ついに輝き始めたファイターズ・平沼翔太 小林繁さんに見せたかった未来の姿

ついに輝き始めたファイターズ・平沼翔太 小林繁さんに見せたかった未来の姿

小林繁の目にとまり、2015年のドラフトで日本ハムに指名された平沼翔太

 大型連休の間のプロ野球中継は、スタンドに子供達の姿が目立ちました。各テレビ局のカメラマンが意識して映していたというのももちろんあるのでしょうけれど、デーゲームが多く子供向けイベントも数々あって、実際にたくさんの子供達が来ていたのだろうと思います。

 4月28日の札幌ドームでは場内アナウンスやヒーローインタビューを子供達が担当しました。こういう企画を見る度に、「この子の心の中でこの先どんな思い出になっていくのかな」と考えます。ファイターズを、プロ野球を、これからもずっと好きでいてくれるかな。好きでい続ける理由のひとつとなるような、そんな嬉しい記憶として残してくれるのかな、と。

 幼い日に初めて触れた野球と、これからどんな付き合い方をしていくことになるのか。どんな可能性が将来に開けているのか。

 未来は誰にも読めません。

■プロ野球選手になった少年たちと、そのきっかけ

 たとえば、1988年のこと。小学2年生の小谷野栄一という男の子がお父さんに連れられて、ファイターズの試合を観に行きます。東京ドームに足を踏み入れたその時には、小谷野少年はまだ知りません。これから始まる試合が、自分にとって運命の出会いになるということを。ファイターズのショートを守る田中幸雄のプレーに魅せられて、野球をやろうと心に決めます。そしてリトルリーグでは松坂大輔という同い年の少年と出会い、やがて大人になってプロ野球選手となり、田中幸雄とチームメートになりさえする訳ですが、そんな未来が自分を待ち受けているということを、その時はもちろん何も知らずにいるのです。

 あるいは、1993年のこと。秋の中国地区高校野球大会準決勝で、広陵高校2年生の二岡智宏は試合に出られませんでした。骨折していたからです。それでもブルペンに入り、監督に叱られても投げ続けていました。その姿がひとりの中学生に強烈な印象を与え、広陵進学を決意させることになるのですが、17歳の彼自身は知る由もありません。試合に出てもいない自分が、見知らぬ年下の少年の心をそんなにも大きく動かすことになるなどとは。そしてその少年、14歳になったばかりの稲田直人もまだ知らないのです。憧れの人と自分とが、プロ野球選手として同じユニフォームを着る日が来るということを。

 さらに、1995年のこと。ヤンキース傘下のマイナー選手、高卒3年目のフェルナンド・セギノールはエクスポズへのトレード通告を受けます。20歳の彼にとってそれは、おまえは必要ないと言われた、としか受け取れないものでした。もう世界は終わりだとまで打ちひしがれる彼を、トレードを告げた32歳の青年監督トレイ・ヒルマンは励まします。ヤンキースが手放したいのではない、エクスポズが君を欲しがってるんだ、と。

 その後、エクスポズ、オリックス・ブルーウェーブを経てヤンキースに戻ったフェルナンド・セギノールのもとに再び日本からオファーが届きます。最初は興味を持てなかった彼でしたが、監督の名前を聞いて心が動きました。トレイ・ヒルマンが監督を務めるファイターズで彼はプレーすることになります。9年後のそんな再会を、その時はまだどちらも夢にも知りません。

■未来のかたち 平沼翔太の場合

 そして、2009年のこと。福井県の中学硬式野球チーム「オールスター福井」に、体験入部の小学6年生がやってきました。名前は平沼翔太。その投球は当時ファイターズのコーチでもあった総監督、小林繁の目にとまります。将来プロに行ける素質と見込んでの指導が始まりました。それは、10月のことでした。

 翌年1月、小林繁は急逝します。その後の平沼翔太は敦賀気比高校で選抜優勝投手となり、2015年のドラフト会議でファイターズに指名されました。予想した通りの未来を、しかし小林繁が見ることはかないませんでした。

 手元に現物がないので正確なことが言えないのですが、確か道新スポーツで、亡くなる前日に日本ハム本社のイベントに参加した小林繁から平沼翔太の話を聞いたという記者コラムを読んだ記憶があるのです。福井で指導している子の中にプロに行けそうな子がいるんだよと楽しそうに語り、それじゃあまたキャンプでと元気に別れたと。

 消えることのない魂だとか、あの世だとか。そういうものの存在を人が信じたくなるのは、こういうことがあるからなのでしょう。

 あの人が今日という日の来ることを知らないまま終わった、という残念さ。今日という日を見せてあげたかった、見てもらいたかった、という思い。いや、きっと、見てくれているよ、という願い。

 去年の文春野球コラムペナントレース、6月に斉藤こずゑさんが、プロ入り3年目にして初めて壁にぶち当たっていた平沼翔太の姿を書いています。深みにはまってもがき、自分自身に対するもやもやを隠さない様子に《こりゃあかん》と思いつつも、《そうか、これはその時がまた近づいているということなのか。またひとり、選手が大きく変わる瞬間を見届けられるということか。》《平沼選手はこの壁をもうすぐぶち壊そうとしている、ジャンプする前に姿勢は一番低くなる、それが目の前のこの姿なんじゃないかとピンときたのです。》と期待を寄せています。(2018年6月20日掲載 「日本ハム・平沼翔太 3年目の大きな変化を見逃せない」 )

 さすがのこず姉。去年はプロ初ヒットを記録するものの最終的に1軍出場7試合9打席3安打という成績に終わりましたが、今年は5月6日までで既に10試合に出場し24打席4安打、5月4日のマリーンズ戦ではプロ初打点も挙げました(同点の場面での勝ち越しタイムリーだったので、逆転負けしていなければ初ヒーローインタビューだったと思うんですよね。惜しかったなあ)。大田泰示か近藤健介か、はたまた淺間大基か横尾俊建かと注目を集めていた三塁手争いに割って入り、頭角を現そうとしています。

 小林さん、今どこにいますか。そこから見えますか。

 平沼翔太が、遂に1軍で輝きを見せ始めました。

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※「文春野球コラム ペナントレース2019」実施中。コラムがおもしろいと思ったらオリジナルサイト https://bunshun.jp/articles/11666 でHITボタンを押してください。

(青空百景)

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