小笠原選手との別れ、大田選手、公文投手との出会い……ジャイアンツにしたい恩返し

小笠原選手との別れ、大田選手、公文投手との出会い……ジャイアンツにしたい恩返し

2006年オフ、FAで巨人に移籍した小笠原道大(現中日二軍監督) ©文藝春秋

 篠塚選手が好きでした。友達は原選手が好きでした。クラスに野球選手が好きな女子は他にいなかったので、その子と二人になった時だけ思う存分に巨人の話をしました。6と8は特別な数字でした。

 野球が好きになって、中学では野球部の顧問の先生に頼んで、放課後にスコアの付け方を教えてもらいました。家には、母が大ファンだった王選手のサインボール(もちろんレプリカ)が3本のミニミニバットに支えられて宝物のように飾られていました。巨人が好きでした。だから、今でもちょっとそわそわしちゃうのです。ジャイアンツが札幌にやって来る、となると。

■ファイターズが北海道に来るまで

 北海道日本ハムファイターズが誕生するまで、私の育った北海道ではテレビでもラジオでも中継されるのはほとんどが巨人戦でした。今のようにたくさんのチャンネルから試合を選べる時代でも、アプリでどこのラジオ局でも聴ける時代でもありません。そうなると、こうなります。

 巨人ファン か アンチ巨人。

 私は単純な子供でしたので、親の姿を見て巨人ファンに。巨人の野球帽を被って、男の子が持ってると自慢するユニフォームのデザインの野球パジャマは憧れでした。

 札幌の円山球場に巨人が来るのはまるでお祭りでした。あの頃は「今日、巨人のチケット取るんで!」と会社を休んでも「あ、そう」で済んだと聞いたことがあります。

 自分が大人になると、家のサインボールの王貞治さんがホークスの監督になりました。なので、パ・リーグにも興味を持つようになりました。そしてそのくらいからチームをそれぞれのカタカナの方で呼ぶようになりました。「城島選手を見たい」、それだけで福岡にも行きました。「王監督が見られる」、ファイターズの移転が決まった時に最初にこう思ったことは否めません。

 でもそれ以上に、地元に野球チームが出来るということは、自分の想像を遥かに超える衝撃がありました。こんなに深く生活に入り込んでくるなんて、チームがこんなに近い存在になるなんて。

 私の中で5月20日は王さんのお誕生日でしたが、あっという間に、王さんと賢介選手のお誕生日になりました。選手名鑑のファイターズの部分は読み過ぎてぶよぶよになりました。仕事終わりで試合を見に行くことが出来る。すぐ目の前で野球を見ながらビールが飲める。終わる時間が早ければ、地下鉄ですすきのに移動して2次会をしたって次の日はちゃんと仕事が出来る。相手さえいれば試合観戦デートが出来る。……という大人だからこその誘惑も含めて、私はいとも簡単にファイターズファンになりました。いまでは仕事でもあります。

■FAやトレードでの出会いとお別れ

 私にとっては古巣となったジャイアンツとは特にオフシーズンに印象的なことが起きます。ドラフトの長野選手や菅野投手のことはもう記憶の隅っこになりましたが、FAやトレードもこの両チームの間には何度もあるので、出会いとお別れの場面に多く登場するのです。

 例えば、北海道のファンが初めて遭遇した涙のFAは2006年オフ、小笠原選手でした。あんなに泣いたのに、たっぷりひげのあった小笠原選手がつるんとした姿で会見に現れた姿を見て、気持ちがさっぱりした瞬間はきっと一生忘れられません。2008年オフには二岡選手と林投手、ファイターズからはマイケル投手と工藤選手のトレード。2015年は、矢野選手と須永投手、こちらからは矢貫投手と北選手のトレード。

 一番最近では、2016年のオフ。陽選手がFAで、トレードで吉川投手と石川慎吾選手がジャイアンツに移籍しました。代わってファイターズのメンバーとなったのは、大田選手と公文投手です。二人とも今や1軍に欠かせない選手、個人としてもキャリアハイの成績を残しています。

 大田選手に聞いたことがあります。ジャイアンツ時代はどうだったかと。

「選手としては成績は残せなかったけど、周りの人のおかげで人間的に成長できた8年間だった、感謝している」

 公文投手に聞いたことがあります。いまの自分をどう思うかと。

「あの時期にトレードで移籍して本当に良かったと思っている。なので、移籍する選手にもチャンスだと送り出す」

 二人とも、あのタイミングがジャストの移籍だったのでしょう、だからこそ今の姿があるのです。遅くても早くてもいけなかったのです。

 古巣への活躍を野球界では「恩返し」と表現します。二人の入団時期は原辰徳監督が2度目の監督を務めていたころ、そして二人が移籍したのは高橋由伸監督の時。復帰した原監督に移籍3年目の自分たちの活躍を見せることは、昨年と一昨年とは意味の違う「恩返し」なのかもしれません。

 そして、あの。おこがましいのですが、この私も、今があるのはジャイアンツのおかげです。子供の頃に篠塚選手を好きにならなければこの道はなかったと思うんです。感謝しています。

 そして、あの。こういう人が北海道には、たんまりといるのです。だから私たち、ファイターズを応援する者として今の精一杯の姿をお見せすることで「恩返し」をさせて戴きたい所存でございます。

 ジャイアンツ御一行様、ようこそ、札幌ドームへ。私たち、そわそわしながら待っていました。この恩返しは、結構な大きさとパワーのあるものになる自信があります。心込めてます。どうぞ、今日からの3連戦で、遠慮なくお受け取りくださいませ。

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(斉藤 こずゑ)

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