八木亜希子が語る『明石家サンタ』で学んだアナウンサーの原点

元フジテレビアナ・八木亜希子が明石家さんま、タモリらとの共演を語る

記事まとめ

  • 八木亜希子が『明石家サンタ』明石家さんま『笑っていいとも!』タモリについて話した
  • 初めてついたレギュラー番組は『いいとも!』で、同期の有賀さつきはF1中継の担当
  • 最初の仕事であった『27時間テレビ』での"提供読み"の裏側についても語っている

八木亜希子が語る『明石家サンタ』で学んだアナウンサーの原点

八木亜希子が語る『明石家サンタ』で学んだアナウンサーの原点

(c)榎本麻美/文藝春秋

「テレビはつまらない」「テレビ離れ」など、テレビにまつわる話にはネガティブなものが多い。

 しかし、いまなお、テレビは面白い!

 そんな話をテレビを愛する「テレビっ子」たちから聞いてみたいというシリーズ連載の4人目のゲストは、元フジテレビのアナウンサーで現在はフリーとして活躍する八木亜希子さん。

 報道や情報、音楽、トーク、バラエティ番組はもちろん、朝ドラや大河といったドラマまで、あらゆるジャンルのテレビ番組に出演している「テレビの申し子」と言っても過言でない存在です。

 第2回は、フジテレビ時代にかかわった番組や、クリスマスの風物詩『明石家サンタ』で共演する明石家さんまさん、『笑っていいとも!』でのタモリさんら、共演者たちにまつわる話をお伺いしました。

■有賀が「F1」、景子が「ニュース」、私が「笑っていいとも!」

―― 初めてついたレギュラー番組は『笑っていいとも!』ですか?

八木 そうですね。木曜日のテレフォンアナウンサー(「テレフォンショッキング」で翌日のゲストに電話をかける役割)でした。同期の有賀(さつき)は、車のA級ライセンスを持っていたり、F1が好きだったので『F1中継』の担当。(河野)景子が、どアップでニュースを読む『ショットガン』っていう短いニュース番組があったんですけど、どアップに耐えられるのは景子くらいしかいないからその番組の担当。で、私は最後に「八木君も何かあったほうがいいと思って」って部長に言われてテレフォンアナウンサーになったんです。

―― 同期はその有賀さつきさん、河野景子さん?

八木 あと男性アナウンサーの青嶋(達也)君ですね。

―― エース級がそろってますよね。

八木 あら、ありがとうございます(笑)。あの時代、ちょうどアナウンサーも売り出そうというような流れだったんでしょうね。自分はどれが常識か分からないで入ってるから、何が珍しくて何が珍しくないことなのかもよく分からないままにお仕事してました。

―― 『いいとも』でタモリさんから言われたことはありましたか?

八木 タモリさんって特別何か言ったりする方じゃないんです。淡々としてらして。一番最初にひとりでテレフォンアナウンサーとして出た時に、電話やタレント名鑑を置いた台をガラガラって押して出て行くんですけど、緊張しすぎて「よろしくお願いします」って、ステージの真ん中まで来ちゃって、タモリさんに「出すぎだよ、お前」「おとなしい顔してなんてやつだ」みたいに笑われたのは覚えてます(笑)。

―― 新人で緊張する仕事というと『27時間テレビ』のエンディングでスポンサーの名前を読む「提供読み」があると思うんですけど。

八木 そうですね。やっぱりスポンサーなので緊張します。新人の時、まず教えられるのが、「一番間違えてはいけないのは、スポンサーの名前だ」ということ。スポンサーあっての民放です、ということは口酸っぱく言われるんです。で、最初の仕事が「提供読み」なんです。

 たとえば『花王』なら、当時「清潔で美しく健やかな毎日をめざす『花王』」って言うんですけど、たとえばそれを7秒で読むとしたら、最初の4秒で「清潔で美しく健やかな毎日をめざす」は早口めに言って、最後の3秒で「花王」って企業名はゆっくり言うとか、細かく決まってるんです。

―― へえ! それは想像以上に大変ですねえ。

八木 今言った秒数は正確じゃないと思いますが。

■初めての「サンタ」で言われた「そんなにいい子に見せたいの?」

―― 経歴を改めて確認して驚いたんですが、今も続いている明石家さんまさんとのクリスマス特番『明石家サンタ』ではじめて進行役をされたのは、入社2年目だったんですね。大抜擢だったと思うんですけど。

八木 そうですね。でも、あの時は抜擢かどうかもよく分からないままやってたと思います。だって、それがこんなに長く続くとも思ってないですから。特番のひとつみたいな感じだったので。で、終わった後にプロデューサーの三宅(恵介)さんが来て、「そんなにいい子に見せたいの?」って言われたのをすごく覚えてます。その言葉は私のアナウンサーとしてテレビに出る上での原点になってるんです。

 たぶん私が、さんまさんが電話切っちゃった時に「えっ、かわいそう」かなんか最初に言ったんですよ。で、「どうしてそんなにいい子に見せたいの?」「別にいいじゃない、嫌われたって。相手に嫌われたって、見てる人にそれが正しければいいじゃない」って言われたことは、バラエティだけじゃなくて、報道とか情報をやる上においてもすごく原点になってます。目の前の人に好かれる、嫌われるじゃなくて、見てる人にフェアであることが大事なんだなっていうふうにすごく思った原点でしたね。だから、『サンタ』でアナウンサーとしての姿勢を学んだ(笑)。

―― おお、『明石家サンタ』がアナウンサーの原点! 確かに結構、電話の相手に厳しい時ありますもんね。

八木 そうそう。それでたぶん2回目ぐらいから、私が電話を切ったりしてるんですよね。

―― 「さようなら〜」って(笑)。

八木 ちょっとそこから、かわいくない女になり始めた。それが女性としてはよかったかどうかは別ですけど(笑)。

■台本に書いてあることがすべて正しいわけじゃない

―― さんまさんには何か言われたりしました? 

