『陰陽師』のようなロングセラーを書く秘訣を教えてください。夢枕獏×阿部智里(1)

『陰陽師』のようなロングセラーを書く秘訣を教えてください。夢枕獏×阿部智里(1)

©釜谷洋史/文藝春秋

『陰陽師』が31年目を迎えた夢枕さんと、7月刊行の『弥栄の烏(いやさかのからす)』で「八咫烏シリーズ」第一部が完結する阿部さん。和風ファンタジー界のベテランと次世代のエースが語りあう、執筆の秘訣や苦労、創作の源、そして、安倍晴明と八咫烏の関係とは。

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■夢枕さんの文章を写経のように写していた

夢枕 阿部さんが松本清張賞を受賞された時のパーティーでお会いして以来ですね。デビューして何年になるんでしたっけ?

阿部 5年になります。私、デビュー前からずっと夢枕さんの大ファンなんです。『陰陽師』は、物心がついた時には学校の図書館にずらっと並んでいました。

夢枕 『陰陽師』を読んでましたと言ってくれる作家の方はたくさんいらっしゃるんですが、生まれる前から『陰陽師』が始まっていたという作家に会ったのは初めてだなぁ。ありがとう。

阿部 特に蟲愛づる姫君である露子姫が、のめり込むほど大好きで。

夢枕 露子姫、いいよね。けっこう可愛い子で、本当はもっといっぱい出してあげたいんだけど、最近出してないな。

阿部 ぜひまた書いてください!

夢枕 じゃあ、今度書きましょう。

阿部 ありがとうございます! 楽しみです。私、ずっと密かに、先生のことを師匠だと思ってきたんです。勝手にすみません……。ですから今日は、『陰陽師』のようなロングセラーを書く秘訣をお伺いしたくて。 

夢枕 それは光栄です。阿部さんのデビュー作『烏に単(ひとえ)は似合わない』、あれを20歳でお書きになったなんてすごいですね。特に後半の展開にはびっくりしました。俺の20歳の時なんて、もっとバカでしたよ(笑)。人間のことも全然よくわかってない頃で。

阿部 先生に自分の本を読んでもらったなんて、中学生の頃の自分が聞いたら信じられないと思います。中学1年生の時に初めて『陰陽師』を読んだのですが、文章に色があると感じて衝撃を受けたんです。それまで読んだ本の中で情景描写が一番美しかった。先生の情景描写は色っぽくて、官能的な表現も出てくるので、中1の女子としてはドキドキして(笑)。その情景描写を少しでも自分の中に取り込みたくて、写経のように先生の文章を写していたんです。

夢枕 みなさん、よく聞いておいてくださいよ(笑)。

阿部 『陰陽師』は、いつも情景描写から入りますよね。情景描写を書く時は、頭の中で画像で見えているのでしょうか。 

夢枕 大体絵は浮かんでますね。そのすべてを描写するわけではないですが。たとえば男が2人歩いているとすると、どちらが背が高くて、月はどっちに出ていて、2人の肩のどのあたりに光があたっているか――これくらいは頭に入っています。無理して思い浮かべるわけではなくて、自然に湧いてくる。

阿部 情景描写から入るのは何か理由があるのでしょうか。

夢枕 困った時の情景描写、です(笑)。阿部さんは、最後まで構成ができてから書いてるんですよね。僕はそれができないんです。書きながら考えていくことしかできなくて、『陰陽師』でも他の話でも、最後まで決めて書いたものはそんなにない。で、「困った時の情景描写」と言ったのは、たとえば締切まであと3日という時に、とにかく冒頭の情景描写を書き出すんです。そうすると2、3枚はストーリーが進行しない。とにかく頭だけ編集部に送って、ストーリーは書きながら決めていく。

■売れなくなった時のためにいい手を伝授しましょう

阿部 すごいですね。私にはできない。

夢枕 やっぱり自分の限界ってあると思うんだけど、最初から考えて書くと、その限界を超えられないような気がするんですよね。まあ、これは後づけなんだけど。この書き方は失敗と隣り合わせでもありますが、自分でも先が分からないで書き進めるほうが「これ、どうなるんだろう」って、楽しいよね(笑)。   

 たとえば、『魔獣狩り』(祥伝社)だと「文成仙吉は風の中に立っていた」と、とにかく一行書く。季節が春だったら「咲いたばかりの梅の匂いがした」までは自然に出てくる。で、その場所の描写をするうちに、前号までの流れがあるので、仙吉が何をするのかこっちも分かってくる。それを無限に繰り返していくと、小説が一作終わる。『魔獣狩り』は完結まで33年かかりました。売れなくなった時のためにいい手を伝授しましょうか。終わらない連載をずっとやり続ければいいんです。

阿部 終わらない……(笑)。そんなことができるということが、デビュー5年目の私からすると驚くべきことです。

夢枕 最後まで決めている人って逆にすごいと思うなぁ。デビュー前からずっと書いていたんですか?

