尾崎世界観が女性目線の歌詞を書く理由――阿川佐和子のこの人に会いたい 後編

尾崎世界観が女性目線の歌詞を書く理由――阿川佐和子のこの人に会いたい 後編

©文藝春秋

(前編より続く)

■会社にも親にもメンバーにも嘘をついていました。

阿川 尾崎さんってものすごく高い声を出してらっしゃるけど、元々高音だったんですか?

尾崎 路上ライブをする前から高音が出ることに気づいたんです。ギターを始める前に友達とカラオケに行ったとき、声が全然出なかったんです。「全然聴こえないよ、お前の声は」と言われるくらいでした。でも、キーの高いゆずの曲を歌ったら、急に声が出て。つまり、自分の声が高いことをずっとわかってなくて。

阿川 ええ!? だって学校の音楽の時間に合唱とかするでしょう?

尾崎 周りの低い声に合わせていたので、歌ってこういうものなんだと思ってました。

阿川 ははあ。でも尾崎さんの声ってファルセット(裏声)ではないですよね?

尾崎 ミックスボイスといって、ファルセットと地声が混ざっている独特な発声法です。普通は練習してミックスボイスが使えるようになるらしいんですが、僕の場合は最初からミックスボイスでした。

阿川 便利な声帯なんですね(笑)。デュオからバンドになったのはいつ頃なんですか?

尾崎 高校生からです。アコースティックギターを弾いていた時期から、すぐにオリジナルの曲を作っていたので、バンドではコピーは一切せず、全部自分が作った曲を演奏していました。

阿川 それはプロを目指して?

尾崎 もちろん、音楽で生活していけるようになりたいという思いはありました。でも、それまでボクシングジムに通ったりと色んなことに手を出してきて、続いたのが音楽だけなんです。音楽以外で自分が出来ることもなかったし、気づいたときには辞めるには勿体ないという状況になっていました。

阿川 ご家族は息子が音楽の道に進むことは……?

尾崎 ずっと反対されてました。だから高校卒業後は一応、製本会社に就職しまして。

阿川 え、本にかかわる仕事を?

尾崎 はい。『ハリー・ポッター』シリーズや、宮城谷昌光さんの全集の製本を担当している会社でした。『祐介』もこの会社で製本してもらいました。

阿川 そんな義理堅いことしてるの? たまたま?

尾崎 いや、お願いしてやってもらいました。実は就職したもののすぐに辞めちゃったんです。会社にはバンドをやっていることを秘密にしていて、一方メンバーには就職したのを秘密にしていて。さらに親にはバンドを辞めたと、これも嘘をついていました。

阿川 ややこしい(笑)。どうして会社を辞めることに?

尾崎 ライブのときに仕事を当日欠勤しなければいけなかったんです。それで居づらくなりまして。でも、ほんと情けない話なんですけど、父親には「会社でいじめられてる」と嘘をついていました。そうしたら「おまえ、バンドやってるの知ってるぞ」と言われてしまい……。

阿川 お父様は気づいてらしたんですね。

■いまの事務所の社長とライブハウスの店長が、僕の曲を聴いて泣いていた

尾崎 そのとき父親に、「やりたいことをやれよ」と言われたんです。これは頑張らなきゃいけないと思いました。でも、バンドの状況がほんとに悪くて、お客さんを呼ぶのに苦労していました。バンドがライブハウスに出るにはノルマというのがあって、1回25分のステージに出るのに、1600円のチケット30枚をまずライブハウスから買い取らないといけないんです。

阿川 出演料をもらうんじゃなくて?

尾崎 違います。そのチケットを自分たちで売らないと赤字になるんです。いつかレコード会社の人に声をかけられてデビューできるんじゃないかと思っていたんですが、お金が出ていくばかりで。精神的にも追い詰められていったからか、バンド内の人間関係も悪くなって、当時はメンバーがころころ変わるような状況でした。

阿川 それがどうやって好転していったんですか?

尾崎 まずは下北沢のライブハウスの店長といまの所属事務所の社長に出会ったんです。たまたま社長が経営しているライブハウスに出たときに、社長と店長が僕の曲を聴いて泣いていたんです。それで「お金は要らないから、毎月出てくれ」と言われました。

阿川 感動されちゃったの? で、ずっと重荷だったノルマから解放された?

尾崎 そうです。いい歳をした大人が自分の曲で泣いてくれたのが衝撃でしたし、お金をもらえる状況にはならないものの、こちらからお金を出さなくていいという評価は今までになかったことなので本当に嬉しくて……。あとはそれからしばらくして、歌のテーマとして性的なことだったり、女の人の心情で歌詞を書いてみると自分でも手ごたえを感じられるようになりました。

阿川 なにがきっかけで女性目線の歌詞を書くようになったんですか?

尾崎 たまたまなんです。珍しく衝動的に歌詞が書けたんですけど、女言葉で女の人のストーリーがバーッと出てきました。歌の中で性的なことが触れられることは少ないし、自分でもすごく気持ちが入るし切ないなと思って。それが「イノチミジカシコイセヨオトメ」という曲で、この曲が出来て以降、お客さんが増えたんです。

阿川 女の子の心情を書くとやっぱり女の子のファンが増えるんですか?

