今更ながら、NMB須藤凜々花さんの結婚宣言を「哲学」してみた。

今更ながら、NMB須藤凜々花さんの結婚宣言を「哲学」してみた。

©時事通信社

 先日話題になりましたNMB須藤凜々花さんの突然の「結婚宣言」。もはや説明は不要でしょうが、先の「AKB48選抜総選挙」で、20位という好位置につけた女性アイドルが、その祝福の場で「私、結婚します」とブチかましたというアレですね。この発言により、まゆゆこと渡辺麻友の卒業も指原莉乃の3連覇もすべてかすみ、投票したファンのみならずOBに芸能人に市井の人々まで巻き込んでそりゃもう大騒ぎでした。絶望、怒り、事情通アピールにジェンダー的ポジショントークなど、思い思惑が入り乱れてさながら感情フェスティバル。なんかAKBの歌でそんなのありそうですよね。「感情フェスティバル〜純情ハンニバル〜」とか、どうでしょう秋元先生。

 しかし私がこのフェスティバルで最も気になったのは、選挙前と選挙後の心変わりを嘲笑ツイートとともに晒されるファンのやるせなさでも、大島優子の帽子でも、2017年のいま、AKBをキャバクラになぞらえている毒舌タレントでも、「全て悪い大人たちが仕掛けたこと! 女の子は被害者!」としょんべんくせぇことのたまうネットメディアの人間どもでもありません。この須藤凜々花という女性が「哲学」に興味があると公言していたことです。話によると偏差値「67」というのもセールスポイントのようですね。「可愛さ」「無邪気さ」「ちょっぴりおバカさ」が売りになりがちなアイドル業界で、そっち側のアピールでがんばっていた女性が晴れ舞台でこういう形の爆弾発言を投下したということに、なんだか暗澹たる気持ちになったのでした。

■恋愛の「後処理」はヒエラルキーしだい

 恋愛禁止という掟を破ったメンバーがその都度どういう対処をしてきたのか。記憶にあるものを引っ張り出してきますと、まず思い浮かぶのが峯岸みなみの突発性丸刈り動画です。あれは女性アイドルがカメラの前で坊主になるという衝撃より、未だに「落とし前をつける=丸刈り」という昭和イデオロギーがこの世界では有効なんだ……という驚きのほうが大きかった。そういう点で指原莉乃のスキャンダルも「落とし前をつける=地方に飛ばす」という、モーレツサラリーマンのそれに近いものでしたね。後はなんかもう「認めない」という形でスルスルっとなかったことにするとか、知名度の低いメンバーはそのままいなくなるとか、恋愛禁止ルールも本人のヒエラルキーによって様々に解釈されるんだなぁという印象でした。

 そこでです。私のような一般人レベルにはそこまで知られていなかった須藤さんは、恋愛スキャンダルに対してどういった行動を取るべきか。普段から「あの子はちょっと変わってる」キャラだったという須藤さんはきっと偏差値67の頭脳をフル回転させて考えたと思うのです。今まで誰も取らなかった方法を。「認める」「認めない」を超えたところにあるオリジナルな結論を。それが「結婚」だったのではないでしょうか。

■「おめでとう」の茶番劇

 家族を単位として登録される日本の戸籍制度では、男女が愛し合い、結婚し、ようやく日本の一部として認められます。だからこそありとあらゆる方法で結婚の素晴らしさや意義は流布され、結婚とは慶事、めでたい、異論は認めん!! とされます。須藤さんはそこを利用したのですね。AKBルールより、日本の戸籍ルールに自分をハメ込んだ。あの日司会の徳光さんが困惑しながら言った「みんなで言おう! せーのっ! 『おめでとうー』」、あれこそ日本の結婚制度の茶番そのもの。紙にハンコつきゃめでたくなる(彼女はまだついてないけど)。内部は騒ぐ、世間も騒ぐ、でも最後は「おめでとう」と言わざるを得ない、日本社会の「結婚」への謎の盲信をついてきたわけです。いや〜見事なクリティカルヒットですね。

■本当に「哲学」したのは――

 全て報道されていることから推察する、私の想像に過ぎませんけど、賢い須藤さんなら、AKBという狭い枠の中で順位を上げていくことよりも、爆弾投下で広く名が世間に知られるほうが、自分にとってメリットがあると踏んだのではないでしょうか。だって実際その通りですから。それはすなわちAKBがもはやマスではないことの証明にもなってしまうんですけど、もうそんなことはどうでもいいのかな。ただ皮肉なのは、「私は他の子とは違う」「私は賢い」「哲学とかにも興味あるし」という自意識を持った女性アイドルの人生かけて選んだ爆弾が、結局は日本の芸能史においては手垢まみれ感ありありの「突然の結婚宣言」だったわけで、最終的には大好きな哲学とは真逆の、マテリアルで世俗的な興味へと消費されていく。そしておそらくですが、まもなく忘れ去られてしまう……ということではないでしょうか。もしこれが噂通りに秋元先生のシナリオだとするなら、いかにも昭和のコンテンツおじさんが考えそうなこったなと納得ですけど。

 この騒動で最も「哲学」したのはおそらくファンの方々です。私事で恐縮ですが、私長らくベイスターズという野球チームを応援しておりまして、最近ではようやく「普通」のチームになりかけておりますが、本当にここ十数年つらかった。波乱万丈七転八倒艱難辛苦……全てを味わわされると、「得点の少ないほうが負けって、果たしてそうなのだろうか」「勝ちよりも負けが劣ると誰が決めたのか」など、勝敗を超えた世界を見ようとするんですよ。勝たせたい一心でたくさんCDを買ったアイドルが突然ステージで結婚すると言い出した。直視できないほどつらい現実に遭遇したとき、哲学は生まれるんです。そういった意味では、須藤さんよりファンのほうがよっぽど哲学者になる素質アリですわ。

(西澤 千央)

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