「先生、僕、研究者になりたいんですが」……悩める若手にどう答えるべきか

「先生、僕、研究者になりたいんですが」……悩める若手にどう答えるべきか

大学4年生にとって、今は人生の大きな分かれ目を決める時期なのだ ©iStock

 「失礼します」。研究室のドアをノックする音がする。あれ気づかなかった、もう約束した時間になったんだ。もちろん、入っていいよ。

 新年度もはじまってもうすぐ2か月になろうとしている。大学4年生にとっては今が就職活動のピーク。そろそろリクルートスーツにも慣れ、筆記試験にまた、最終面接に忙しい日々を過ごしている頃である。そしてそれは同時に彼らにとっては、自らの人生の大きな分かれ目となる時期でもある。経団連の会長自ら「終身雇用はもはや維持できない」と明言する今日においても、多くの人にとって最初の就職先の選び方は、彼らのその後の人生を大きく左右する事になるからだ。

 そしてだからこそ、このシーズンになると、大学院専任教員である筆者の研究室にも、時おり、学生達が訪れる事になる。そう大学生の中には、このタイミングで大学院受験を正式に決定し、下見を兼ねて志望する大学院や指導教員の元を訪れる人もいるのである。学部とは違って、専門性の高い大学院は良くも悪くも指導教員との距離が近く、その選び方で何が学べるかが大きく変わってくる。学生さんには近い分野に見えても、少し専門が異なれば教える事すら不可能な分野も少なくない。こいつは一体どんな奴で、どんな事を教えてくれるのか。だからこそ、将来の大学院生にとって、指導教員の見極めは、時に就活生にとっての会社選びと同じくらい重要だ。「学部は大学のネームバリューで決めるけど、大学院は指導教員で決めるものだ」とあるとは、筆者の親しいアメリカの研究者の言葉であるが、全く同感だ。

 そして、この時期の学生達との顔合わせの重要さは、教員の側にとっても同様だ。自分が指導できない分野の学生を受けいれても、指導教員も学生も不幸になるだけだからである。とはいえ、厄介な事もない訳ではない。なぜならこの段階では必ずしも、学生が研究したい事がはっきりしていない事も多く、またやりたい事がある程度決まっていても、学生がそれを教員の側に上手く説明できるとは限らないからだ。だからこそ、大学院担当教員の側も、学生さんとの話に時間を割き、彼らが何をやりたいのかを、一つ一つ丹念に聞いて行く事になる。

 とはいえ、それは嬉しい作業である。だって、学生さんが自ら、数多くいる大学教員の中から、自分を将来の指導教員候補に選んで来てくれているのだから。その中には筆者が書いた本や論文を沢山読んで準備してきた人もいれば、ウィンドウショッピングさながらに、余り調べもせずに飛び込みで研究室にやってくる人もいる。その中には、韓国政治研究者である筆者の研究室に来て韓国語の本の山を見て、「先生、ハングルが読めるんですか」という学生もいるくらいだ。それでも一向に構わない。何故ならここからこそが教員の腕の見せ所だからだ。

■研究者を志望する学生がやってきた

 さて、今日の学生さんはどんな人だろう。研究室にかかっている、オリックスのユニフォームの存在には気づいてくれるかな。今かかっているのはお気に入りの2015年のサードユニフォームなんだけどな。
 
「先生、僕、研究者になりたいんですが」

 ほら来た。これ、相談の中で一番「重い」奴や。

 良く知られている様に、昨今の大学生の就職状況はとても良い。その原因が人口減少による人手不足の為か、はたまた政権が自ら誇るようなアベノミクスの成果なのかはさておき、あたかも一昔前の「就職氷河期」が嘘だったかのようである。うちの大学院の学生も、その三分の二程度は博士後期課程(いわゆる博士課程)には進学せず、博士前期課程(いわゆる修士課程)を終えた後、つまり修士を取ってから、社会に出る。この大学院に勤務して22年、もともとうちの大学院で、修士を取ってから社会に出る学生の就職は、過去に自分の指導生で就職活動に失敗して留年した修了生が一人もいないくら良い状態だ。そしてそんな過去の修了生と比べても、近年の学生の就職状況はとびきり良い。だから、正直、今年の博士後期課程に進学しない学生の就職についても、自分はあまり心配していない。

 しかし、それは博士後期課程に進学し、博士号を取得し、研究者の道を志す学生にとって全く異なるものとなってくる。ときおり新聞等でも取り上げられる様に、現在の若手研究者の就職状況は極めて厳しく、40歳を超えても大学教授はおろか、助教の地位に就く事すら困難な状況だからである。事実、学界やマスメディア等で華々しく活躍する若手研究者の中にも、大学では非常勤講師や任期付きの教員ポストでどうにか食いつないでいる人も珍しくない。

 だから正直、将来の安定を考えれば今の日本で博士後期課程に進学し、研究者の道を目指す事は、あまりお勧めしない。とはいえ同時に研究者の道を志し、研究を望む人に教育を施し、経験を積ませるのは、大学院担当教員としての職務でもあるから、リスクを十分に理解した上で、それでも博士後期課程に進学を希望する人の道を阻む事のも筋違いだ。だから、研究者を志望する学生には、そのリスクを丹念に説明し、それでも研究者の道を進む気があるのか否かを、繰り返し確認する事になる。

■大事なのは「ストロングポイント」を作ること

「それでもやってみたいんです」

 

だとすれば、こちらも腹を括るしかない。筆者の教える分野は人文社会科学系の中では多少なりともポストのある分野であり、幸いな事に過去に筆者の下、博士号を取得した教え子達は、今のところ全員どこかの大学で、常勤のポストを得て活躍する事となっている。もちろん、それは彼らの努力の結果であり、筆者がただ教え子に恵まれただけである事は言うまでもない。ともあれ過去の経験から言えば、チャンスは決して多いとは言えないが、機会が全くないわけではない。優秀なOB/OGの後を追うように、彼らが成長してくれればそれに越したことはない。

