大阪桐蔭“冬の時代”を知るエース・岩田稔に西谷監督がかけた言葉

大阪桐蔭“冬の時代”を知るエース・岩田稔に西谷監督がかけた言葉

大阪桐蔭“最強世代”のエースだった岩田稔 ©文藝春秋

 まもなく101回目の夏。

 昨年の高校野球は大阪桐蔭一色でした。史上初、2度目の春夏連覇を達成し、根尾昂(中日)、藤原恭大(ロッテ)、横川凱(巨人)、柿木蓮(日本ハム)の4人がプロ入り。“史上最強”世代と言われました。

 今や高校野球界の雄となっている大阪桐蔭ですが、この大阪桐蔭にいながら3年間一度も甲子園の土を踏むことのなかった世代があります。

 2番に西岡剛(栃木ゴールデンブレーブス)、4番には中村剛也(西武)が座る最強打線で西谷浩一監督も根尾選手らに“最強世代”だったと伝えていました。このチームのエースだったのが岩田稔投手です。

■西谷監督がマウンドで放った忘れられない言葉

「今では考えられないかもしれないけど、当時はPL学園という王者がいて甲子園に出るのはかなり難しかったです。それを目標にやっているチームでした」

 監督に就任したばかりの西谷監督も当時は20代。PL学園の背中を追いかけて、日々の練習時間は長く、「鬼の練習! とにかくしんどい3年間でしたね」と振り返ります。入学当初80キロあった体重が一気に65キロまで落ちるほどハードな練習でした。(「剛也は全く痩せへんかったけど!」と岩田投手(笑))特に忘れられないのが2年生の夏。甲子園をかけた大阪大会を前に、先輩たちにとっての最後の練習試合での出来事です。自分なりに必死に投げていたという岩田投手のもとへ西谷監督が向かってきます。マウンドで放たれた言葉は「命かけてやってんのか?」。その後プロ野球という真剣勝負の世界で闘う岩田投手にとってこの言葉はとても大切なものになり、今も試合中に思い出すことがあるそうです。

 秋にはエースになり、チームを近畿大会ベスト8に導いた岩田投手。エースとしての自覚も芽生え始め、俺が引っ張っていこうと思っていた矢先の冬。今も闘っている糖尿病を患いました。「血糖値が800以上とか? 一回死にかけたから……」。辛い闘病生活を支えてくれたのは担任でもあった西谷監督です。毎日練習が終わるとグラブやボール、ダンベル、チューブなどを手にユニフォームのまま駆け付けてくれました。「戻った時にすぐに入れるようにちゃんとやっとけよという意味だったんだと思います」。指揮官から期待交じりの優しい心遣いでした。

■「この歳まで1軍で投げられているのは大阪桐蔭のおかげ」

 入院生活を終えて復帰するも次は腰や肘の怪我に泣かされ、3年生の夏はほぼ投げることなくチームは敗退。「甲子園に行けなかったのは完全に僕のせいですね」と苦笑いする岩田投手ですが、この苦い思い出がとても悔しかったからこそ、もっと野球をやりたいと上を目指す気持ちになったそうです。

 帰りのバスの中、西谷監督はそっとエースに声を掛けました。「大変やったな、3年間」。いつも淡々としていて、感情を表に出すことのない岩田投手の涙腺は崩壊。声をあげて「ギャン泣きした!」といいます。「それだけ濃かった3年間なんでしょうね」と振り返る表情はどこか嬉しそうでした。実はこの日のミーティングでは強い選手がいながら勝てなかったのは自分の責任だと西谷監督自身も涙を見せたそうです。いまや名将と言われる西谷監督もここからがスタートだったのかもしれません。

 プロ入り14年目、今年36歳を迎えます。「この歳まで1軍で投げられているのはあきらめない気持ちを教えてくれた大阪桐蔭のおかげ」というように、“プロ野球選手・岩田稔”のベースは大阪桐蔭なのです。病と闘いながらプロのマウンドに立ち続ける岩田投手の姿は、糖尿病を患う人たちだけでなく、大阪桐蔭の同級生にも刺激、勇気を与えています。ある同級生は「いろいろあった高校生活をバネに大学で頑張ってプロになった努力は計り知れないし心から尊敬。1年でも1日でも長く、元気に野球を続けてほしいです」。稔が頑張っているから自分も仕事を頑張れるとパワーを貰っているそうです。病気などで人より苦しい3年間を知っている高校時代からの“家族”はエールを送り続けています。

 4月18日。2年ぶりに白星を挙げた岩田投手のもとに「おめでとう」と西谷監督からメールが届きました。「やっぱり西谷先生に見てほしいよね」。厳しくも愛情たっぷりに育ててもらった3年間。甲子園出場を果たせなくても、それ以上に大切なものを岩田投手は得たんだと思います。おととい(6月15日)は勝ち投手の権利をもって降板しましたが、チームはサヨナラ負け。勝ち星はつきませんでした。追いつかれた瞬間も表情は一切変わることなく、飄々と見えました。石の上での3年間が動じない岩田稔を生んだのではないでしょうか。岩田投手は大阪桐蔭での経験があったからこそこういいます。「今は何があっても大丈夫」。

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(市川 いずみ)

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