八木亜希子がフジテレビを辞めるきっかけになった、さりげない一言

八木亜希子がフジテレビを辞めるきっかけになった、さりげない一言

(c)榎本麻美/文藝春秋

「テレビはつまらない」「テレビ離れ」など、テレビにまつわる話にはネガティブなものが多い。

 しかし、いまなお、テレビは面白い!そんな話をテレビを愛する「テレビっ子」たちから聞いてみたいというシリーズ連載の4人目のゲストは、元フジテレビのアナウンサーで現在はフリーとして活躍する八木亜希子さん。

 報道や情報、音楽、トーク、バラエティ番組はもちろん、朝ドラや大河といったドラマまで、あらゆるジャンルのテレビ番組に出演している「テレビの申し子」と言っても過言でない存在です。

 1回目、2回目につづく最終回は、『あまちゃん』『真田丸』などで見せた女優としての活躍について、そしてテレビの現在と「これから」について語ってもらいました。

■「のど自慢」の司会、小田切千アナウンサーが素晴らしいんです!

―― 今、テレビはどんなものを見ますか?

八木 どうしても報道や情報番組が多くなってしまうんですけど、最近、熱く語ってみんなに驚かれたのは『NHKのど自慢』ですね。

―― 『のど自慢』ですか! 

八木 ごく最近になって、『のど自慢』の素晴らしさを痛感しているんです。もともと主人が好きで、つられて見るようになったんですけど、主人は車で移動中とかも、『のど自慢』を音でかけてるんです。

―― そんなにお好きなんですか。

八木 当たり前なんですけど、走行中は画面が消えて音だけになる設定になってるんですけど、『のど自慢』がかかっていると、走行中に「うわ、この人うまい。かっこいい、ミスチル!」って思って、車が止まって画面が映ると、「あ……」みたいなことがあったりしてほのぼのする(笑)。私は最初、そういう面白がり方をしてたんです。でもそのうち家でも見るようになって。おじいちゃんがイントロですごく緊張して、「何番、○○」とかって言った後の、歌い始めるまでのあの時間が何とも言えない、みたいな。こんなことって最近あんまりテレビで見ない不思議な緊張感があるなあって。一緒に緊張感を共有する。あれをライブでやってることが素晴らしいと思うんですけど。

―― アナウンサーだから余計に難しさが分かるんじゃないですか?

八木 司会の小田切千さんが素晴らしいんです! あの番組をアナウンサーとして生で仕切る素晴らしさに「うわー、大変」と思いながら、そこをやっぱり見ちゃうんですよね。この間なんて、おばあちゃんが出てきてワーッて歌い上げた途中でカーンって(不合格の鐘が)鳴ったんです。それで千さんが駆け寄って、「おばあちゃん、鳴っちゃった〜」って話しかけるんだけど、おばあちゃん気付かないで気持ちよさそうに歌い続けてるんです。そうしたら千さんが「んっ?」てなりながらも、止めずに肩を抱いて、そのうち拍子をとり始めるんですよ! 鐘が鳴ると生バンドは演奏やめるので、おばあちゃんはアカペラ状態なんですけど、最後の歌い終わりのフレーズまで行ったところで、またバンドがバーッと入ってきて、お客さんも手拍子して終わる。これ観てて、なんか感動して泣けちゃって……。やっぱり歳を取ったのかなって思ったんですけど(笑)。

■「テレビに出て緊張する人」という原風景にほのぼの

―― いい場面ですねー。

八木 テレビに出てきて緊張している人たちの素朴さが素敵だなって思います。ホント日本のいろんないい原風景があって、なんかほのぼのするんですよね。

―― 「テレビに出て緊張する人」って、いまでは貴重な感じさえするかもしれません。

八木 あんまり最近いないじゃないですか。今の世代の子たちは、たぶん子供の時からホームビデオで育って、撮られることに慣れている人たちだから。

 私たちの頃って、まだホームビデオもあまりなかったから、自分を客観的に見ることがなかったんですよ。実際にテレビに出始めた頃は、自分の姿を見て「自分って変」って愕然としましたもん。初めてテープレコーダーで自分の声を聞いてビックリするみたいな感じで、テレビを見てビックリする。だから、当時は見ていてビックリする人が結構いたんですよ。自分たちを客観視してない人たちが出てくるから、「うわー、これ大丈夫? テレビに出て」みたいな。自分もそうだったんですけど、アナウンサーだってそういう状態から始まるんですよ。で、テレビのオンエアの中で育てられていくみたいなところがあって。ニュース番組の記者さんも、映ると傾いてるとか、しゃべり方に癖がある人とか結構いたんですよ。

■フリーになる前にかけられた「お台場見てから辞めれば?」という言葉

―― 八木さんからご覧になって、最近のアナウンサーの方とかを見ると、慣れてるなとか思うんですか? 

