ベイスターズ人気の復刻ユニは湘南カラー なぜ弱い時代のものが人気なのか

 今シーズン、横浜DeNAベイスターズが球団創設70周年のイベントを行っている。スタートしたのは昨年の11月22日。70年前のちょうどその日に、前身のまるは大洋球団が創設されている。そこから1年間続くロングランのイベントである。私はプロ野球のユニフォームやデザインについての本を何冊か書いているので、復刻ユニフォームの監修などでお手伝いをしている。

 3月10日に山口県下関市で行われるオープン戦のゲームでは、球団創設時の初代ユニフォームが復刻され、選手たちがそれを着用してプレーする予定だった。3月10日というのは69年前のその日、セントラル・リーグが開幕して、大洋ホエールズが創設第1戦を戦った日。しかも場所は下関球場だった。今回の球団創設70周年のタイムスケジュールは、かなり綿密に練られているのである。しかし残念ながら10日の下関の試合は雨で中止。初代復刻ユニフォームの着用は、3月21日の横浜スタジアムでのオープン戦に持ち越された。

 今回のイベントのために、数多くの各時代にあわせたグッズも製作されている。中でも人気なのが、1974年から77年にかけてのオレンジとグリーンが使われていた湘南ユニフォームの時代だ。78年の横浜移転の直前の時期で、川崎球場時代の大洋ホエールズ最後のユニフォームだ。

■湘南カラー誕生のきっかけ

 このユニフォームを初めて目にした時のことは、今でも鮮明に覚えている。

 それは大学受験が終わって進学先が決まり、ウキウキした気分で日々を送っていた最高の春休みの一日だった。昼過ぎに起きてテレビをつけると、読売ジャイアンツとユニフォームがオレンジ色の上着で、グリーンの帽子をかぶったチームが試合をしている風景が目に飛び込んできた。オープン戦の中継であった。

 当時のプロ野球では、前年の73年に太平洋クラブライオンズが真っ赤な上着のユニフォームを採用して、各方面から「なんだあれは」と、顰蹙をかっていた。で、「今度はオレンジとグリーンかよ。いったいどこのお調子者球団だ」と、思って見ていると、なんと我が贔屓球団の大洋ホエールズであることがすぐに判明した。

 その瞬間、私の頭の中では速やかなる価値観の転換が行われていた。

「大リーグのイエローとグリーンのオークランド・アスレチックスみたいで格好いいじゃん」

 現金なものである。

 だが実際の話、このユニフォームのヒントとなったのはオークランド・アスレチックスだった。川崎を走る湘南電車と同じ色なので、湘南カラーと呼ばれているが、その由来は別のところにあった。

 私はユニフォームの採用当時にヘッドコーチで、提案者だった秋山登さんご本人に取材して「アスレチックスのようなユニフォームにしたいと、漠然と思っていたのが湘南カラー誕生のきっかけ」と聞いている。で、そのコンセプトとして秋山さんがテーマに据えたのが静岡だった。当時ドラフト1位で入団したのが静岡出身の東京六大学のスター山下大輔選手。キャンプ地も静岡。そこで静岡の名産品のみかんとお茶からオレンジとグリーンのユニフォームを中部謙吉オーナーに提案したという話だった。秋山さん本人も認めていたが、アスレチックスのようなユニフォームを作りたくて、かなり強引なコンセプトだったが、中部オーナーは「食品会社である親会社のイメージにピッタリ」とあっさり賛成、採用されたそうだ。

■弱い時代が人気の理由は

 秋山さんが憧れたアスレチックスは、湘南ユニフォームが採用された当時、メジャーリーグで最強のチームだった。72年から74年にかけてワールドシリーズを3連覇。オーナーは奇抜なアイディアを次々と打ち出すチャールズ・O・フィンリーで、連覇を開始した72年に彼のアイディアで上下色違いの初のセパレート型ユニフォームを採用していた。上着がイエローとグリーンの2種類のユニフォームは、それまでの白やグレー、あるいはブルー一色を見慣れていた目には斬新だった。

 フィンリーは他にも球界を大きく変える試みを数多く提案した。たとえば選手に髭を奨励してチームはマスターシュ・ギャングと呼ばれた。今では髭の選手は当たり前だが、それ以前は髭のメジャーリーガーなど、ほとんどいなかったのだ。そしてさらに、指名打者制の発明も彼だ。アメリカン・リーグや、日本ではパ・リーグが採用、打撃優先でゲームは間違いなく面白くなった。その他、採用されなかったが、ボールをオレンジ色にしようと提言したり、アイディアは尽きなかった。しかしやがてフリーエージェント時代を迎え、選手が次々に移籍。70年代後半にはフィンリーのチームは崩壊する。

 川崎時代の最後を飾った湘南カラーのユニフォームも、髭と長髪のJ・シピンが印象的だったが、成績は振るわなかった。その4年間の順位は5位、5位、6位、6位。

 しかし不思議なものだ。70周年記念グッズの売り上げを見ると、ファンはこの時代を支持しているように見える。復刻した帽子やオレンジ&グリーンのグッズはどの時代よりも早く完売する。

 これまでいろいろな球団の復刻ユニフォーム・イベントの手伝いをしてきたが、共通して言えるのは、どん底の弱い時代のユニフォームに、意外と人気があることだ。たとえば埼玉西武ライオンズでは太平洋クラブやクラウンライター時代の復刻ユニフォームを要望するファンの声を数多く聞いた。福岡ソフトバンクホークスは、南海時代晩年のグリーンのユニフォームに人気があったし、阪神タイガースは球団史上初の最下位となった輝流ラインのユニフォームが人気で、たびたび復刻ユニフォームとして採用されている。

 弱い時代が人気の理由は何なのか。

 ファンがもの心ついた子供時代などに見ていたからという理由もあるとは思うが、いちばん大きいのはリベンジの気持ちじゃないかと思ったりする。あの弱い時代の悔しさは、やはりいつまでたっても忘れられないものだ。

 しかし今シーズン。まだ始まったばかりだが心配だ。悔しさで忘れられないシーズンにならないことを祈りたい……。

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(綱島 理友)

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