人生はもともとグロテスクなもの。自分を汚いと思ってしまう人を肯定してあげる小説って優しいと思う。──「作家と90分」東山彰良(後篇)

人生はもともとグロテスクなもの。自分を汚いと思ってしまう人を肯定してあげる小説って優しいと思う。──「作家と90分」東山彰良(後篇)

©鈴木七絵/文藝春秋

■英語の勉強のために原書で読んだエルモア・レナードが小説を書くきっかけに

――そもそも小説を書き始めたきっかけはエルモア・レナードですよね。映画『ゲット・ショーティ』や『ジャッキー・ブラウン』の原作者。大学卒業後一度就職したけれどやめて大学院に入り直し、論文を書きながら英語の勉強のために原書で読んだのがレナードだったという。

東山 1996年か97年くらいに、辞書を引き引き原書を読んだんです。まともに読んだ初めての小説だったんですよね。ちょうど博士論文を何度も却下されている時期で、2000年に台湾に帰った時に今も仲よくさせてもらっているミュージシャンの人たちと知り合ってスゲーなと思い、自分も何かやりたいなと思い始めて。

――それと、お子さんが生まれるタイミングだったんですよね、たしか。

東山  次男です。それで小説を書き始めたんですが、自分の持ち球としては映画とエルモア・レナードしかなかったので、囚人の脱走劇をレナードの発想で書いてみたんです。

 映画はもともと好きでした。タランティーノもレナードを好きで、売れた後にレナードに電話して「あなたの本を映画化するために生まれてきた」と言って『ジャッキー・ブラウン』を撮らせてもらったと聞いたことがあります。今思うと、『トレインスポッティング』のダニー・ボイルとアーヴィン・ウェルシュも好きでした。『トレスポ』観て感動して本を読んでまた感動して、ウェルシュの本を読めるだけ読んで。ニック・ホーンビィもそうでしたね。『アバウト・ア・ボーイ』や『ハイ・フィデリティ』とか。

――2002年に『逃亡作法 TURD ON THE RUN』(03年刊/のち宝島社文庫)で第1回『このミステリーがすごい!』大賞銀賞および読者賞を受賞します。これも映画の影響があったんですよね。

東山 そうです。『ウェドロック』という未来の刑務所の話で、囚人がランダムにペアになって首輪をつけられていてある程度離れたらどちらも頭が爆発するっていう。だからみんな疑心暗鬼になって逃亡できない。そこから、目が見えなくなる装置を考えついたんです。

――このミス出身ではありますが、ミステリー作家になろうという意識はなかったのですか。

東山 ないですね。自分はプロットを立ててミステリーを書くのは苦手だと思っているので。ミステリーで誰かをびっくりさせられるとは思っていないんですよね。それで今回の『僕ころ』も、誰が殺人鬼なのかという謎で途中までは引っ張れるかもしれないけれど、最後まで引っ張るのはきついなと思って。そんなに引っ張るほどのことかなと思ったんです。後半は少年がどうして殺人鬼になったのかを読ませるようにしました。

――初期の頃はクライムノベルのイメージがありましたが、青春小説の書き手というイメージもありますし、いろんなチャレンジをされてきたように思うんですよね。

東山 その時々の読書にすごく影響されるんですよね。たとえばウサギが主人公の話があるんですけれども、それはたぶん『ドン・キホーテ』を読んだ直後。あれって理性が自由を圧殺する物語だと思うんですけれど、あんなパロディを書きたくなったんですよね。探偵もので、フィリップ・マーロウみたいなものをウサギでやってもいけるんじゃないかと。

――それが『ジョニー・ザ・ラビット』(08年刊/のち双葉文庫)と『キッド・ザ・ラビット ナイト・オブ・ザ・ホッピング・デッド』(14年/のち双葉文庫)ですね。

■今頃になって、野坂昭如さんてスゲーなと思っちゃった

――そういえば、前に「いろんなものをお書きになっていますね」と言ったら、「小説は全部大衆文学だと思う」とおっしゃっていたのが印象に残っています。

東山 広大な本屋さんにある無数の本の中で、傾向というのは当然ありますよね。この傾向のものは純文学と呼ばれているとか、あの傾向のものはミステリーと呼ばれている、というのがある。でもどれも大衆が読むものだから、大衆文学じゃないかと思っていて。でもそれだと目当てのものが探せないからそのために分類されている、くらいにしか思っていません。

――以前、エルモア・レナードに影響されすぎてレナードから自由になれないと思った、その後、チャールズ・ブコウスキーを読んでからいまだにブコウスキーからは自由になれない、とおっしゃっていましたね。

東山 自由になれていないですね。ブコウスキーは今から20年ほど前に読んだんです。僕は日本の小説ってそんなに読んでこなかったんですけれど、最近何人かの編集者から勧められたものを読んですごくよかったのがいくつかあるんです。たとえば、今頃になって野坂昭如さんってスゲーなって思っちゃった(笑)。『とむらい師たち』という短篇集の表題作が、お葬式をプロデュースして金儲けをしようという人たちの話なんです。主人公のお父さんが墓掘り人で、どうやら死姦をしていたらしい。彼が葬儀ビジネスで関わる美容整形の先生も、戦争中にアメリカ人を殺して食ったことがあるという。普通の会話の中でそうした話が出てきて、「人間とはそんなもんだ」「やりたくなりゃ死体ともやるし、腹が減りゃ親でも食うんだ」とさらりと書いている。野坂さんってすごく優しい人なんだろうなと思ったんです。

――優しい、ですか?

