「“あの頃”の自分の感覚に戻りたい気持ちがあった」稲垣吾郎が語る、『ゴロウ・デラックス』秘話

「“あの頃”の自分の感覚に戻りたい気持ちがあった」稲垣吾郎が語る、『ゴロウ・デラックス』秘話

©榎本麻美/文藝春秋

「彼はいい男だねえ。下町の本屋さんのような番組になったらいい」。
ゲストとして出演した永六輔は、かつてこう口にしたという。
やりきってないという無念と、充実した思い出と――。

今年3月、約8年の歴史に幕を下ろした『ゴロウ・デラックス』。

番組終了の数日後、 『週刊文春WOMAN』2019GW号 のインタビューで、

司会の稲垣吾郎は初めて胸の内を明かした。

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■バーカウンターで実感した、稲垣吾郎の「聞く力」

 文藝春秋の一階にあるサロンには、秘密のバースペースがある。その空間だけはアルコールが許され、作家や編集者が集う交流の場としてつくられた。交流が活発だった往時を知る編集者の話に、稲垣吾郎は嬉しそうに耳を傾けた。「えっ、そうなんですか?」。確かな熱が伝わってくる彼の相づちに、編集者の口がなめらかになっていく。稲垣の「聞く力」を、間近で目撃した瞬間だった。

 取材数日前の3月28日、MCを務めていた『ゴロウ・デラックス』(TBS系)が最終回を迎えた。「本」をテーマにした唯一無二の読書バラエティ番組は、丸8年におよぶ長寿番組となった。

「今は残念な思いが強いというか、やっぱり寂しいですね。番組でできることをやり切ったなら終わってもいいと思うけど、もうちょっと続けられたし、続けたかったなって思いは正直あります。お会いしたかった、もう一度会いたかった作家さんもいっぱいいたんです」

 その思いは、ゲストの側も同じだった。最終回放送後、ネット上で数多くの作家が番組に対する感謝の声をあげたのだ。

「ファンの方が“作家の誰々さんが『ゴロウ・デラックス』についてこんなツイートをしていましたよ”と教えてくださるんです。それを見て、あぁ、愛されている番組だったんだなと改めて感じましたね。そういう時に、SNSの力をすごく痛感します。ファンの方のほうが、自分以上に自分についての情報を知っている。稲垣吾郎についての情報を集めている方がいらっしゃって、フォローはしていないんですけど、実は頻繁に10人くらいアカウントをチェックしているんです(笑)」

■外山惠理アナとのコンビで唯一無二の「心地よい空気」

 番組は毎週一冊、課題図書を選定し、著者をゲストに招いてざっくばらんに語り合うスタイルだ。当初はフリーアナウンサーの小島慶子が、2014年4月からはTBSアナウンサーの外山惠理が稲垣の相棒役を務めた。

「この番組は最初の頃、小島さんが結構攻めるというか、自分の意見も言うし番組を引っ張ってくれたんですね。だから外山さんに代わった時は、“あっ、ここで前に出てくれないんだ”と戸惑うこともあったんです。でも、一緒にやっていくうちに外山さんとのコンビネーションもどんどんハマってきて、僕たち2人じゃなきゃ出せない、心地いい空気が出てきたのかな、と。他の番組へゲストで出る時、心地のいい番組もあれば、正直ぐったり疲れる(笑)番組もありますから」

 この番組だから、普段は断るテレビ出演を引き受けたと証言する作家は数多い。永六輔、渡辺淳一、浅田次郎、天童荒太、銀色夏生、上橋菜穂子、最終回に出演した沢木耕太郎……。出演者を「テレビ的」に扱うことはせず、あくまでも作家として向き合い、外山アナとタッグを組んで生み出した心地よい空気の中で、著書に対する真摯な感想や独自の「読み」を投げかける。稲垣の姿勢が、出演者のバリアを解いたのだ。

「その役割を一番最初に果たしてくれていたのは、番組スタッフですよ。スタッフがちゃんと本を読み込んだうえで企画書を作り、事前の打ち合わせや取材で著者の方と会った時も、“この番組に関わる人たちは自分の本を読んで、好きでいてくれている”という誠意がご本人に伝わったから、スタジオに来てくれるんじゃないでしょうか。

 スタジオの雰囲気も独特なんです。作家さんってテレビに出られるお仕事の方ではないので、どうしても緊張してしまうと思う。でも、部屋の中にいるようなセットであるとか、面と向かい合う座り位置のおかげで、カメラに向かって喋る必要がないんですよね。リラックスできる作りになっているんです。あとはもう僕らの仕事としては、一緒に楽しく喋って心地よく過ごしてもらえればいいかなって。

