【ロッテ】記録より記憶に残る男・ハフマンに愛をこめて

【ロッテ】記録より記憶に残る男・ハフマンに愛をこめて

©梶原紀章

■ハフマンがサインを断らなかった理由

 今でも時折、その光景を思い出す。マリーンズに2015年まで在籍していたチャド・ハフマン外野手はサインを断ることは一切なかった。どんなに時間がなくても、どんなに急いでいても立ち止まり、最後の一人まで丁寧に笑顔でサインに応じていた。マリーンズで通訳を務めて23年となる矢嶋隆文通訳はこれまで沢山の外国人選手に携わってきた中で、強く印象に残っている一人にこのハフマンを挙げ、一番最初に口にしたのがその事だった。

「彼がサインを断っている姿を一度も見たことがない。それが印象的です。どんなに急いでいても、どんなに疲れていても、時には体調不良でも笑顔でサインに応じていました」

 マリーンズでの最後の一年となった2015年は外国人枠の兼ね合いもあり、ロッテ浦和球場での二軍暮らしが続いた。異国の地で、早朝6時前に起きて、JR海浜幕張駅から南船橋駅で武蔵野線に乗り換え、球場最寄り駅の武蔵浦和駅まで行くという電車通勤の日々を繰り返していた。そんなある時、矢嶋通訳は素朴に聞いてみた。「いつもサインを全員に丁寧にしているね」。するとハフマンは笑顔でその理由を語りだした。

「子供の時にメジャーリーガーにサインを断られた思い出があるんだ。それは子供だった自分にとっては、とても残念なことで今も覚えている。だから、自分がプロになったら、そういうことはしないようにしようと誓ったんだ。断られた記憶はいつまでも残る。同じような悲しい想いを誰にもしてもらいたくないからね」

 その言葉は矢嶋通訳の心に強く響いて残った。今でもふとした時にハフマンのメッセージが思い出される。

■異国生活での日課

 そんな2人が最後にゆっくりと話し込んだのは2015年シーズンがまもなく終わろうとしていた時だった。ハフマンはマリーンズ在籍2年間で身の回りの世話をしてくれた矢嶋通訳の自宅に訪れた。そして1本のワインを感謝の気持ちを込めてプレゼントしてくれた。

 これまで何十人という助っ人選手と一緒に仕事をしてきた矢嶋通訳だが、自宅までプレゼントを持ってきてくれた選手は彼だけだった。自宅で矢嶋家の家族と一緒に食事をして、つかの間の楽しい時間を過ごした。その数週間後にアメリカに帰国。チームがクライマックスシリーズを終え、オフに入った時期に退団が発表された。

「ボクはいつも思います。彼はよく二軍で腐らずに心折らずに頑張ったと。あの時、二軍にいた英語を話せる外国人選手は彼一人だけだった。寂しかったと思う。でもいつも全力で練習をして、全力で走っていた。手を抜くことも、人に愚痴を言うこともなく若い選手たちの模範になるような行動をとり続けていた」

 フィアンセを米国に置いて一人での異国生活。二軍のデーゲームを終えて自宅に戻る日々を矢嶋通訳にだけ「寂しい」と口にしたこともあった。それでも普段はいつもの明るい笑顔の絶えない姿勢を貫き通していた。

 日課があった。帰宅すると自宅マンションのベランダから景色を見る。そこからは高校のグラウンドで球児たちが泥まみれになりながら練習をしている姿を目にすることが出来た。「あれを見ると自分も原点に戻って野球に向き合おうと思える」。そうやって気持ちを高め、前を向くことを日課としていた。

 自宅内は簡素なものだった。家族やフィアンセの写真も置いていない。この国で活躍するために母国を懐かしむ心を捨て、退路を断つ思いからだった。そんなハフマンを矢嶋通訳はいつも励ました。「日本では努力は報われると言われている。日々を真面目に生きていればきっといいことがあるよ」。その言葉に何度もうなずき、ニコリと笑顔を見せていた。

 二人は今でもメールで交流を続けている。昨年はデトロイト・タイガース傘下の3Aで頑張っているとの便りが届いた。そしてセントルイス・カージナルスに移籍して迎えた今年の6月。ついにメジャー昇格をしたとのニュースが目に飛び込んできた。

「嬉しかったですね。いつかきっといいことがあると言い続けてきましたけど、やっと報われたのかなと思いました。本当に嬉しかったです」

■無茶なオファーから生まれた「ハフ満足!」の決め台詞

 ハフマンに関しては他にも様々な思い出がある。1年目に伊東勤監督から二軍降格を告げられた時に涙を流して、チームに貢献できなかった事を謝罪した事。故郷テキサスを愛し、いつも野球の靴下ではないテキサス州の形が刺繍された靴下を履いてプレーをしていたこと。ハッスルプレーの数々。思い返すとキリがない。その中でもマリーンズファンも含めて忘れられない事の一つが、お立ち台での決め台詞だろう。

「ハフ満足!」。自身の名前とかけたダジャレ。実はこれは矢嶋通訳が編み出したネタだった。初めてのお立ち台に上がる直前に広報(私)から「盛り上がるから、なにか最後に決め台詞を言って欲しい」という無茶なオファーを持ち掛けられた。こんな直前ではなくて、もっと早く相談をしろよ! というのが胸の中の気持ちだったであろうが、矢嶋通訳は嫌な顔一つせずに笑顔で相談にのってくれて、「いいのがあるよ。ハフ満足なんてどう?」とアイデアを披露したことがスタートだった。

 スワローズ戦であったことから私が考えていた「あんたがたハフマン」のネタよりもシンプルで良いとの決断で世に送り出された。本人もノリノリだったが、最初は披露をするタイミングを間違えた事と、発音がいまいちで聞き取りづらかったことから過去の助っ人史上稀にないほど大きくスベり、本人も客席も困惑した。それでも「ファンが喜んでくれるなら」とハフマン自身が、その後もめげずに続けてくれたことで徐々に浸透。いつしかマリーンズファンの誰もが知るフレーズとなった。

 2年間で73試合に出場し通算打率260。4本塁打、28打点。記録よりも記憶に強く残る名選手でナイスガイだった。今でもその笑顔と心意気を私たちは忘れない。ハフマンが日本での経験を活かし、メジャーの世界で活躍することを誰もが願っている。

梶原紀章(千葉ロッテマリーンズ広報)

◆ ◆ ◆

※「文春野球コラム ペナントレース2017」実施中。この企画は、12人の執筆者がひいきの球団を担当し、野球コラムで戦うペナントレースです。コラムがおもしろいと思ったらオリジナルサイトhttp://bunshun.jp/articles/3086でHITボタンを押してください。

(梶原 紀章)

関連記事(外部サイト)