いつも自分は奇妙な二人組に興味があると気づいた。そこから生まれたおちゃめな双子の物語。──「作家と90分」青山七恵(前篇)

いつも自分は奇妙な二人組に興味があると気づいた。そこから生まれたおちゃめな双子の物語。──「作家と90分」青山七恵(前篇)

©榎本麻美/文藝春秋

■幼い頃夢中になって読んだ『おちゃめなふたご』から新作『ハッチとマーロウ』へ

――新作『ハッチとマーロウ』(2017年小学館刊)は11歳になった双子の女の子の1年間を描く、とても愛らしいお話です。こうした作品を書きたいという気持ちは以前からあったのですか。

青山 小学校3年生の頃、イギリスの作家ブライトンの『おちゃめなふたご』シリーズに夢中になったんです。学校の図書室で、1冊1冊大事に借りて読んでいました。翻訳版は田村セツコさんのイラストで、表紙もすごく素敵な本だったんですよね。全6巻ありますが、登場人物全員の名前を暗記して、お風呂なんかでずっと暗唱していました(笑)。作家になってからも、『おちゃめなふたご』を入口にして本というものの世界に入ってきたという意識がずっとあったので、いつかは自分もああいう本を書いてみたいと思っていました。

 今、デビューして12年ですが、10年経った頃にいままでの全著作を読みかえさなきゃいけない機会があって、そのとき改めて、毎回違った作風のものを書いているつもりでも、結局私自身の関心は誰かと誰かの1対1の関係に戻ってきてしまうんだと気づきました。特に、それぞれ独立している個人がくっついたり離れたりしているうちに、自分と相手の境が曖昧になったり、何かが決定的に欠けてしまったように思えたり、誰かとの関係を通して個人のあり方が変異する瞬間というものに惹かれているように思います。そうして対になる存在を飽きもせずにしつこく書き続けているということは、振り返ってみると、やっぱり『おちゃめなふたご』に出てくるパットとイザベルの存在が意外と大きかったんじゃないかと。ずっと昔に二人が開けてくれたドアから続く道を今の自分が歩いている気がするのですが、このあたりで深呼吸をして、自分を書くことと読むことの世界に引き入れてくれた二人に呼びかけてみたい、という気持ちもありました。

――『おちゃめなふたご』は双子が寄宿学校に入りますが、『ハッチとマーロウ』は信州の穂高で、ミステリー作家の母親と3人で暮らす小学生です。11歳の誕生日を迎えた大晦日の日、ママが「大人を卒業する」と宣言。新年から彼女たちが、料理や洗濯や掃除にと大忙しです。この設定は。

青山 11歳という年齢にそれほど思い入れはないんです。双子が11歳だと1が4つ並んでいいな、と思ったのと、あとは自分が家事をするようになったのがそのくらいの歳だったということもあります。毎日ではないですが、掃除機をかけたりお米を炊いたり、自分は子どもだと思っていたけどやる気になれば一人でもどうにか生きていけるのかもしれないと気づいた年齢でした。

 穂高を舞台にしたのは、妹の結婚相手が長野の松川村のご出身で、妹の結婚式が長野であった時、あちらのご両親の別荘に泊まらせてもらったんです。穂高の山のふもとの森の中で、すごく静かでいい場所で、こういうところに隠居したいと思いました(笑)。

 これまでは東京や東京近郊を舞台にしたり、場所がはっきりしないところを書くことが多かったのですが、双子の小説を書こうと思ったとき、直感的に穂高のあの家に住まわせたいなと思いました。

■精神的に未分化だった2人がそれぞれ独立した存在として生き始めるまで

――ミステリー作家にして「大人を卒業」宣言のお母さんはどんなイメージですか。

青山 双子とあの森の家に住んでいるのは誰だろうと考えたとき、「ヘンゼルとグレーテル」のお菓子の家に住んでいる魔女みたいなイメージがわいたんですね(笑)。だからお母さんが「卒業する」宣言したのも、なんでしょう、魔女になるためだったのかもしれません。子どもの自立を促すため、とかではなく、家の中でお母さんは今までとはちょっと違う生き方をするね、という感じだと思います。私ももしも50歳くらいであのくらいの子どもがいたら、これくらいのぐうたら加減になるんじゃないかと想像できます。また昔の私の話になってしまうのですが、『おちゃめなふたご』シリーズを卒業したあとはアガサ・クリスティーに夢中になったので、お母さんをミステリー作家にしたのは、これも子ども時代への呼びかけのようなものです。

