亡き随筆家・武田百合子が与えてくれる、ゆたかな時間

亡き随筆家・武田百合子が与えてくれる、ゆたかな時間

中央公論新社 2800円+税

 随筆家の武田百合子は一九九三年に六十七歳で亡くなったが、今も根強いファンがいる。夫は小説家の武田泰淳。若いころ神田の出版社の地下にあった喫茶店兼酒場「らんぼお」に勤めているときに知り合った。

最初の本である『富士日記』が出たのは五十二歳。泰淳に先立たれた翌年のことだった。泰淳と過ごした富士山麓の山小屋での日々を綴った日記で、緻密な観察眼と天衣無縫な文体が世の読書家をうならせた。

 ごく普通の出来事を描いているのに不思議なおかしみが漂う文章は、その翌年に出た『犬が星見た――ロシア旅行』でさらに磨きがかかり、この作品は読売文学賞を受けた。

 前置きが長くなったのは、一般的にはメジャーな書き手とはいえない武田百合子の作品を、新刊が出たこの機会に、未読の人にもぜひ手に取ってほしいと思うからだ。

 本書は単行本未収録のエッセイ集で、題材はさまざまだが、印象に残るのはやはり、夫の死の前後の話である。泰淳は体調を崩して検査を受けたところ末期の癌が見つかり、ひと月もたたず亡くなってしまった。「お湯」は、〈机や座布団やハンコはあるのに、持主だけ虚空へかき消えてしまったことが、何ともわりきれなくて、当分の間はキョトンとした心持〉で暮らしていた著者が、一日に何度も風呂に入るようになる話である。

〈……不意に涙が出てきて、やっぱり悲しいだけだあ、と思う。そんなときは、お風呂にそそくさと入った。丸まってお湯に浸(つか)り、ケッと泣いた〉。そして、お悔やみの電話をくれた人たちのことを、その人が男なら〈丈夫だなあ。何故死なないのだろう〉、女であれば〈あの人のつれあいだって、いまに死ぬぞ〉と思うのだ。

 そのうちに家の風呂だけでは物足りなくなり、電話帳を繰っては都内の安いサウナを廻るようになる。そして喪中の大晦日と元旦を、東京駅構内の地下にあるサウナ浴場で過ごすのである。意表を突く行動の中に、何ともいえない切実さがあって、配偶者を亡くした経験のある人は、身につまされるに違いない。

 鋭敏な観察眼がときに壮絶なユーモアとなる人物描写がまたすごい。たとえば泰淳が癌であることを著者から告げられた埴谷雄高が、どのように泣いたか。形のいい長い指の間から涙が漏れ、手の甲から手首へ大量の涙(それにおそらくは鼻水と涎)が流れる描写は、文壇史に残る名場面ではないだろうか。

 本書の編者である写真家の武田花さん(泰淳・百合子夫妻の長女)があとがきで、担当編集者から「……しばらく誰とも話をしたくなくなるような、いいエッセイでした」とメールが来た話を書いている。まさにその通りで、私もこの書評を書く気持ちになるまでしばらくかかったが、それはとても貴重でゆたかな時間だったように思う。

(梯 久美子)

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