虚淵玄と東山彰良を虜にした「台湾布袋劇」。その強烈な魅力とは

虚淵玄と東山彰良を虜にした「台湾布袋劇」。その強烈な魅力とは

©鈴木七絵/文藝春秋

『魔法少女まどか☆マギカ』をはじめ人気アニメの脚本を多数手掛ける虚淵玄(ニトロプラス)が台湾の伝統芸能「布袋劇(ほていげき)」に惚れこみ、映像作品として日本に持ち込んだ。一方、台湾をルーツとする東山彰良もこのほど刊行した最新長篇でまさに「布袋劇」をキーアイテムとして描いてみせた。なぜこれほどにそそるのか。常に大胆なモデルチェンジを繰り返し、新しい演出に挑戦し続ける、台湾の極上エンタメのいまに迫る。

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■コンビニで毎週5万〜6万本売れている「布袋劇」

東山 虚淵さんが台湾布袋劇の最大手「霹靂社(へきれきしゃ)」と組んで制作された映像作品『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』(以下『サンファン』)を見てたまげました。これ本当に僕が知ってる布袋劇? と慄くぐらい進化していたので。

虚淵 布袋劇の発祥は17世紀といわれているそうですが、台湾では昔からテレビでも盛んに放映されていて、いまでも大人気の国民的コンテンツなんですよね。台湾ご出身の東山さんのほうが僕よりずっとお詳しいでしょうけれども(笑)。

東山 いやいや、今日はぜひいろいろ教えて頂きたくて。僕は10歳になる前に日本に移り住んでしまったし、布袋劇は子どもの頃に見ただけで、現在の形になるまでにどんな飛躍があったのか、プロセスを全然知らないんです。いまはDVDがコンビニでも売られているそうですね。

虚淵 そうです。霹靂さんは、1話70〜90分の映像を2話分、毎週リリースしてます。お客さんは週刊コミック誌を求めるように買っていく。値段も数百円程度で、若い子たちも気軽に購入しているみたいです。ストーリー展開は大胆だし、演出もド派手で、めちゃくちゃ面白いんですよ。コンビニで毎週1話5万〜6万本出ているとか。

東山 それはすごい。いやもう、その面白さは『サンファン』で堪能させていただきました。そもそも僕が知ってた布袋劇は「奉納芝居」で、お正月なんかに廟(びょう)などの前で、神さまに見せるために上演するというものでした。人形の佇まいからしていまとは全然違いましたね。

虚淵 『僕が殺した人と僕を殺した人』を拝読しましたが、まさに、主人公の少年が人形師に代わって布袋劇を奉納するシーンがありましたね。

東山 でたらめの布袋劇を、13歳の子が即興でやってみせるという。あのとき、主人公ユンの頭にあったのは、日本のマンガ『AKIRA』に影響されて夜な夜なノートに描きつけていた「ネオ東京」ならぬ「ネオ台北」を舞台にしたマンガで、冷星(コールド・スター)という悪のヒーローが兄を殺した仇を討つという筋立てでした。劇台に飛び込んだ彼は傀儡(くぐつ)に手を突っ込んで、高々と頭上に腕を掲げ、人形を操り始める……。ユンはそれからお約束を全部無視して見様見真似で芝居をするんですけど、本当は布袋劇には独自のルールがいっぱいあるんですよね。

虚淵 定番の演出というのがあって、それがいちいち冴えてるんですよ。キャラクターの登場シーンでは必ず「四行詩」で人物紹介を謳いあげるとか。何より節回しが特徴的で、口白師(コウハクシ)と呼ばれる、いわゆる弁士さんが全部のキャラクターをひとりで演じ分けるのも圧巻です。

 そもそも布袋劇はまず弁士による講談があって、それに合わせて人形に芝居を付けるというのが定型です。この弁士の講談というのがまたいい。

東山 台湾語ってそれ自体、すごくファンキーな響きで、僕は台湾語がまったくわからなくて、台湾にいたときはもっぱら中国語で会話していたのですが、それでも布袋劇をやってる場面に出くわしたりすると、うっとり聞き入っていました。セリフの意味はわからないけど、響きだけで気持ちよく陶酔できる。特にキャラクターたちが技を繰り出すときの“見得切り”なんて、痺れるほどかっこいい。キメの場面の作り方が本当にうまい。

虚淵 まさに、口白師の言い回しそのものが伝統芸能というか、布袋劇の真髄だと思います。口調や声色を変えながら朗々と演じ分ける素晴らしさ。あれをとにかく日本のお客さんにも味わって欲しかったんですが、台湾語がわからないと真価も伝わらず、それがもどかしくて。そういう言葉の壁にずいぶん悩みましたが、思い切って『サンファン』では見せ場を盛り上げる演出として盛り込むことにしました。

