2012年の日本ハム・中田翔 若き4番打者に魅せられたあの日のこと

2012年の日本ハム・中田翔 若き4番打者に魅せられたあの日のこと

2012年の日本シリーズ第6戦で同点3ランを放った中田翔 ©文藝春秋

【えのきどいちろうの推薦文】

 シンガーソングライター、石村吹雪さんを代打起用します。石村さんは僕が昔、文化放送でやってた朝ワイドのリスナーだったそうです。ちなみにこの番組は当時、サントリーのラグビー部員だった清宮克幸氏も営業車で聴いてくださってたそうで、後年取材でお会いしたとき開口一番「日ハム!」と言われました。それくらい日ハムのことばかりしゃべってた番組なんですよ。この原稿は東京のファイターズファンの心情をうまく伝えてくれてますね。本当に「ホームチームの喪失」は大事件でした。でも、他にどこも行くとこがないんですよ。野球は人生のつっかえ棒です。石村さんもつっかえ棒につっかえてもらってるうち、中田翔のホームランと劇的な出会い方をする。中田翔のホームランって何であんなに嬉しいんでしょう。直近の西武12回戦、松本航から放ったバックスクリーン直撃10号を見ましたか? あれが反撃のノロシになって試合をひっくり返した。石村さんは飛び上がって喜んだに違いないです。で、その喜びを歌にしたんですよ。初めての試みですが、ラストに動画をつけてみました。ぜひ石村さんの歌も楽しんでくださいね。

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 30代に入った頃、そろそろ引き返す道もなくなっていくのを感じながら、僕は歌を続けていた。稼げなかった。金がなくて店という店に立ち寄ることすら忌むようになっていた。仕方ない。好きなことをやってる。だから仕方ない。なかなかうまいことなんてないさ。

 誰とも話さずにすむ地図調査員のバイトをしたとき、ラジオを聴く習慣ができた。文化放送の朝の番組。つっかえながら話すパーソナリティがいた。猛烈なファイターズファンらしい。その人は野球場に入り浸っていて、東京ドームに行くと逢えるらしい。東京ドームならお馴染みだ。通った高校が近かったし、ドーム建設は富坂から眺めていた。

 行ってみようか。チケットは650円もあれば近所の金券屋で買えた。自由席だ。ガラガラだもん。お尻の他に荷物と足の置き場だって確保できるくらい。ファイターズが東京にいた頃はそんな感じだ。

 だいたいぼんやり、見ていた。いいことなんてほとんどないけど、だからってせかせかしたり、挙句くよくよしてるくらいなら、ぼーっと野球見てたっていいじゃん。自分は野球が好きだったと気がついた。いつの間にか心底、救われる時間になっていた。いいや、今はここにいるだけでいいや。何にもならないけど。
 
 年々入れ替わって行く選手たちを見ながら、こっちには替わりはいないから、歌をやめる心配だけはないぜ、なんて、強がっていたっけ。

 緊張感の感じられない間延びしたながーい試合をやっていると、これだから野球は馬鹿にもされるんだぞー、と、拳を握ってたっけ。

 ラジオの影響であんまり強くはないチームを応援する羽目になったけど、こっちも負け犬みたいだったから、感情移入は自然だった。

 お願いだから今日は負けるな、と念じた。

 そのパーソナリティを球場で見かけることはあっても、土産話ひとつない身の上で話しかける気分になんて、なれなかった。

 でも楽しい時間だったなあ。いいや、今は。ここにいるだけでいいや。何にもならないけど。

 それからずっと何年もずっと、特別いいことなんかないぜ、といつも心のうちに呟きながら、僕は好きなことを続けてきた。

■僕らは自由席に取り残されたんだ

 平成の時間は飛ぶように過ぎていく。

 東京に住む僕たちはホームチームを失い、虚脱状態になり、幾晩も眠れない夜を過ごし、やがて朝のトーストを食べて、新しいファイターズを応援するようになる。

 僕は野球の情景を思い出す。高々と打ち上がった内野フライで試合が終わる夏が終わる季節が終わる。人によっては野球が終わる。その美しさ。

 あるいは、誰ももう語ることもない試合。やっとの思いで上げた打球が反撃開始の犠牲フライになったこと。応援もむなしく、最後に外野を割ってフェンスに当たったあの打球。

 あの時間、この世界には、この試合この野球しかなかったのに、ほんの一瞬で世界が終わってしまった。そういうのが野球だ。

 僕らは自由席に取り残されたんだ。変わることができずに取り残された。

 でも、野球ファンってのは切り替える人種だ。オーケー、明日勝とう。明日借りを返そう。特別いいことなんかないぜ。大丈夫、こっちは慣れてる。僕らはそんな風に新しい北海道日本ハムファイターズとつき合ってきた。

