【ロッテ】最後のマウンドは突然に 小林雅英投手コーチが選手たちに伝えたいこと

【ロッテ】最後のマウンドは突然に 小林雅英投手コーチが選手たちに伝えたいこと

©梶原紀章

■「まさか」だったマリンでの最後のマウンド

 まさかそれが今まで何度も上ったマリンでの最後のマウンドになるとは夢にも思わなかった。マリーンズの小林雅英現一軍投手コーチが最後に慣れ親しんだ古巣のマウンドで投げたのは2011年4月27日のデーゲーム。08年にメジャー挑戦後、ジャイアンツを経てバファローズに入団をしていた。4点ビハインドの七回だった。

 先発投手がこの回、2者連続四球で降板をするとブルペンにいる左の吉野誠投手に登板指示が飛んだ。左の神戸拓光外野手と対戦し、次の今江敏晃内野手で右の小林雅英を投入。そういう作戦だった。

 リリーフカーに乗った吉野を見送り、ブルペンに戻ろうとするとまさかのアナウンスが流れた。「ピッチャー寺原に代わりまして小林雅英!」。ブルペンにいる誰もが焦った。おそらく状況としては岡田彰布監督が間違って球審に告げてしまったのだろうと推測されたが、もう後の祭り。呼ばれたからには行かなくてはいけない。

 グラウンドに目を向けると、リリーフーカーは、まだマウンド付近。審判も怪訝な雰囲気を醸し出している。「行ってきてくれ!」。周囲から声が飛ぶと躊躇せず、走って飛び出した。“幕張の防波堤”の異名を持ち、何度もこのマウンドに向かった。しかし車に乗らずブルペンから走っていったのは初めての事だった。そして、それが最後のマウンドとなってしまった。このスタジアムでの205回目の登板だった。

「あれが200回以上投げたマリンでの最後のマウンドだからね。オレもまさかそういう終わり方をするとは思ってもいなかったよ」

 しんみりとすることはない。それが小林雅英の性格。だからマリンのマウンドに別れを告げたシーンを振り返る時もケラケラと笑っていた。準備不足で臨んだ登板は散々だった。1回を被安打2、2四球、2失点。

 結局、その数日後に仙台でもう1試合だけ投げ、5月2日に二軍落ち。一軍に戻ることはなくそのシーズン限りでユニフォームを脱いだ。228セーブ。名球会まであと22セーブまで迫っていた男は引退試合を行うこともなく静かに現役に別れを告げた。

■交流戦に強いマリーンズ

 なぜ、このような話になったか。それは練習後に2015年から古巣マリーンズに指導者として戻ってきている小林雅英投手コーチと交流戦を話題にしているうちに、つい当時の話で盛り上がったからだ。

 交流戦に強いマリーンズ。ずっとそう言われ続けてきている。実際に交流戦が05年に始まってから12年間で負け越したのは08年、09年、11年の3度だけ。初年度の05年と06年に連覇をしたことも大きなインパクトを与えた。ちなみに05年のMVPは先発の小林宏之投手で、06年が抑えの小林雅英投手。W小林の受賞は当時、大きな話題となった。あの頃のそんな事を話していた時に話が脱線をしてしまったのだ。

 交流戦初年度の鹿児島での春季キャンプでこの男が全体練習後にやたら打撃練習をしていた姿が思い出される。そもそもストッパーに打席が回ってくるのか? という私の疑問も「うるせえな!」の一言で片づけられ、嬉しそうにマシン相手に打ち続けた。堀幸一内野手(現一軍打撃コーチ)モデルのアオダモのバットを手に入れ、メーカーに頼み特注のレッグガードに肘当てを入手。周囲からは「道具の無駄使いだ」と揶揄されながらも、気にする素振りもなかった。

「高校を卒業してからバットを握ったこともなかったからね。大学も社会人もDHだった。そりゃあ、楽しみ。張りきっていたよね」

 記念すべき05年の交流戦初戦は、雨の降りしきる横浜で村田修一内野手に2点左前適時打を打たれサヨナラで敗れる。負け投手は小林雅英である。出だしは嫌な予感も漂ったが、結果的にこの年は24勝11敗1分け。神宮で行われたスワローズとの最終戦に勝利し、初代王者になった。最後のマウンドを締めたのも小林雅英。そしてこの日も小雨が降っていた。

 2年目の06年は小林雅英が3勝13S防御率0.47と圧倒的な数字をたたき出してMVP。賞金200万円と記載された大きなボードはまだ小林雅英宅の自室に静かに眠っているという(たぶん、本当にひっそりと眠っていると思われる)。そして07年は3連覇ならずの4位に終わった。マリンで行われたタイガース戦の9回に投手陣が打たれ9失点と大炎上し5点リードを守れなかったことはあえてここでは触れない(小林雅英は5失点)。そして渡米もありこのシーズンを最後に交流戦の登板はない。

「結局、俺は打席に立つ機会はなかったなあ。でも先発投手が打席に立つ時はみんないつも以上に注目をする。それでバントを決めたり、ヒットを打ったりするとベンチは大盛り上がり! パのチームはどこもそういう部分はあると思う。投手が打ったり、バントを決めたりして勢いづく。そういうのもパの強さの一因じゃないかな」

■小林雅英投手コーチが一番伝えたいこと

 NPB通算463試合、MLB通算67試合に登板。そんな男は現在、マリーンズのブルペンで若い投手陣に指導する立場にいる。酸いも甘いも知るからこそ、どんな時もドッシリと構えているのが印象的だ。色々な経験を踏まえ、昔話を交えながら時には励まし、時には叱咤する姿は頼もしい限りだ。

 そんな男が一番伝えたいのは人生、いつ最後のマウンドが訪れるか分からないという事だろう。だから日々を悔いのないように投げて欲しいと思っている。「オレはマリンでの最後の登板は肩も出来ていない状態から走ってマウンドに向かった。いつもリリーフカーの中で深呼吸をしたり気持ちを落ち着かせたりするのに、そういうのも出来なかった。思い出に浸るような瞬間なんてなかったよ」。そう言ってケラケラと笑う。

梶原紀章(千葉ロッテマリーンズ広報)

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(梶原 紀章)

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