 詩を台湾語で謳って、同時に字幕で表示もする。これでノリだけでも伝わるだろうと考えたんです。その代わりあとのキャラクターの発声はすべて吹き替えにさせてもらったんです。アニメのようにひとりのキャラクターにつきひとりの声優さんに付いてもらうというスタイルで。というのも、弁士による講談が台湾布袋劇の「芸」なら、日本が誇る「芸」はやっぱり声優さんの技量じゃないか、と。

東山 なるほど。

■人形は今でも手彫り。デジタルでは味わえない風味

虚淵 ちょっとややこしいですが、『サンファン』の制作手順としては、僕が書いた脚本をまず中国語に訳し、さらにそれを台湾語に翻訳してもらって、弁士さんが語る。それにあわせて人形を動かしてもらい撮影し、その映像を見ながら日本の声優さんに芝居をしてもらう。そんな流れでした。

東山 ああ、それで! いや、人形の動きが完全に、僕が知ってる布袋劇のものと一緒だったので、一体どういうことなんだろう、と思ってました。

虚淵 動きは基本、台湾語のリズムに則って付けてもらっているので、昔ながらのものになっているはずです。しかし、日本人には馴染みのないリズムにあわせて、さらに日本語のセリフを付けることになるので、声優さんは本当に大変だったと思います。それでも、こちらの勝手な「歌舞伎だと思って、思いっきり見得を切っちゃってください」なんていう注文に、見事に応えてくれました。さすが匠の世界です……。布袋劇の人形はすべて木彫りで、表情が付けられません。アニメだったら表情で見せるところもすべて、声の情感だけで伝えていくことになる。だからこそ、あざといぐらいにオーバーアクトしてもらいました。

虚淵 実は布袋劇の人形って、いまだに一体一体、木を手彫りしてるんです。台湾らしさっていうものがそういうこだわりからも感じ取れる気がします。だって、これがハリウッドだったら、きっとシリコンで大量生産してると思いませんか。もちろん台湾でも映像に最先端技術を注ぎ込むし、デジタル処理を加えて、衣装の素材にもナイロンを活用したりしますが……だけど、顔だけはいまだに木から彫っている。そのこだわりが、いまの僕らの記憶の深淵にじわりと訴えかけてくるという気がします。

東山 そうなのかもしれませんね。

虚淵 この先、エンターテインメントの市場がCGばかりになってしまったとしたら、それはやっぱりさみしいし、その先にもう絶対取り戻せない文化ってあると思うんです。僕は、たまたま、サイン会に呼ばれて行った台湾で霹靂布袋劇に出会ったんですが、一目見て「目の前で起きてることが信じられない」と衝撃を受けました。特撮人形劇とでもいえばいいのか、これはもう、ひとの手で行なわれている魔術じゃないかとさえ思った。デジタルでは絶対に味わえない風味があるんです。

東山 ただ、そこに、ちゃんとデジタルの新しい血も入れていったところは偉い。原始的なだけでは、若い子たちはついていかなかったでしょう。

■撮影現場にスタント人形が用意されている! 

虚淵 そうですね。伝統を尊重しながらも、常に進化している。人形自体も時代に合わせて変化を遂げているんです。僕が最初に見た霹靂博覧会場には歴代の人形が飾られていたのですが、顔も衣装も、どんどん変わっていっていることが一目瞭然でした。テレビ映えを意識して、細部まで精巧に作り込まれるようになって、結果、体長が30センチから90センチまで伸びていった。顔つきも年々バージョンアップしていて、霹靂布袋劇のヒーロー・素還真(ソカンシン)なんて唯一眉毛のデザインだけは変わらないけど、顔は常にその時々の時代の最先端の美形顔に作り直されている。そのあたりはかなり柔軟です。

『サンファン』ではさらに挑戦的な試みをしてくださっていて、ヒロイン・丹翡(タンヒ)の顔は、霹靂さんですら初めて手がけたという「アニメ顔」に挑んでくださっています。

東山 丹翡さん、布袋劇とは思えぬ可愛いらしい顔で、僕もびっくりしました。顔や衣装の造形というのは、どんなふうに決めていったのですか。

虚淵 基本的にはグラフィッカーたちがデザインを起こし、それを霹靂の職人さんたちが人形に落とし込んでくれたんですが……霹靂の方々は本当にプロフェッショナルでしたね。30年の蓄積をもとに、デザイン画の段階から続々と的確なアドバイスをくださった。画面で映えるためには何が必要なのか、もっと羽とかマントとか風に揺れるパーツを付けようとか、髪型や衣装の飾り立て方、いわゆる「盛り方」までたくさん伝授してくれました。

