【ヤクルト】対ホークスの思い出は山田哲人の3連続ホームラン

【ヤクルト】対ホークスの思い出は山田哲人の3連続ホームラン

©文藝春秋

■ヤクルトとソフトバンクの思い出あれこれ

拝啓

 松中みなみ様。先日の「文春野球決起集会」において、一度だけごあいさつさせていただきました。この日はお仕事のご都合ということで、松中さんは早々に退席されましたので、あまりゆっくりとお話しすることはできませんでした。

 僕の中の「松中みなみ像」と言えば、事前に聞いていた「ニィニィ」こと、松中信彦氏のご親戚であるということ。あるいは、あの日対面した際に感じた、「明るく元気な方だな」という印象。そして、これまで「文春野球」で書かれたコラムを読んで、「独自の世界観をお持ちの方だな」という感想を持っていました。

 さて、このたび、「文春野球交流戦」ということで、我がヤクルトとソフトバンクとの対戦が組まれることとなりました。さっそく、僕は両球団にまつわるエピソードを思い出すべく、自分の記憶の扉を開くことにしました。口幅ったい言い方となりますが、つい先日、極私的ヤクルト史をまとめた『いつも、気づけば神宮に 東京ヤクルトスワローズ「9つの系譜」』を出版したばかりです。それなりの知識、情報は持っているつもりです。

 真っ先に思い浮かんだのは、2015年の日本シリーズ。結果は1勝4敗という完敗に終わりました。全5戦、僕はすべて球場で観戦しました。初戦に登場した、当時の時の人である五郎丸歩の始球式までは、とてもワクワクしたものですが、試合開始直後から、「強すぎる、ソフトバンク!」と恐れおののくこととなりました。正直言えば、あの年の日本シリーズは大人と子どもぐらいの実力差があったのでしょう。

 あの年のシリーズ唯一の思い出は、第3戦で山田哲人が3連続ホームランをかっ飛ばしたことぐらいでしょうか? あの日、神宮の始球式に登場したのは五郎丸ではなく、村田諒太でした。以来、五郎丸よりも、村田にシンパシーを感じるようになってしまいました。

 あるいは、そちらで元気に頑張っている五十嵐亮太。そして、川島慶三のことも忘れてはいけません。そうそう、今季から二軍打撃コーチに就任した韋駄天・飯田哲也は元気でしょうか? 一軍コーチだった昨年まではスポーツニュースにチラッと映る彼の姿を見て、在りし日の90年代の余韻に浸ったものでした。

 90年代の黄金時代と言えば、名将・野村克也。ノムさんはそもそも、ソフトバンクの前身、「南海ホークス」の出身でしたね。

 あっ、山中浩史のお礼を申し上げるのを忘れていました。プロで1勝もマークしていなかったとはいえ、あれだけの逸材を提供してくださったホークス関係者には感謝の言葉しかありません。うちの高津臣吾コーチ(現二軍監)の下、見事に才能が開花しました。その一方で、交換相手の日高亮が、早々に現役引退してしまったのは残念でなりません。

 そうそう、地下鉄・唐人町駅からヤフオクドームに向かう途中には、「健腸長寿」と書かれた、ヤクルトの容器をかたどった石碑がありましたね。まさか、ヤクルト創業の地が福岡だとは、この石碑を見るまでまったく知りませんでした。

 さぁ、「ヤクルトとソフトバンクの物語」、どんな原稿を書こうかな? そう考えていたところ、今回の「対戦テーマ」が発表されました。その瞬間、僕は膝から崩れ落ちてしまいました……。

■一体、「とり」で何を書けというのか?

「対戦テーマはどうしますか?」と、文春野球・村瀬秀信コミッショナーに問われたのですが、松中さんよりも年長者であり、文筆業を生業としている僕は、カッコつけて、「松中さんの書きたいテーマでいいですよ」と大人の余裕を見せてしまいました。しかし、今から思えば、これが大きな間違いでした。

 しばらくして、「松中さんとの対戦テーマが決まりました」と、村瀬コミッショナーから連絡が来ました。僕はなおも余裕をかまして、「で、何を書けばいいんですか?」と問うと、コミッショナーはひと言、「とり」と答えます。

 その瞬間、僕の頭の中には真っ白い空間が登場しました。古い例えで恐縮ですが、松本人志の映画『しんぼる』で、主人公が閉じ込められていた、あの白い壁に囲まれた真っ白な部屋のような感覚です。改めて、確認してみても、コミッショナーは「とり」とひと言。しかも、漢字でもカタカナでもなく、ひらがなで「とり」なのだそうです。

 しばらく考えて、ようやく気づきました。「ツバメ」と「タカ」ということで、「とり対決」なのでしょうか? 野球に関係のありそうな「捕り」「獲り」などいろいろ考えてみましたが、残念ながら僕には「とり対決」を征する自信がまったくなく、コミッショナーに対して提訴しました。「この対戦はなかったことにしてくれ!」と。提訴試合も辞さない覚悟でした。しかし、動き始めた歯車を押し戻すことはすでに不可能でした。

 ……あっ、ヤクルトで「とり」と言えば、かつて鳥原公二という、背番号《33》の変則投手がいました。引退後にはチーフスカウトも務めた方です。そうだ、鳥原公二について書こう。いや、よく考えたら僕は彼のことを何も知りません。仕方ないので、鳥原の件はあきらめました。

「もはや、棄権するしかないか」とあきらめていたところ、この言い訳文だけですでに2000字程度の文字数となりました。それにしても、松中さんは「とり」でどんなコラムを仕上げてくるのでしょう? 僕にはまったく想像もつきません。恐るべし、松中みなみ。ということで、今度、ゆっくりお話しできる機会を楽しみにしています。

 そして、ヤクルトファンのみなさんへ。今回は内輪受けの駄文でスミマセン。でも、僕の力量では「とり」では何も書けないんです。松中みなみ、恐るべし。ソフトバンク、恐るべし。僕の今の心境は、2015年日本シリーズを戦い終えたヤクルトナインと同様のものと思われます。圧倒的な無力感。ここまでの文章は、恥を忍んで言えば「弱者の兵法」です。もちろん、ノムさんから学んだ戦法です。

 最後に、ソフトバンクの二軍、三軍で奮闘している若手選手たちへ。もしもよかったら、うちに来ませんか? 「パリコレ」と呼ばれ、パ・リーグ出身者が大活躍できる土壌が、うちにはあります。そのままソフトバンクに残っていても、試合に出るチャンスにはなかなか恵まれませんよ。その点、故障者続出のヤクルトならチャンスは無限大。ぜひ、考慮してみてください。もしも、ご興味のある方がいれば山中浩史の携帯まで、どうぞご連絡を。

敬具

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対戦中:VS 福岡ソフトバンクホークス(松中みなみ)

※対戦とは同時刻に記事をアップして24時間でのHIT数を競うものです。

(長谷川 晶一)

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