅が広がったという声が複数あった。

「9・11後のNYで平和の象徴である『ゲルニカ』を隠そうとする動きがあったことは、憲法改正や愛国心が取りざたされる今の日本の状況と無縁ではない。私たちが生きている現代とつながっている小説だ」と、作品のもつメッセージ性を評価する意見の一方で、

「反戦のメッセージが前面に出すぎているのでは? そこばかり注目したら、小説は何かを訴えるための道具になってしまう」との厳しい声も。

「絵は描かれて終わりではない。見た人にどんな影響を与えたか、絵画自身がどんな運命を辿ったかも含めて物語になるのだとわかった。読み終えて、ピカソも『ゲルニカ』も私にとって特別な存在になった」と、多くの生徒にとって「芸術と小説」について考えるきっかけになったようだ。

 須賀しのぶ『また、桜の国で』は、第2次大戦を在ポーランド日本大使館の外交官の視点で描く。500頁を超える大著だけに、「最後まで読み通せない子もいた」と、ハードルは高かったようだが、

「ロシアの血が入っている主人公がアイデンティティに悩み、あえて『日本人』であろうとする姿に痛々しさと美しさがある。私たちの学校には高校に入るまで日本に住んだことのない帰国子女もいる。そういう子は勿論、そうでなくとも高校生はみんな『自分とは何か』に悩んでいる。普遍的な葛藤を描いた小説だ」

「ユダヤ人差別など、この本に描かれている宗教、民族の問題は、今、世界各地で起こっていることと深くつながっている。タイムリーな作品」

 と、熱い応援演説が続く。

「歴史の話は難しいけど、友情の物語として読めば楽しめる。人間、みんなわかり合える。過酷な現実の中にもしっかりと希望が描かれている」

 との意見には、多くの参加者が頷いていた。

 恩田陸『蜜蜂と遠雷』は第156回直木賞受賞作。国際ピアノコンクールに集う天才たちを描いた青春群像小説だ。

「音の描写が気持ちいい」「登場人物みんなに存在理由があり、それぞれに共感できる。ピアノ演奏の表現によってキャラクターを描きわけているのはすごい文章力」「とにかく面白い。登場人物みんな大好き」と、文章や登場人物の魅力について賛辞が絶えない。

 装幀に注目する生徒が多いのもこの賞の特色だろうか。

「カバーを外したら真っ黒な表紙が現れた。真っ白な本文用紙とのコントラストがきれいで、すぐ黒鍵と白鍵だとわかった。読む前からピアノの世界へと誘われているよう」

 という意見が新鮮だった。

 ここで2次投票が行われ、賞の行方は、過半数の支持をえた『また、桜の国で』と『蜜蜂と遠雷』の2作に絞られた。「高校生直木賞にふさわしいのはどちらの作品か?」との観点で議論が続く。

「『桜の国』は、差別意識など主人公の負の感情を描いている。『蜜蜂』は天才たちみんなが前向きで眩しくて、あまりにきれいすぎない?」

「私たちの現実にはストレスも多い。せめて小説を読む時くらい楽しい気持ちになりたいから、きれいすぎる世界でかまわない。『蜜蜂』を推す」

「いま高校生が求めているものは“きれいなもの”ではないか。私も『蜜蜂』がいい」

「『桜の国』は厚いし、戦争だし、読書が苦手な人は読めないのでは? 全ての高校生に薦めることはできないよ」

「私は『蜜蜂』派だったが、議論しているうちに、『桜の国』こそ後の世代に伝えていくべき本ではないかと思うようになった。読んで面白い本と、読後、印象に残る本は違う」

「読書は勉強ではない。読書は休息の地であってほしいから、私は『蜜蜂』を推す」

「『蜜蜂』はすでに多くの人に読まれている。今更、賞に推さなくても……」

「面白いものは面白い。読んで面白い本を選ぶべきだよ」

「人に薦めて喜ばれるのは『蜜蜂』だ。『桜の国』は読んでもらえるかどうかさえ自信がない。でも、自分が薦めて、読んでもらえて、その誰かの胸に残ってくれた時、本当に嬉しいのは『桜の国』かな」

 ここで決選投票が行われ、冒頭で紹介した通り、『また、桜の国で』が受賞と決した。

 結論が出た後も、会場のあちこちで高校生たちの“感想戦”が続く。「高校生直木賞らしさ」というものがあるとすれば、それは読後、感想を誰かと語りあう楽しさまで含めて本の魅力である、とする価値観ではないかと感じた。読んだ「その先」も、彼らにとっては大切な読書なのだ。

「高校生にとって『また、桜の国で』は非常に歯ごたえのある本だったはずですが、読んだ直後はよくわからなくても、他人の意見に耳を傾け、また自分の意見を他人に伝えようと懸命に考える中で、しだいにその魅力がわかってくるということがある。議論を大事にする本賞らしい“逆転劇”だったのではないでしょうか」(前出・伊藤氏)

『また、桜の国で』
1938年10月、外務書記生の棚倉慎はワルシャワの在ポーランド日本大使館に着任した。先の大戦からわずか20年。世界は平和を求めていたが、ヒトラー率いるナチス・ドイツが遂にポーランドへと侵攻を開始、戦争が勃発する。

高校生直木賞の詳細は、http://koukouseinaoki.com

賞への参加、賛助会員に関する問合せは、info@koukouseinaoki.com(高校生直木賞実行委員会)まで

(「週刊文春」編集部)

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