尾崎 「どうして女の子の気持ちが分かるの?」なんて言われることが増えました。でも、実は全然気持ちを分かってるわけじゃないんです。むしろ感覚が分からないからこそ妄想で書けるといいますか。しかも昔から女性に対する甘えが強いし、女性ってすごいなと常々思っているから、曲にするときにけっこうつらい運命を背負ってもらって、大変なところに行ってもらうんです。

阿川 ん? 辛いことに耐えられるような強い女性を書くってこと?

尾崎 はい。理想の女性とかでは全然なく、「お願いします、申し訳ないけど行ってください」という風に過酷な現場に派遣するような(笑)。

阿川 へえ〜。尾崎さんの歌詞って、ストーリー性があって、言葉遊びのなかにも哀愁や悲しみが同居していて。「頑張れよ」とか「明日もあるから」みたいに薄っぺらな部分が全くないじゃないですか。

尾崎 (笑顔で)嬉しいです。むしろその薄っぺらいことがばれたときのほうが自分にとって怖いんです。

■日記を書かされたような気がするのが悔しくて。

阿川 どういうこと?

尾崎 嘘をついたりとか、自分にない感情を歌詞にしてそれがお客さんに知られるという意味ですね。だから基本的に僕の表現は相手にばれる前に自分からさらけ出すんです。いやなところを全部先に見せたほうが……。

阿川 お父様の話じゃないけど、最初に電車の中で吐いちゃうみたいな(笑)。

尾崎 そうですね(笑)。

阿川 まさにそういった尾崎さんの表現が新刊の『苦汁100%』にも出ていて。これは昨年の7月から今年の2月までの日記ですけど、普通日記本って面白い日だけピックアップして書いたりするもんだけど、これは本当に毎日書いてらして。

尾崎 元々、水道橋博士のやっている「メルマ旬報」というメールマガジンで連載をしていたんですけど、毎日書くのは大変でした。でも生活していると毎日ゴミが出るように、「あ、3日分たまってる」と思ったらまとめて捨てる作業に似ていますね(笑)。

阿川 でも、読ませる技がありますよ。言葉がすごく上手。「逆、有森さん状態」なんて普通は思いつかない(笑)。

尾崎 「自分で自分を褒めたい」の反対という意味で書いたところですね。

阿川 そうそう。それを「逆、有森さん」って表現するのが面白いって思いました。そういった比喩や言葉遊びは昔から得意だったんですか?

尾崎 得意かどうかはわからないんですけど、照れ隠しだと思います。なにかちょっとうまくいかなかったりとか、悔しいなと思って、怒りに任せて書く日もあるんですけど、そのまま書き終わると、その日に負けたというか書かされたような気がするので悔しいじゃないですか。こんなむかつく奴がいて、こんなこと言われたという話で終わっちゃうと、その人に日記を書かされた気がするといいますか……。

阿川 分かる気がします。

尾崎 そういうときにその事実をちょっとふざけてバカにするとか、ひねりを加えることで、やり返す。自分のユーモアで、そのむかつく相手に一発殴り返すというか。そうやって文章を書いてるんだと思います。

阿川 ははあ。あと、日記の中にまったく女性のことが書かれてないですけど……。これは……?(笑)

尾崎 書かない部分があることも大事ですよね。それはあるかもしれないということですから(笑)。

阿川 それは推して知るべし、ってことですか?(笑)

尾崎 行間を読んでいただいたり、勝手に書いていないところを読者の方が書き込んでくださってもいいんです。そういう意味深な空白も設けています(笑)。そのあたりも楽しんでいただけたら。

■一筆御礼

 もはや若者音楽を把握できなくなって幾星霜。バンド名も曲名も覚えられず、情けなくなる老境の至りではありますが、このたび尾崎さんのお話を聞いて、今どきのミュージシャンの皆様は生き残るために熾烈な戦いを繰り広げているんだということがよくわかりました。そして、小さな嘘を重ねながらも初心を貫き通し、その過程にて支えてくれた父上、母上、元職場の人たちに対する恩義の深さと尾崎さんの律儀な性格も、しみじみと胸を打ちました。律儀といえば対談後、尾崎さん担当編集青年からメールあり。「あのあと尾崎さんと晩ご飯を食べたのですが、少し落ち込んでました。せっかく楽しみにしていた機会だったのにうまく順を追って話ができなかった自分が情けないって」。なんのなんの、じゅうぶんに伝わってきましたぞ。音と文字を通じ、尾崎さんがさらに斬新でわくわくする世界観をつくってくれそうな予感がじゅうぶんに!

おざきせかいかん 1984年、東京都生まれ。4人組ロックバンド・クリープハイプのボーカル&ギターとして活動。2012年にメジャーデビューを果たし、14年には武道館2デイズ公演を成功させる。16年、半自伝的小説『祐介』で小説家デビュー。最新シングルの「イト」は公開中の映画『帝一の國』の主題歌となっている。新著『苦汁100%』(小社刊)が発売中。

(「週刊文春」編集部)

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