もしも太宰治がカップ焼きそばを作ったら? 天才的なバカ本はこうして生まれた

もしも太宰治がカップ焼きそばを作ったら? 天才的なバカ本はこうして生まれた

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 もしもあの国民的作家がカップ焼きそばの「作り方」を書いたら――。ツイッターで発信され、ネット上で大拡散されたあのネタが、文豪やミュージシャン、はたまたインスタグラムや週刊文春まで100パターンの文体を集めて書籍化され、スマッシュヒットになりました。この天才的なバカ本はどのように生まれたのか。著者の神田桂一さんと菊池良さんにお話を伺いました。

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――そもそもの成り立ちを教えて下さい。

菊池 もともと、ぼくがツイッターで書いていた、とある国民的作家の文体模写がウケていたのですが、たまたま神田さんも雑誌「ケトル」で同じようなことをやっていたんですよね。

神田 その作家の作品由来の名前がついている店を回ったのですが、編集長から「作家と同じ文体で紹介文を書いてね」という指令を受けて書いたものがうまくいって味をしめちゃって、プライベートでもフェイスブックなどで書いたりしていたんです。それで、ぼくも菊池くんのことを面白いなと思っていて、一緒にその文体で自己啓発本ができないかと思ったんです。もともと菊池くんとは飲み会で知り合った時から、笑いのセンスが似ているなと思っていたので。

菊池 その時は、その作家になりきる技術という企画でしたよね。例の文体ありきで、様々なシチュエーションの文章を紹介する本でした。

神田 その作家が取調室にいたらとか、婚活会場に紛れ込んだら、とか。

菊池 ぼくは「先輩からの誘いを断る◯◯さん」なんて書いていました。

神田 でも、その企画書を書いて出版社に持っていったら、役員会議でダダ滑りして企画が通らなかった(笑)。他の会社にも難しいと言われて思いついたのが、著述家・編集者で、書籍のプロデュースもやっている石黒謙吾さんに相談することだったんです。随分前にはじめて会ったときは、いくら企画書を見せても「あまりピンとこない」みたいな反応だったんですが、今回はメールを送ったら速攻で電話がかかってきて、「これは行けるかもしれない」と。「君達の人生が少し変わるかもしれない」とまで言われて(笑)。

菊池 ただ、石黒さんが企画書をまずは数社出してみても反応がいまいちで。そこで、そもそもぼくの最初のツイートが絶対イケルと思って第二弾と思っていたようで、ならば出す順序を逆にして、「カップ焼きそばをやろう」となったんですよね。特定の作家でいろんなシチュエーションを書くのではなくて、いろんな作家で一つのシチュエーションを書いてみようということになったんです。

神田 すごく考え込まれたように思われているみたいですが、そんな計算はどこにもなくて、単に書き疲れていたので、「もうカップ焼きそばでいいや」みたいな(笑)。

――下らないと片付けるのは簡単ですが、きちんと楽しめているかが試されている、ものすごく読み手のリテラシーが要求される作品だと思うんです。どうやって、収録する作家を選んだんですか?

神田 石黒さんに、100人にしたいので、ふたりで50人ずつ考えてとなって、それぞれ提案したら、趣味が違いすぎてまったくかぶらなかったんです。

菊池 現代作家やミュージシャン、評論家などが神田さんで、近代作家とビジネスメールやインスタなどの日常的なパートがぼくでした。

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ビジネスメール
Business Mail

焼きそば作成の手順に関して
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人間さま
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お世話になっております。インスタントのカップ焼きそばです。

食事の日程が近づいてきましたので、当日の手順についてリマインドいたします

【当日の手順に関して】

1. お会いしましたら、私の蓋を半分まで開けて、中の小袋を取り出してください

2.沸騰させたお湯を私に注いでいただき、蓋をしっかりと閉めて五分待ちます

3.五分経過後、私の中からお湯を捨てていただき、ソースをかけて箸で混ぜます

4.あとはご自由に召し上がってください

当日、お会い出来るのを楽しみにしています。

それでは、よろしくお願いいたします。

(『もし文豪たちが カップ焼きそばの作り方を書いたら』より)