八木 ちゃんとしてるなと思いますね(笑)。私だと最初の頃についた『スーパータイム』のお天気とか、自分なりにちゃんと滑舌の練習をしてやってたんです。上手に読めたと自分では思ってたんですけど、後でVTRをチェックしたら、しゃべり方がすっごく遅いんですよ。私がディレクターだったら最初に話し始めた時点で巻きを出したいぐらい遅くて、ちょっとイライラするみたいな。あと、ヘラヘラしてるんですよ。普通にしゃべってる時に、いろんなことを笑ってごまかすんですね。NGした時にアナウンサーのくせに「アハハ〜」とか。はたから見ると殴りたいぐらい(笑)。今、そういう人いないでしょう? だから、そういうのはちゃんとしてるなと思いますね。私は1年生の間にすごく怒られて反省して育っていった感じでしたね。

―― フリーになられたのは2000年でしたよね?

八木 12年間フジテレビに勤めて退社しました。会社勤めされている方なら、きっと「辞める辞めない」って話は、日常会話でするじゃないですか。「辞めたいな」「転職して他の仕事ないかな」的な夢というか妄想? 同期が次々と辞めていったりして、私もそんなこと思ったり人に話したりしていたんですけど、そういうときに誰かが「お台場見てから辞めれば?」って言うので、「それもそうかな」なんて思って。フジテレビが河田町からお台場の新社屋に移転したのが97年だったので、そこから3年ばかりお台場に通ったことになりますね。

――フジテレビでの最後のお仕事はどんなものだったんですか?

八木 夕方の「スーパーニュース」です。2000年の3月31日なんですけど、この日の午後に北海道の有珠山が噴火して慌ただしく生中継を挟みながらニュースをお伝えしました。スタッフが私に内緒で「思い出VTR」を用意してくれてたんですけど、そういう日でしたから当然ながら放送は無くなっちゃったんです。

■スタッフが悪ノリして作っていた『ビデオの王様』での演技

―― フリーになられて、アナウンサーとしてのお仕事はもちろん、驚かされたのは女優としてのお仕事です。まずは脚本家の三谷幸喜さんから映画のお声がかかったと思うんですけど。 

八木 三谷さんは『めざましテレビ』の頃からインタビューさせていただいたり、交流があったので、「またまた〜」みたいな感じで、最初スルーしてたと思うんですよね。で、正式に『みんなのいえ』のオファーが来て、「いやいや、無理ですから」みたいになったんだけど、プロデューサーの方たちや、三谷さんのマネージャーさんもいる席で依頼をされて、「あ、本当なんだ」と思って、「大丈夫でしょうか……?」っていう感じで探り探り話を進めさせてもらいました。

―― 演技自体はどれぐらいぶりだったんですか? 

八木 大学のミュージカル研究会以来といえばそれ以来なんですが、ただ、入社して3年目か4年目ぐらいまで、実は深夜番組のビデオの情報番組で、コントドラマみたいなのをやってたんですよ。笠井信輔さんと。

―― 『ビデオの王様』?

八木 そうそう。『〜王様』『〜女王様』と、『満月ビデオ御殿』って、3シリーズぐらいあるんですけど。普通の情報番組だったのに、いつの間にかドラマ仕立てになって、悪役商会の八名信夫さんとかも出てくださったりとかしてて。今思うとあれはいい経験だったなと思うんです。あの番組は当時のスタッフが悪ノリして、ちゃんとドラマと同じように香盤表を作ったりしてたんですよ。「これ、『東京ラブストーリー』から借りてきた香盤表」みたいな感じで参考にして、香盤表の下にそれぞれの入り時間とか書くのを、そっくりに真似してやったりしてましたね。番組でも『東京ラブストーリー』のパロディーをやったこともありましたけど。

―― じゃあ、演技はやっていた。

八木 それ、演技って言えるのかな?(笑) アドリブもいっぱいでした。一応ストーリーは決まってて、「こんにちは」って訪ねてきてから、フリートークを適当にして、「じゃあまた」っていうところだけ。入りと出だけ決まってる。そのぐらいの感じだったと思うんですけど。

―― 結構高度ですよね。

八木 だんだんストーリーに凝っていったりもしたんですけど。

■『あまちゃん』『真田丸』『カルテット』に出演して

―― アナウンサー出身で演者として朝ドラも大河ドラマも出られているのは大変珍しいと思うんですけど。『あまちゃん』での陰のある「よしえさん」役も忘れられません。

八木 あの役柄はつらかったんですよ。失踪しちゃうお母さんで、ほとんどの場面でつらい顔してたり泣いたりとかして、追いつめられる役だから、よしえさんのことを思うと本当につらくて悲しい。息子役の(小池)徹平君から「親となじまないっていう設定だったから、最初は、撮影現場で待機しているときに八木さんとあんまりしゃべっちゃいけないと思ってたんです。大丈夫でした?」って優しく声をかけていただいたりしたこともありました。役作りのためにはそういうこともするんだなあ、なんて勉強になりました。