阿部 デビュー作は三作目に書いたものです。中学生の時に一作書いて、高校生の時に、昨年出したシリーズ五作目の『玉依姫』の原型になるものを書きました。

夢枕 ご自分でも感じてらっしゃると思うけど、書いている中でどんどん上手くなって、一作ごとにステージがひとつ上がっている。末恐ろしいですね。

阿部 今のところ、まだスランプになったことはないんですが、先生はこんなに長く書かれていて、スランプになったことはありますか?

夢枕 ないですね。一度、書けなくなったことはなくはないんだけど、今思えばどうってことないんですよ。スランプなんて一生書くうちの3ヶ月とか1年とか、短い間でしかない。一生書くという覚悟さえあれば、スランプは全然恐くない。好きだった女の子が逃げたとか、他のことを考えていたい時に書けなくなるときはあるけど、あっという間に締切のほうが迫ってきて。

阿部 締切が許してくれないんですね。

夢枕 締切がなければ書いている量は半分以下だったかもしれないね。締切サマサマです。怠ける理由はたくさんあるし、ネタはボンヤリ待っていればやって来るものではなく、掴み取るものだから。

 昔、棋士の米長邦雄さんと将棋を指したことがあるんです。もちろん駒を落としてもらうんですが、その時に米長さんが「脳が鼻から将棋盤の上に垂れるくらい考えてください」とおっしゃった。僕もその表現を時々使わせてもらっているんです。自分が小説を書くときも、やっぱり脳が鼻から垂れるくらい考えて、やっとアイディアが出てくる。勢いがある時は申し訳ないくらい速くなるときがあって、二行目、四行目、十行目、と文章がどんどん出てきますね。

■小説を書くときに手書きがよい理由

阿部 先生は手書きなんですよね。私も最初はノートに手書きだったんですが、今はパソコンです。手元に筆記用具がなければ携帯でメモすることもあります。不思議なことに、手書きとパソコンと携帯と、全部感覚が違って、同じようなことを書くときでも文章が違ってくるんです。先生が手書きなのは、やはり手書きの感覚がしっくりくるのでしょうか?

夢枕 紙に万年筆がこすれる感触と音が好きだし、これでずっとやってるから、もう脳の一部みたいな感じですね。僕はパソコンで文字を打つのが遅いし、パソコンに阿(おもね)っちゃって変換しやすい表現を選んでしまうのが嫌なんです。漢字の表記や送り仮名もいろいろあるじゃない。「おもう」でも「思う」なのか「想う」なのか、その時の気分で決めたいけど、パソコンはそこまで合わせてくれない。携帯なんて文章を予測して出してくれるじゃない。スマホでメールを打つ時は情報だけ伝えればいいから便利なんだけど、小説を書くときはそれじゃあちょっとね。

 でも、最初からパソコンを使っている人は、それがもう自然な力になっているわけだから、それはそれでいいんじゃないかな。文体や小説は、歴史が積み重なって出来上がっていくものだから。僕のは、僕の世代が好きな萩原朔太郎や宮沢賢治を読んで育った人間が書く文章だけど、いま20代でデビューした人が書くものは、全く違う新しいものでいい。

阿部 とはいえ、手で書くことの利点も感じます。パソコンで書いている時に変換の候補がずらっと並んでいると、やっぱり思考が逸れてしまって。

夢枕 それはありますね。あと、僕の場合は旅が多かったから手書きしかなかった。原稿用紙とペンがあれば、電気がなくても大丈夫ですから。

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この対談は、夢枕獏さんの「陰陽師」シリーズ最新作、阿部智里さんの八咫烏シリーズ外伝「すみのさくら」とともに、「オール讀物」7月号(6月22日発売)に掲載されます。

(2)に続く

(「オール讀物」編集部)

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