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――悪ノリになっては面白くないし、センスが試されますよね。

神田 取り上げたのは一人一人に熱狂的なファンがついている作家ばかりだから、生半可なものは書けないぞと、すごく怖かったんです。書いているときは不安だけでしたね。これ書いて許されるかなとか、ずっと思っていました。だから茶化すだけでなくて自分がちゃんと知っている、好きな作家から書いていきました。

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太宰 治
Osamu Dazai
小説家 日本 1909~1948

焼きそば失格

【第一の手記】

 申し上げます。申し上げます。私はお腹が空いてしまいました。このままでは得意のお道化芝居もままなりません。空腹に耐えかね、私は台所の戸棚を出鱈目(でたらめ) に開けました。

 これは、ヘノモチン。

 これは、パビナール。

 これは、カルモチン。

 うわっはっは、と私は可笑(おか)しくなりました。これは真っ当な人間の生活ではありません。

【第二の手記】

 私は賭けに出て、最後の戸棚を開きました。カップ焼きそばがありました。

 カップ焼きそばは、まずお湯を入れなければいけません。私に立ちはだかったこの敢然たる事実は、私を湯の沸騰へと向かわせました。

 点線まで蓋(ふた)を開け、かやくを振りかけて、お湯をかける。そうれ、俺ならできる。自分で自分を鼓舞しながら、私はお湯を注ぎ込みました。

 私に湯切りをする資格があるのでしょうか。きっと、あるのです。あるはずなのです。

「許してくれ」

 そう呟(つぶや)きながら、私はお湯を捨てました。

【第三の手記】

カップ焼きそば。

よい湯切りをしたあとで一杯のカップ焼きそばを啜(すす)る。

麺から立ち上る湯気が顔に当たってあったかいのさ。

どうにか、なる。

(『もし文豪たちが カップ焼きそばの作り方を書いたら』より)

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菊池 ぼくもリストアップしたのは、好きな作家や今まで読んできた作家ばかりですね。でも意外と杞憂で、特に書店員さんが面白がってくれて。それで気持ちが楽になりました。

――特に自信のある作品はありますか?

神田 ぼくは町田康と井上章一ですね。井上章一は地味なので、誰も触れてくれないんですけど(笑)。あとは手応えがあったのは、イケダハヤトとか高城剛とかですね。

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高城 剛
ハイパーメディアクリエイター 日本 1964〜
Tsuyoshi Takashiro

ハイパーメディアヤキソバー

 僕は偏食なところがあってかつては玄米しか食べていませんでした。おかずなし。それが今はカップ焼きそばしか食べていません。

 これまで僕は、たくさんの美味しいもの、それこそスペインはサン・セバスチャンの分子料理から、東南アジアのびっくりするくらいうまい屋台メシまで食べてきました。そうしたなかで行き着いた食べ物、それがカップ焼きそばだったんです。

 カップ焼きそばに勝る食べ物は今のところ見つかっていません。利点を言いだすときりがないので、ここでは、ひとつだけ。

 カップ焼きそばを食べる数とアイデアの数は見事に比例するんですよ。

 なぜだかは僕にもわかりません。たぶん、そういう欲求を解放する何かがあるんですよきっと。

 すでにブルックリンでは、カップ焼きそばの屋台が出はじめています。あえて屋台で食べるというのがブルックリンでは最先端の食べ方なんですよ。

 また、いろんなメーカーの麺、かやく、ソースをいったんバラバラにして、よりよい組み合わせにして食べるという食べ方も、これはブルックリンではなく、サウス・ブロンクスで流行っていると聞いています。いかにも、といった感じですよね

(『もし文豪たちが カップ焼きそばの作り方を書いたら』より)

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菊池 ぼくは日本を代表する作家と音楽家の対談ですね。あれは鉄板だと思います。ヒカキンとかウィリアム・ギブスンとかも気に入っています。

著者インタビュー#2 に続く

(「文春オンライン」編集部)

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