 沢木耕太郎さんが最終回のゲストで出られた時におっしゃっていましたが、取材の時は相手を好きになり、とにかく相手を知りたいという気持ちを伝えるんだ、と。僕もその感覚がありましたね。収録中、特に指針にしていたことはないんだけれども、僕自身の興味が相手にちゃんと伝わったら、受け入れてもらえるんじゃないかなと思っていたんです」

■作家が喜んだ、稲垣吾郎の心遣い

 ただし一つだけ、心を掴むテクニックがあったそう。

「本の中から拾ってきたフレーズ(文章)を、本人の前で言えたらな、と。作家さんにとって、ストーリーを練ることも大事なんだろうけど、フレーズってすごく大切ですよね。フレーズを練りに練って、磨き上げるお仕事じゃないですか。あくまでも会話の流れで出てきた素直な気持ちでなんですけれど、そこを良かったと伝えることで、喜んでもらっているなぁと感じることは多かったです」

 作家の喜びは、想像に難くない。稲垣吾郎の体の中に、自分の書いた言葉が入っていた、ということなのだから。

「グループを離れて初めてMCをやらせてもらった番組は、アーティストの方をゲストに招いてお話を伺う『稲垣芸術館』(2000年)でした。それ以降もテーマを変えていくつかの番組をやらせてもらった中で、次は本はどうですか、と声をかけてもらったんです」

 番組の初回放送は2011年4月14日。所属していた国民的アイドルグループ・SMAPが人気絶頂の最中にスタートした、個人の冠番組だ。

「子供の頃は、本を読むことが好きでした。教室の後ろに学級文庫として並べてある、ポプラ社の『アルセーヌ・ルパン』とか『シャーロック・ホームズ』とか、江戸川乱歩の『少年探偵団』はよく読んでいましたね。それと、僕は板橋区高島平の出身なんですが、小学校5年生の時に地元に立派な図書館ができたんです。15歳でグループになって合宿所生活が始まるまでは、頻繁に通っていました。本屋さんとはまたちょっと違う本の香りがして、1階から2階への通路がらせん階段になっている、お城みたいな雰囲気の建物が素敵だった。本を読むのも好きだったけど、“その空間にいる自分”が好きでした」

■“あの頃”の自分の感覚に戻りたい気持ちがあった

 しかし、芸能活動を始めてからは本を読む時間は減っていった。

「自分が出演する作品の原作を手に取るだとか、人から強く勧められたら読む程度でした。心のどこかで、“あの頃”の自分の感覚に戻りたい気持ちがあったと思うんです。だから新番組では課題図書を週一冊、必ず読んできてもらいたいんですとスタッフさんに言われた時は、嬉しかった。本との関係をもう一度やり直せる、と思ったんです。ゲストと対面で、じっくり話し合うような番組をやりたいという気持ちも強かったんですよ。

 僕はグループの中ではMCのイメージはなかったと思うし、中居さんのようにたくさんのゲストを呼んだスタジオバラエティの司会はできないけれど、このやり方ならできるかもしれない。グループとしての活動が忙しくなっている時だからこそ、個人として成長しておきたいと思ったかもしれません」

 スタッフから渡され、週に一冊ペースで読むことが義務付けられた課題図書は、自分の興味のフィールドから遠い場合も多かった。それを読むことは苦ではなく、喜びだったそうだ。

「人って好きなものばっかり吸収していると、本当のインプットにならないと思うんですよね。食べ物でもそうじゃないですか。好きなものばかり食べていると栄養が偏っていってしまうし、食わず嫌いで避けてしまったものの中に、自分のすごく好きなものが混じっているかもしれない。もちろん、興味のあるジャンルを突き詰めていくことも素敵なことだけど、僕は本に関していうと、幅広く知りたいなと思うんです」

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インタビュー全文と、カラーグラビアは「週刊文春WOMAN」(vol.2 2019GW号)にて掲載中。

いながきごろう

1973年東京都生まれ。91年CDデビュー。声優として参加した映画『海獣の子供』が6月7日公開。手塚治虫の問題作を映画化した主演作『ばるぼら』も今年公開予定。

取材構成:吉田大助
ヘア&メイクアップ:金田順子
スタイリング:黒澤彰乃?

(稲垣 吾郎/週刊文春WOMAN vol.2)

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