―― 『真田丸』では京の文化人ともいうべき女性、お通を演じられましたよね。

八木 大河は、そもそも時代劇も初めてだし、お着物の裾のさばき方とか立ち居振る舞いとかは、やっぱりすごく難しくて、そういうので精いっぱいでしたね。あと、京言葉もあったので。でも、待ち時間に方言の先生がピタッとくっ付いてくださって、何度も繰り返し練習させてくれたり。そういう意味では、大変なことはいくつかあったんですけど、みんなが、私がその場に安心して臨めるように精いっぱいやってくださるんですよ。それがすごくありがたくて。やっぱり私にとっては新しい世界だったので、新鮮なことがいっぱいあって、それはそれですごく学ぶことが多かったですね。

―― 最近では『カルテット』にもご出演されて。

八木 いやいや、素晴らしいドラマのなかで、私は「箸休め」みたいな存在として出させていただきましたので……。

―― 今後もどんどん女優としてのご活躍もされると思いますけど。

八木 「期待したい」って書いておいてください(笑)。人が言ってくれたらオファーが来るかもしれない。こればっかりは自分で手を挙げてもね。

―― しかも出られているのが、三谷幸喜さん、宮藤官九郎さん、坂元裕二さんとドラマファンが大好きな脚本家ばかり。そういう方々に愛されていてすごいなと思うんですけど。

八木 たまたまですけど、ホントありがたいですね。幸せなことですよね。

■テレビがニュースをどう報道するか、混沌としている時代だと思う

―― 今の報道番組をご覧になられてどのように感じますか?

八木 今は毎日報道の現場にいるわけではないので、あくまで外側からの意見になってしまいますが、テレビがニュースをどう報道するかが、とっても難しい時代に入ったと思います。最近だとフェイクニュースが問題になっていますが、あれにより何が嘘で何が本当かをみんなが確信できる場所が実はないことに気づいてしまった。だから、個人個人の見たいものを見て、信じたいものを信じるということにどうしてもなっていく。それで自分で見つけられないニュースや、あるいは知りたくない事実に触れる機会って少なくなっていく気がするんです。フリーになってから『プライムニュース』(BSフジ)に関わりましたけど、そこでもテレビができる報道のかたちを模索しました。BSだから地上波とはまた別のことをやろう、たとえば地上波では聞けないくらいたっぷりとその人の話を聞こうみたいな形を探していました。

―― 現在はネットと放送がどう融合するかも議論されてきていますよね。

八木 そうですね。インターネットの時代になって、テレビがどういうかたちで存在していくかという部分で、過渡期だと思うんです。でも楽しいことも悲しいことも大変なことも含めていろんなことを得たい、知りたい、見たい、聞きたいっていう欲求は、人として変わらないと思うので、むしろ私はワクワクしてますけどね。一視聴者としても、どんなふうにこれからインターネットやテレビが変化していくんだろう、どんなかたちに変わっていくんだろうって。その時代その時代のベストがきっとあるはずだから。

 今一番混沌として、みんなワーッてなってる時期だと思うんです。新しいものが生まれるときってそうじゃないですか。『めざましテレビ』だってものすごい混沌から生まれたんですし(笑)。だから、あと何年後か分からないけど、「これがあったか!」みたいなものが、出てくるのかなという感じもしますけどね。

―― そういう発明のような番組に八木さんが出られていたら最高ですね。

八木 いやいや、私は楽しく『のど自慢』を見てるおばあちゃんになります(笑)。

※八木さんのインタビュー1回目、2回目もお楽しみください。

やぎ・あきこ/1988年早稲田大学文学部卒業、フジテレビに入社。「おはよう!ナイスデイ」「めざましテレビ」「スーパーニュース」「明石家サンタ」など、報道・バラエティほか様々な番組を担当。2000年3月にフジテレビを退社し、02年結婚、アメリカに渡り、07年に帰国。09年から「BSフジLIVEプライムニュース」でメインキャスターを担当した。女優として『あまちゃん』『真田丸』『カルテット』などに出演。映画『みんなのいえ』ではアカデミー新人俳優賞を受賞している。著書に『その気持ちを伝えるために』。

写真=榎本麻美/文藝春秋

ヘアメイク=井上まみ

(てれびのスキマ)

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