東山 生というのはもともとグロテスクなものだから、そういうこともトラウマに思う必要はないんだぞ、という。生きるためにはしょうがないんだと。そういうグロテスクなものを肯定してやろうというのは、ブコウスキーにも通じるなと思って。でも野坂さんのほうがもっと湿っている。なんか、そういうふうに思ったんですね。それで、今度河出文庫から出る『とむらい師たち』という文庫に解説を書きました。それと、西東三鬼さんという俳人の『神戸・続神戸・俳愚伝』も面白かったですね。

――ブコウスキーについても、グロテスクな中に美しさがあるというようなことをおっしゃっていましたよね。

東山 人生とは明るく美しいものだと思い込んでいる人がいたとして、でも自分の中にそうではないものを発見した時に、すごく自分を汚いもののように思うかもしれない。でも人生はけっして美しいばかりじゃないと言ってくれている。ブコウスキーや野坂さんの文章を読んでいると、そのグロテスクなものも肯定しないまでも否定しないので、それで優しいなと思うんです。

――今後、野坂さんの影響も受けていくかもしれませんね。この先の執筆のご予定は。

東山 『小説現代』にポツポツ掲載させていただいている『有象くん無象くん』という、アレゴリー文学っぽいユーモア小説を連作短篇として書いたので、それが年内か年明けには出ると思います。『オール讀物』では、例のナイポールにがっつり影響を受けた、現代の台湾のある通りを舞台にした、9歳の男の子が主人公の連作短篇を掲載していく予定です。

■読者から東山さんへの質問

■東山さんのストーリーの発想方法を知りたいです。最近印象的だった旅もあればお話しききたいです。(30代・女性)

東山 発想はぼんやりしていて、一篇の詩の場合もあるし、歌である場合もありますし、小説でも映画でも、自分ならこうするのにと思ってストーリーをもう一回組み立て直すことから物語を作る方法もあるんじゃないかなと思います。

 最近印象深い旅といえば、僕がテキーラ・マエストロであることを方々で言っていたら、メキシコにあるパトロンという会社の蒸留所から招待されたんです。古い街から郊外に移転して、すごくきれいな宿泊施設もできたんですよ。アシエンダパトロンというところです。招待なのでテキーラ飲み放題で、夢のような時間でした。そのことは西日本新聞に書きました。

■東山先生にとって、ハードボイルドという文体の目的とは何ですか(10代・男性)

東山 短い文章、言い切りの文章を積み重ねていくとちょっとぶっきらぼうな感じがして、それが主人公の性格を文体で表せますよね。くどくど書くより物語のハードな内容と親和性もいいだろうし。

■あたまは天然パーマですか?(40代・女性)

東山 僕、直毛です。

■作品に取りかかるときに、こういう方に読んでもらいたいというように、読者を細かく想定されますか。(40代・女性)

東山 僕はあまり広い読者を想定しません。スティーヴン・キングの『小説作法』にideal reader(理想の読者)を設定するとあって、キングは妻だと書いてありました。奥さんが読者代表。僕も今まで一貫してそうです。

■『流』のようなテーマで純文学かエンタメ、どちらで書いていくか迷っています。普段、本を読まない方にも手にとってほしい場合は、エンタメのほうが適しているかと思いはじめています。(40代・女性)

東山 今の僕から言えることは、そういうことを意識せずに、自分の書きたいように書けということですね。そうしなければ、書いている本人が楽しくない。

■東山先生はどんな大学生でしたか? 又、どんな大学生活を送ればその後の人生が有意義なものになるとお考えでしょうか。ご教示ください。(20代・男性)

東山 僕は冴えない大学生でした。でもたぶん、無駄なことをいっぱいする大学生活が、その後の人生を有意義にするんじゃないかなと思います。人生の豊かさって全部無駄なものからできている気がするんです。ようは生きていく上で必要ではないけれども、どうしても気になるようなことが、その人を説明するんだと思うんです。ありきたりですけれど、無駄なことをいっぱいやる。

■どんな時に小説のアイデアを思いつくのですか。(40代・男性)

東山 作家はたぶんみなさんそうですけれど、目が覚めている間、あるいは寝ている間でも四六時中考えているんですよね。ずっと考えていると、ふとした時に何かが開いてくる瞬間がある。それを逃さないことですね。僕は何かが訪れたらすぐメモしています。

■一日の執筆時間は決まっていますか。(40代・男性)

東山 決まってはいないけれど、僕は朝型です。午前中に4時間くらい書いて、夕方に2時間くらい書いて、夜は本を読んだりしています。

■台湾に旅行に行くとして、現地の方しかご存知ないようなオススメの場所はありますか。(50代・男性)

東山 「熱炒」という、炒め料理を食べさせてくれる店が台北にも何軒かありますが、あまり高くなくてビールも自分で取ってきて自分で開けるんです。タイワニーズパブみたいな場所で、みんなワイワイ飲んでいてお祭り気分になれます。楽しいですよ。

東山彰良(ひがしやま・あきら)
1968年台湾生まれ。5歳まで台北で過ごした後、9歳の時に日本に移る。福岡県在住。2002年、「タード・オン・ザ・ラン」で第1回「このミステリーがすごい!」大賞銀賞・読者賞を受賞。2003年、同作を改題した『逃亡作法 TURD ON THE RUN』で作家デビュー。2009年、『路傍』で第11回大藪春彦賞受賞。2013年に刊行した『ブラックライダー』が「このミステリーがすごい! 2014」第3位、第5回「AXNミステリー 闘うベストテン」で第1位となる。2015年、『流』で第153回直木賞受賞。2016年、『罪の終わり』で第11回中央公論文芸賞受賞。他著に『ラブコメの法則』『キッド・ザ・ラビット ナイト・オブ・ザ・ホッピング・デッド』『ありきたりの痛み』など。

(瀧井 朝世)

関連記事(外部サイト)