 布袋劇の撮影現場もまたすごくて、実際に雨を降らせ、風を吹かせの壮絶な演出で、過酷な撮影用のスタント人形まで用意されているんです。そのこだわりがまたハンパなくて、まるで曲芸を見ているようでした。あの撮影風景こそ、お見せしたいですよ。

 そういう職人気質なところと、進化を恐れず、勇気を持って貪欲に伝統をアレンジしていくところ、両方併せ持っているところに惹かれます。だいたい、僕たち海外組と作品をつくろうと発想することからしてアバンギャルドですよね。

東山 虚淵さんのその度胸もすごいけど(笑)。

虚淵 いやいや、僕は最初に見た素還真シリーズに痺れて、運よく組ませてもらえただけで、幸運でした。自由に遊ばせてもらっているなと思います(笑)。

東山 それが一番ですよ。自分が楽しくないと!

■やっと見つけた故郷みたいなもの

虚淵 『サンファン』をやれてよかったと思ってる理由がもうひとつあるんです。実は僕、創作の出発点が小説なんですよね。だから、アニメの脚本書いてても、ついついセリフが長くなっちゃうんです。それがずっと、自分のなかでボトルネックになっていたんですが、布袋劇というのは、弁士の語りあっての映像作品で、饒舌な脚本との喰い合わせがいいんです。まず言葉があって、その言葉を聞いた人形師さんたちがインスピレーションで芝居を付けてくれる。ずっとネックだった語りすぎる脚本が、初めて歓迎されて、ああ、ついに故郷に辿り着いた! と震えました。

東山 虚淵さんと布袋劇は巡り合うべくして巡り合ったんですね。

虚淵 足枷(あしかせ)になっていた部分を武器にできる場所をやっと見つけて、ちょっと運命的なものを感じています。これはひとりだけでは絶対に辿り着けなかった境地です。一方の小説は、そもそも、たったひとりで作品を仕上げる職業です。マンガですら、ひとりで描き上げるには限度がある。逆にいえば、小説ばかりは他人に手伝わせようがない。

東山 そうですね。

虚淵 脳の中の思考というものが言語で成り立っている以上は、それをプリミティブに出力する小説という形態は表現の王道だと思うんです。僕が最初に小説を志向したのもそういう理由でした。

東山 僕は物語に対する渇望が強いから、物語を自分で組み立てて、その中で自分に刺さる一言をとにかくものしたいと思うんですが、虚淵さんの場合はそれだけじゃダメなんですよね。ストーリーとヴィジュアル、さらにはサウンドまでを、立体的に設計しなくちゃいけない。しかも、それを他人と共同作業で仕上げていくんですよね。

虚淵 そうなんですよ、その「どう化けていくかわからない」というところが面白くて。僕はその虜になってしまって、活字からこちらの世界に傾いてしまったんだと思います。

東山 そんな壮大な共同作業は、とても僕にはできそうもない(笑)。僕はかつて、生活が苦しくて、自分の小説が映画化されたらいいなって、考えながら執筆していた時期もあったんです。でも、あるとき、どうせ売れないんだったら好きにやろう。物語に乗っかって、勝手に終わるところまでとことん付き合おうって決めたんです。どうせ失敗したって誰にも迷惑かからないんだから。さっきおっしゃったみたいに、シリコンで作ったら大量に作れるんだけど、もうこれからは一個一個手彫りでいこうというメンタリティに立ち返ることができたんです。果たしてそれが僕の気質によるものなのか、あるいは台湾の風土で培われたものなのかはっきりとはわからないけど、いずれにしても、こういう心持ちは悪くないなと思っています。

虚淵玄(うろぶち・げん)
1972年生まれ。シナリオライター、小説家。ニトロプラス所属。2011年、脚本を手がけたTVアニメ『魔法少女まどか☆マギカ』で文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞受賞。主なアニメ作品に『PSYCHO-PASS サイコパス』『翠星のガルガンティア』『楽園追放 -Expelled from Paradise-』など。16年より武侠ファンタジー人形劇『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』の原案・脚本・総監修を担う。

東山彰良(ひがしやま・あきら)
1968年台湾生まれ。5歳まで台北で過ごした後、9歳の時に日本に移る。福岡県在住。2002年「タード・オン・ザ・ラン」で第1回「このミステリーがすごい!」大賞銀賞・読者賞を受賞。09年『路傍』で第11回大藪春彦賞受賞。13年刊行『ブラックライダー』が「このミステリーがすごい! 2014」第3位、第5回「AXNミステリー 闘うベストテン」で第1位に。15年『流』で第153回直木賞受賞。16年『罪の終わり』で第11回中央公論文芸賞受賞。17年5月、最新刊『僕が殺した人と僕を殺した人』刊行。

対談写真:鈴木七絵/文藝春秋

2017年6月20日発売の「別冊文藝春秋」電子版14号より抜粋

(「別冊文藝春秋」編集部)

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