八木 さんまさんもとやかく言わない方ですね。さんまさんに一度だけ言われたのは、お正月の朝にやってる生放送の『爆笑ヒットパレード』で司会をご一緒した時があったんです。その時に、さんまさんの師匠が中継で出てらっしゃるのを紹介する時に、台本に「師匠をご用意いたしました」って書いてあったんですよ。それでそのまま「さんまさん、今日、お正月ですから、師匠をご用意いたしました」って言って呼びかけたら、本番中は普通にやり取りしてたんですけど、本番終わった後に、「八木、すまん。『師匠を用意』っていうのだけは勘弁してくれ」っていうふうに言われたんです。私もそれを読んだ時に失礼だなって思ったんだけど、台本に書いてあるから、それが面白いのかなと思って読んじゃったんです。

 で、これもその時に学んだことなんですけど、台本に書いてあるからといってすべてが正しいわけではないよねって。やっぱり一回ちゃんと自分の言葉として腑に落ちるかどうか考えなきゃいけないんだなと。怒られたのってそのぐらいじゃないかな。あとは、さんまさんは空気で分かるんですよ。気に入ったか気に入らないかが。だから、「空気を読め」とかよく言ってた時期がありましたけど、さんまさんの場合、読まなくても分かりやすいんですよ。全員にすぐ分かる。発散してる(笑)。で、「あ、これはダメなんだな」とか「これはオッケーなんだな」とか、そういうので学んでいった感じがありますね。

■「エース級を出せ!」の大号令で編成された「めざまし」チーム

―― 八木さんは『めざましテレビ』では『ズームイン!!朝!』に、『FNNスーパーニュース』では『ニュースプラス1』にと、日本テレビが独走している時間帯の対抗番組の立ち上げメインキャスターに起用されているイメージがあります。

八木 あんまり、そこに上の人たちの意図はないと思いますけどね。

―― その時、打倒日テレみたいな意識はありましたか?

八木 ないですね(笑)。なぜなら、今でこそ『めざまし』はあんなに続いてますけど、当時、朝は『ズームイン』の一強みたいな状態だったんです。日テレに対抗するなんておこがましいぐらい、比べ物にならない。視聴率10パーセント対1パーセントとか、そのぐらい差が大きかったですから。本当に何をやっても当たらなくて。私も、入社7年目で『めざまし』につくんですけど、それまでも3回くらい朝の番組やってますから、それが身に沁みて分かっているんです。今でこそ『めざまし』やりたいって言ってくれる人たちがいて、それはそれでとてもうれしいことだと思うんですけど、当時は「朝? また朝……?」みたいな(笑)。「1年ぐらい御奉公してきます」って、そういう感じのノリだったと思います。

―― それでも『めざまし』を開始するときは、かなり大掛かりなプロジェクトだったんじゃないですか?

八木 立ち上げる時は毎回大型プロジェクトのつもりですから(笑)。

―― 報道、スポーツ、バラエティ各部署からいろんなスタッフが集まるというのは、『めざまし』が最初だったんですか?

八木 そうみたいですね。いろんなプロジェクトはあったけど、今思うとですけど、いよいよ背水の陣だったんでしょうね。各部署から人員を出せっていわれた時に、最初は、それぞれの部署だって大変なんだから、みんな「えー」みたいな感じだったんだけど、上のほうから「エース級を出せ!」って指示されて、みんなワーッて癖のある人たちが集まって。エース級っていうことは癖のある人たちなんです(笑)。立ち上げの時、半年ぐらい前からみんな準備してるんですけど、会議のたびにみんなケンカしてる。大体、スポーツ局の人とバラエティの人と報道局の人が一緒にいるから、それぞれこだわりがあるんですよ。「スポーツでそんなのやれねえよ!」とか、いつも意見を戦わせてましたね。プロデューサーは元気な人だったので、「でもやるんだよ!」みたいな感じだったからまだしも、編成の人がほっこりした優しい人だったから大変だったと思いますよ。ネット局の人たちとも一体となってやるっていうのは当時あんまりなかったので、中継の調整とかもいろいろ大変で。

『めざまし』が始まって1カ月後ぐらいにネット局の人たちも集まって全体会議があったんです。そこでその編成の人がごあいさつってなった時に、「やっとここまで来られました」って言ってちょっと泣いちゃったの。あんまり大人が泣くっていうのを見ない時代だったから、本当に大変だったんだと思います。私もそれを見てすごく納得したから、私自身も大変だったんだなって、その時自覚しましたね。

―― すごい話ですね。

八木 だって、最初はまだ5時55分から8時まで約2時間の番組だったのに、初回の前日にリハーサルをやったら4時間あったんですよ!

―― 前日に!

八木 「明日これ入るの?」みたいな感じでした(笑)。立ち上げって面白いですよね。

やぎ・あきこ/1988年早稲田大学文学部卒業、フジテレビに入社。「おはよう!ナイスデイ」「めざましテレビ」「スーパーニュース」「明石家サンタ」など、報道・バラエティほか様々な番組を担当。2000年3月にフジテレビを退社し、02年結婚、アメリカに渡り、07年に帰国。09年から「BSフジLIVEプライムニュース」でメインキャスターを担当した。女優として『あまちゃん』『真田丸』『カルテット』などに出演。映画『みんなのいえ』ではアカデミー新人俳優賞を受賞している。著書に『その気持ちを伝えるために』。

写真=榎本麻美/文藝春秋

ヘアメイク=井上まみ?

(てれびのスキマ)

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