【ロッテ】柴田講平が振り返る古巣・阪神での「落球」の思い出

【ロッテ】柴田講平が振り返る古巣・阪神での「落球」の思い出

©梶原紀章

■柴田講平が語った「落球」の思い出

 なかなか聞く機会がなかった。それでもいつかは聞かないといけないと思っていた。

 ネットで「柴田」と検索をすると、一番最初に出てくるのは「落球」。昨オフにタイガースを戦力外。テスト生からマリーンズの一員になった柴田講平外野手にとって、それは触れられたくない過去なのだと感じていた。きっと熱狂的なファンで知られる虎党からも散々叩かれ、ヤジられてきたのだと思うと心が痛んだ。だから入団会見で最初に顔を合わせた時もその話は決してしなかったし、インタビューでも、そのような質問をされないように気を使った。

 交流戦が始まる2日前だった。バファローズ3連戦を終えたロッカーは閑散としていた。翌月曜日は休日で翌々日から本拠地ZOZOマリンスタジアムでタイガース3連戦。最下位に沈むマリーンズはセ・リーグ相手の交流戦で巻き返しのキッカケを掴むべく、思い思いの時間を過ごしていた。

 球場に最後まで残っていたのは柴田だった。室内練習場での打ち込みを終え、バット片手に汗だくでロッカーに戻ってきた。これまでも様々な会話はしてきたが2人だけで初めてゆっくりと話をした。翌々日から始まる古巣タイガースとの3連戦。一番の思い出を聞くと、とっさに返事が返ってきた。さらりと言ってのけた言葉に驚いた。

「やっぱり自分にとっては神宮でのバレンティン(の打球)の落球ですね」

 プロ初ヒットか初本塁打か初めて決勝点をたたき出してヒーローインタビューを受けた試合かと思っていたが、すぐに出てきたのは苦い思い出の方だった。それは今でも忘れることが出来ない特別な事件。柴田を見るファンの目もそれから変わっていった。

「自分のところにフライが上がるたびにスタンドがザワザワするんです。捕るとオッとなる。まあ、そりゃあ、そうだよなあと自分でも開き直っていました」

■「あの事があったから今がある」

 事件が起きたのは11年8月14日の神宮球場。8−3とタイガース5点リードだが、二死満塁のピンチでのバレンティンの打席だった。ポンと打ちあがった打球にセンター・柴田は手を挙げた。ただ、本人はその時点で嫌な予感がしていた。「フライが上がった瞬間、ちょっといつもとなにかが違う嫌な感じがしたんです。高く舞い上がって、途中で距離感が分からなくなった」。

 その年に東日本大震災があったこともあり、プロ野球では電力不足を考慮してナイターの際の照明を少し落としていたことも影響したのかもしれない。高く上がった打球との距離感が突然分からなくなり、気が動転した。頭が真っ白になった。ボールはグラブの端に当たると大きく弾かれ誰もいないライト方向に転々と転がった。

 走者一掃。試合終了のはずが2点差まで詰め寄られる事態となった。負の連鎖は続く。パスボールでさらに1点。その後も内野手が打球を前に弾き、出塁を許すなど、柴田のプレーをキッカケにチーム内に動揺が広がった。それでも最後はマウンドの藤川球児が締めて試合終了。最悪の事態は免れた。

「普通は勝ったらハイタッチなのですけど、まずマウンドにいってみんなに頭を下げました。先輩方は『勝ったのだから』と励ましてくれましたけど、自分の中ではものすごく情けなかった。今でも思い出すことはやっぱりありますね。鮮明に覚えている」

 神宮ではベンチからクラブハウスに戻るまでの帰りの導線はスタンドの横を通過していく。勝ったにも関らずヤジを浴びた。ただ、優しい励ましの言葉もあった。それは柴田の心に今も残っている。当時の首脳陣は「これ以上のミスはないだろうから、このことを忘れずに頑張る事だ」と声をかけられた。二軍落ちも覚悟をしていたが、このシーズンは一度も二軍落ちをすることなく104試合に出場した。いろいろな事のあったシーズンだった。

「なぜ、一番の思い出か? あの事があったから今がある。いろいろ言われたけど、あの時、色々な人に励まされたりアドバイスを受けたり、自分の中で覚悟が出来たから、その後の自分を形成しているのは間違いのないこと。今は全力ではなく8割ぐらいの気持ちでボールを追いかけます。そうすると硬くならず、慌てることもない。今のような感じであの時もやれていたら捕れていたかなあと思いますね。ただ、やっぱり同じような角度の打球が飛んでくると、一瞬、ウッとなります。もちろん、そこからしっかりと気持ちを入れ直してボールを睨みつけて、落ち着いて距離を測って捕ります」

■いざ、古巣・タイガースとの対戦へ

 交流戦が始まった。マリーンズの最初の相手は柴田の古巣・タイガース。やはり柴田は虎党からの「あの時の選手」という目と向き合わないといけない。それでも背番号「00」は胸を張る。決して過去の弱い自分から目をそらさない心の強さがこの男にはある。

「特別な感情はないです。見返してやろうとかそういうのはない。マリーンズの一員としてタイガースに全力でぶつかって、勝つだけ。それに貢献をしたい。その想いだけですよ」

 タイガースを戦力外となった時、「後悔のないように生きよう」と自分に誓った。そして運命に導かれ、マリーンズに入った。千葉は大学時代を過ごした地。そして本拠地ZOZOマリンスタジアムは4年の春季リーグ戦に2試合を行い、3打数3安打、2打数2安打と結果を出した場所だ。振り返るとプロ初本塁打もここ。13年の交流戦で今はチームメートの阿部和成から本塁打を放った。不思議な縁に導かれ、ここに戻ってきた。交流戦を前にしたタイミングで一軍に昇格し最初の相手が古巣であることも縁だ。

 大きな挫折を味わったことがある男は強い。そして奥が深い。これまで私もいろいろな選手と会い会話をしてきたが、その選手を成長させてきた体験は決して成功談ではないといつも感じる。人を成長させるのは失敗や屈辱。一番の思い出を問われ「落球です」と力強く答える柴田に、それを確信した。

梶原紀章(千葉ロッテマリーンズ広報)

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対戦中:VS 阪神タイガース(山田隆道)

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(梶原 紀章)

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