「でも、どうすればいいのですか」

 院生さんには一人ひとり、個性もあり固有の背景もあるから、ここからは手探りで行くしかない。しかし、過去の経験から言えることが幾つかある。第一に言える事は、この世界で生き残っていくには、どこかに絶対的な「ストロングポイント」、つまり他人にアピールできる部分を作っておかなければならない、という事だ。競争が厳しい昨今だからこそ、誰もが出来る事を当たり前にやっているだけでは、他から抜きんでて、レギュラーポジションを獲得する事はできない。勿論、予算削減で人手が減らされる中、「研究しかできない」「教育しかできない」人が論外なのは事実である。しかし、その事は、その人がそれ以外に、自分固有の「ストロングポイント」を持たずとも良い、という事を意味しない。

「内野ならどこでも守れる」「いや外野だって守れる」人は、確かにチームにとっては便利だろう。しかし、そういう「何でも屋」は組織に一人か二人で十分だし、そんな仕事はそろそろ第一線で通用しなくなりつつあるベテランにやってもらえば十分だ。焦る若手は時に出番を求めて、いろんな仕事をやりたがる。しかし、結果として自分が本当に専門としない分野で無理に試合に出て、エラーを連発してチームが敗れるなら、結果としてその若手も評価を落とし、自信を失ってしまうだけだ。若手に本来やりたかったことをやらせず、チーム事情で、いろんなポジションをたらい回し、結果として使い潰して行くなら、それは「育成」が間違っているという他はない。何もかもが平均点だというのは、競争が厳しい世界では「ストロングポイント」ではなく、「弱み」にしかならない。それでは彼らがこの世界で生き残って行くことは難しくなるからだ。

 大事なのは、若手にポジションを与える側は、彼らに「将来のスター」となってくれる事を望んでいる、という事である。「ストロングポイント」が明確なら、組織の中でその人の使い方も明確になるから、若手にとっても生き易い。それは例えば、特殊な語学能力でもいいし、特定の研究分野での飛び抜けた実績、更には独自の社会的ネットワークでも構わない。そして、そんな「自分にしかできない仕事」がある人には華がある。そして組織は、今度は新たに「チームの顔」になった彼らに憧れて、次なる人々が集うのを望んでいる。

■指導教官とフロントの役割は同じだ

「ストロングポイントと言われても、それをどうやったら作れるかわかりません」

 そう、他人に振り返ってもらえるような「ストロングポイント」が簡単に作れるなら苦労はしない。大学院生ならそれまでに留学したり、国際学会でもまれたり、地道な経験を沢山積む事が重要だ。誰もが入団した瞬間から活躍できる「ドラフト1位の即戦力」なら苦労はしない。そもそも「スタジアム」で顔を覚えてもらうのだって一苦労だ。

 だからこそ、そんな若手にコンスタントで華やかな活躍をいきなり求めるのは、無理筋だ。そもそもどんなに優れた仕事をしていても、時に研究費や研究発表の場といった機会に恵まれず、思ったような「勝ち星」がつかないことも日常茶飯事だからである。そしてその様な中、甞ては旺盛だったやる気を失って、潰れていく若手も少なくはない。

 そんな時、重要なのは周囲の人間がしっかりした評価をしてあげる事だ。たとえ「勝ち星」がつかなくても、他から思ったような評価が得られなくても、良い仕事をしている人には、彼らを指導している人たちこそがしっかりとケアをしてあげる事が重要だ。そしてそのケアは細かければ細かいほど好ましい。何故なら、人間は簡単に折れてしまうものだからだ。人間が折れれば、チームも折れる。「年に一回、まとめてきちんと評価してやれば十分だ」と思うのは、恵まれた立場にあるものの勘違いだ。

 そしてそれはもちろん、やみくもに励ましてやればいいという事を意味しない。大事なのはきっちりと評価ポイントを決め、その評価をきちんと若手にフィードバックする事だ。そして、評価の基準は増減する「打率」や「防御率」ではなく、一旦積み重なれば失われる事のない「安打数」や「投球回数」が望ましい。減ることのない実績が、一つずつ積み重なっていけば、それは確実に彼らの自信につながるからだ。6回を3失点内で抑えるクオリティスタートをして、100球をきちんと投げ切れば、それは十分に「勝ち星」に値する。若手、そして選手が活躍する場を準備するのは、大学ならシニアのスタッフ、球団ならフロントの責任だ。責任を現場に押し付け、スタッフを腐らせるだけなら、そんなフロントは居ない方が良いに決まっている。

「大丈夫だ、お前の努力は俺が見ているから安心しろ。俺がきちんと評価してやるから、お前は安心してお前の仕事をしろ」

 指導教員やフロントの役割はそうやって若手の背中を押してやることだ。必要なら、自ら学会やスタンドに足を運んで、若手と一緒に悔し涙を流せばいい。苦しい今の時代だから、せめてそんな環境で若手に仕事をさせてやろう。そうそして明確に伝えるのだ。俺たちはまだ諦めてなんかいない。由伸、翼、K-鈴木。どんなに負け星が沢山ついても、俺たちの中ではお前たちはいつも勝ち投手だ。俺たちが見ているから安心して投げて良いぞ。

■◆ ◆ ◆

※「文春野球コラム ペナントレース2019」実施中。コラムがおもしろいと思ったらオリジナルサイト https://bunshun.jp/articles/11689 でHITボタンを押してください。

(木村 幹)

関連記事(外部サイト)