■僕らとは違う側で野球をしている巨人と戦った日本シリーズ

 で、話はいきなり2012年日本シリーズにジャンプする。ファイターズはダルビッシュが流出し、栗山・新監督がコーチ陣を前任者から引き継いで臨んだシーズンだった。はっきり言えば前評判を覆して、みごとに勝ち抜けた年だ。球場観戦的には吉川光夫や武田勝といった投手たちの活躍を見に行くのが楽しみだった。

 日本シリーズの相手はジャイアンツになった。1981年、2009年と二度苦杯をなめた仇敵。今度こそ勝ちたい。だってジャイアンツは、僕らが失ったホームでずっと野球をしている。パラレルな世界だ。例えば打ち上がった9回2死の内野フライ。捕球した世界と落球した世界。とにかく僕らとは違う側で野球をしている。

 今度こそ勝ちたいな。

 ところが、日本シリーズは思いも寄らぬ展開になった。投手陣はシーズン通りの活躍とはならず、逆に相手方にはシーズンと見違えるような活躍をする選手が出た。クライマックスシリーズでの圧倒的な勝ちっぷりからすると、何か騙されてる気分だった。

 あぁ、今度も巨人相手にやられてしまうのかな、前回感じた選手層の差以上に、今年は流れが悪かった気がする。

■僕らの希望 若き4番打者・中田翔

 第6戦もあっという間の3点ビハインドで6回表、ようやく2人が出塁した。バッターは中田翔。空気が蒸し暑い。僕は変われなかった。変わりたくなかったのかもしれない。レフトスタンドの右中間寄り、やっぱり東京ドームにいた。

 カキィーン。中田翔の打球は、理想的いい角度で飛んできた。こっちに向かって飛んでくる。中田の打球が理想的いい角度で上がったときの、球場全体の体温の上がり方のすさまじさ。それがいちばんわかるのは左翼ポールぎりぎりファールになったときの落胆だ。ガッと上がってシューンとしぼむ。その温度差こそ中田が跳ね上げた体温だ。

 レフトスタンドは歓喜に包まれた。同点だ。中田翔同点3ラン。もしかしたら僕らはここからまだ行けるのか。もしかしたら僕はまだ行けるのか。この若き4番打者こそが希望だ。第2戦の死球交代のダメージを感じさせなかった。後になってわかったが、中田は第2戦で左手第5中手指を骨折していた。

 僕は同点ホームランに叫んで泣いていた。ファイターズがホームチームでなくなって、本当に初めて泣いた。今年で今日で終わるわけじゃない。来年もあるんだ。自分は変わらなくていいんだ。だって未来がある。希望がある。

 結局のところ中田の同点ホームランは実を結ばず、ファイターズは2012年日本シリーズに敗れてしまった。僕らの4番打者は、その後、毎年毎月毎試合、ファンの勝手な期待を背に受け、応えたり応えられなかったりを繰り返している。

 僕はというと今も自由席にいる。ずっと好きなことをやっている。あの日の光景が忘れられない。落下点から数メートル。たった今、目をつぶったってありありと思い描ける。

 「ホームラン待ち」

 中田翔がホームラン打ってくれるなら
 僕は機嫌よく一杯おごるよ
 先制の2ランでハイタッチができたら
 僕は嬉しくて今夜は帰らない

 中田翔がホームラン打ってくれるなら
 僕は失恋ショックも忘れちまうよ
 逆転の3ランでバンザイできたら
 僕は嬉しくて今夜飲み明かす

 天高く高く
 高く 飛んでゆけ
 この世の悲しみを越えてゆけ
 人生がもしも困難なものだとしたら
 中田翔のホームラン待ち
 中田翔のホームラン待ち

 中田翔がホームラン打ってくれるなら
 僕は全員に一杯おごるよ
 サヨナラホームランで飛び跳ねられたら
 僕は嬉しくてやり直せるはずさ

 天高く高く
 高く 飛んでゆけ
 この世の悲しみを越えてゆけ
 人生がたまに好転する時には
 中田翔のホームラン出た
 中田翔のホームラン出た
 中田翔のホームラン出た
 中田翔のホームラン出た

(作詞えのきどいちろう、作曲石村吹雪)


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(石村 吹雪)

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