倉本聰 老人ホームは恋の宝庫である #2

倉本聰 老人ホームは恋の宝庫である #2

『やすらぎの郷』(テレビ朝日系) ©テレビ朝日

死ぬまでにキチンとしたドラマを残したい――。その強い思いから、脚本家・倉本聰氏が9年ぶりに書いた連続ドラマ『やすらぎの郷』(#1参照)。映画・テレビ業界を支えた“業界人”しか入居できない老人ホームを舞台とした本ドラマには、モチーフになった映画があった。
(出典:文藝春秋2017年5月号・全3回)

■老人ホームに入ることは、恥ずかしいことではなくなった

 テーマを「老人ホーム」にすることは予(あらかじ)め決めていました。僕の友人も随分いっぱい入っていますし、今回出演する役者の中にも入居中の方がいます。

 実は、このドラマのモチーフにした映画があるんです。フランスのジュリアン・デュヴィヴィエ監督の『旅路の果て』(1939年)。南フランスの養老院に集まった、かつて俳優として脚光を浴びた者たちが、自らの老いを認めず、それ故に悲劇が生まれる、というストーリーの映画です。ここから着想を得ました。

 僕たち世代は老人ホームには暗いイメージを抱きがちです。ところが、最近になって漸く「そうでもないよ」という噂が次第に広まってきた。僕の住んでいる富良野でもここ数年ケアハウスなどの施設が一気に建ちました。有り体にいえば、「老人ホームに入ること」が恥ずかしいことではなくなったのでしょう。老後1人になったら自分から率先して入りますと躊躇(ためら)いなく言える時代が来たわけです。

■破綻した航空会社のCAが……

 今回、脚本を書くにあたって、僕は色々な老人ホームを訪ね歩きました。何処の施設も驚くほど近代化していました。「介護付きマンション」と呼ぶほうが正しいくらいの質の高さだと思います。

 東京にある某鉄道会社系列の老人ホームに行ったときのことです。そこには「コンシェルジュ」と称する女性たちが働いていました。彼女たちは揃いも揃って美人で、礼儀正しく、プロの接客術を身につけています。

 僕はあまりにも驚いて、経営者に「一体どうやって彼女たちを採ったのですか」と訊くと、彼女たちは元キャビンアテンダント(CA)だという。かつて日本航空が破綻した時に退職したCAをコンシェルジュとして雇っていたのです。ドラマも同じ設定にしましたが、まさに事実は小説より奇なりですよ。

 さらに、老人ホームは「恋の宝庫」であることも判明。

 人は、80歳を過ぎると「第2の恋」に落ちると言いますよね。長年連れ添った夫婦でも、新婚時代の愛情に近い感情が再びピュアになって顕れてくる。伴侶を亡くした人も、新たに出会った人に初恋のような純粋な想いを抱く。老人ホームの生活ではそのような恋に落ちる人は少なくないのだとか。

 先述したコンシェルジュのいる老人ホームには僕の先輩が入居しています。90歳近い男ですが、今も毎晩のように銀座に飲みに行っている。耳が遠くなったり、足腰が弱くなったりして、「最近、女がなかなかできねえんだ」とボヤいていますが、彼の色気は齢を重ねても、決して衰えていきません。

 性別を問わず、色気があり、恋愛感情を持てる人は比較的老けないのだと感じます。彼らは何歳になっても性欲があるといいます。しかし、それ故の苦しみもあるとか。性欲があるのに生理的にできないことへの苦しみです。極めて人間的な悩みですよね。人はそういう気持ちを失った時に初めて「死」を意識するのではないかと僕は考えています。

■人が死を受け容れる時に考えること

 死と向き合い、受け容れることは人間にとっての究極のテーマと言えます。

 9年前、『風のガーデン』(フジテレビ、2008年)という北海道を舞台にした終末期の緩和医療をテーマにしたドラマを書きました。その折に取材した専門医と僕は今も文通しています。僕宛の手紙の中で、ある医師がこう綴っていました。

〈死を受け入れるには、自分の死に納得できるかできないかに依るところが多いのではないでしょうか〉

 この言葉は私の胸にグサッと突き刺さっています。自分は現世でやるべきこと、やるべき仕事は精一杯できただろうか。それに対する納得感が持てただろうか。人は死を受け容れる時、そう考えるのでしょう。

 例えば近年、健康ブームで多くの人が身体のために煙草を喫(す)いません。健康になって、長生きして、何がしたいか。本当はその目的が大切なのです。僕は80歳を過ぎていますが、毎日煙草を4箱喫っています。おまけに酒もガバガバ呑む。心臓やら血圧やら数値は悪いけれど、なんとか元気にやっています。そんな生き方に僕は納得しています。自分の人生を納得という観点から説明できる人は果たしてどれだけいるでしょうか。

 その一方で、一旦自分の死に納得してからも尚、生に対する執着、煩悩、そして色気が出てくることがまた人間の面白さなのだとも感じます。

 ドラマの中で「やすらぎの郷」に入っている人たちは、皆ある種自分の人生に納得して入居して、人生末期の生活を送っています。死を迎える上でこれ以上なく恵まれた場所も準備されているわけです。ところが、脚本家が新たに入居してくれば、役者たちは「俺のために良い脚本書いてくれよ」という欲望が出るし、ホン屋自身も一度は筆を折ったのに「書いてやろう」と考える。

 結局、人間は「80歳まで生きられれば十分」と考えていても、82歳まで生き延びたら「85歳まで生きられるかな」というスケベ心が出てくるのです。誰だって人生の最終章にあっても、「あわよくば、もう一花咲かしてやろう」と思う。それは自然なことですよ。

 僕自身、もはや「死」自体は、恐れていません。

 確かに若い頃、死ぬことは怖かったし、「死んだ後は一体どうなるのか」という宗教的恐怖心を抱いたこともあります。でも今は、自分は富良野の山の中で死に、キツネに肉を食われ、微生物に骨を食われ、己の身体がすべて土に還るだろうと信じている。長い北海道での暮らしの中で、それが自分の死なのだと受け容れています。死が怖くなくなったのは80歳近くになってから。次々と知人が死んでいくからでしょう。どんなに親しい間柄の人が死んだところで、もう会えない寂しさはあるにしても、若い頃のように悲しくならないし、涙も出ない。一切驚かなくなるんです。

 高倉健さんが死んだ時。コマサ(小林正彦元石原プロモーション専務)が死んだ時。そして、先日、渡瀬恒彦が死んだ時――。

「ああ、死んだか……」

 只そう思うだけ。慣れてしまったんです、仲間が死んでいくことに。近い将来に必ず僕の番が回ってくる。彼らにその順番が先に来た。只それだけなのです。

(「倉本聰 老人だけが暮らすユートピアを作ろう #3」に続く)

(倉本 聰)

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