――じゃあ、ポワロみたいな探偵が出てくる話を書いているんでしょうか。

青山 いえ、このお母さんが書きそうのは11歳の子どもたちに読ませられないくらい、猟奇的で、不条理で、いっぱい人が死ぬのに犯人が分からない、とかそういう話だと思います(笑)。

――えええ、意外だ(笑)。でも、ハッチとマーロウはあだ名ですが、「マーロウ」は、チャンドラーの小説に出てくる探偵、フィリップ・マーロウからとったそうですね。ちなみにハッチはアニメの「みなしごハッチ」から。

青山 「ハッチ」と来たら「マーロウ」と自然に浮かんできたので、そこは音だけで決めました。わたし自身はチャンドラーを愛読していたわけではないんですが、このお母さんは「みなしごハッチ」もチャンドラーも好きだろうなと思います。

――何かと面倒を見てくれる近所のおじちゃんとおばちゃん、東京からやってくる編集者のやみくもさん、行動が大胆な転校生のエリーたちが登場し、後半は双子のお父さんは誰かという問題も出てきます。登場人物たちは最初から頭にあったのですか。

青山 だいたいあったんですけれど、想定とは違う感じの人になったり、結局は書かなかった人もいます。転校生のエリーは『長くつ下のピッピ』のピッピみたいな、破天荒で元気のいい子になりましたが、それも彼女の登場シーンで黒板にバーンと「皆川英梨」という名前が書かれた時に、彼女がどういう子なのかイメージが一気に湧いた感じでした。そうやって具体的な細部を書き連ねていくうちに、私自身もそこにいる人たちが呼吸をして生きているように感じられるようになってきます。

――1年間の話ということは決めていたんですか。

青山 はい。1年間ということは最初に決めてあって、その中で3月はファッションについて考えるとか、4月は転入生が来るとか、大まかな出来事を順番に決めていきました。最初のうち、ハッチとマーロウは精神的にはちょっと未分化です。ふたりだけどひとりのような存在から、1年かけて最終的にふたりの繋がりは保ちながらも、それぞれ独立した存在として生き始めてくれたらいいなと思っていました。ただ、すでに決まっている理由と結果ばかりを頼りに書くと、私自身もその話を信じられません。なので多少順番はおかしくなっても、双子が生きている時間の流れに忠実に、二人が生きていく力を信じて書いていこうと思っていました。

■「おちゃめなふたご」の田村セツコさんに描いていただいた挿絵を子ども時代の自分に見せたい

――ところで、ママが映画の『ロッキー』シリーズが好きで、鑑賞しては泣いていますよね。青山さんご自身もお好きなんですか。

青山 ここまでしつこくは観ませんが、好きです。ロッキーって本当に弱い人間で、周りに支えてくれる人がいないとぜんぜん戦えないんです。そういうところがダメだなあと思いながらもつい肩入れしてしまいます。『ロッキー2』がいちばん好きなんですが、なかでも好きなのが、トレーニングのシーン。前作だとまだ有名になっていないからひとりで街中を走っているんですけれど、「2」になると、一回アポロと闘って有名になっているので、走っていると近所の子どもたちがどんどんついてくるんですよ。最後にはフィラデルフィア中の子どもたちが集まっているんじゃないかというほど、大集団でぞろぞろ走っている。その画がいかにも無茶苦茶で、ありえないんだけど、最後に階段をみんなでガーッと上っていくところはもう号泣です(笑)。

 それと、ママも好きだと言っている、『ロッキー・ザ・ファイナル』のエンドクレジットで、ロッキーファンの人たちがロッキーの真似をして階段を駆け上がってうわーっとはしゃいでいる様子が映るのは、フィクションの作り手としてはぐっときます。ロッキーは監督とか脚本家の頭の中で作り上げられた架空の存在なのに、こんなにたくさんの肉体に階段を駆け上がらせるほどのポジティブなエネルギーを与えるんだと思うと、なんかすごく感動しちゃうんです。ロッキーがいなければ、誰も階段なんか駆け上がらないですよね(笑)。

――今回は、『おちゃめなふたご』だったり穂高のおうちだったり、『長くつ下のピッピ』だったり『ロッキー』だったりと、青山さんの好きなものが詰めこまれている。

青山 そうですね。『おちゃめなふたご』を読んだ当時は、寄宿舎に少女たちが住んで、真夜中にパーティをしたり、アンチョビと靴磨きペーストを間違えるとか、細かいところに興奮していました。今思うと、女の子たちが誰のためでもなく、自分たちのために楽しくワイワイしている感じがたまらなかったんでしょうね。それと、共同生活の中で誰かに悪いことをしたという自覚がある子は必ず反省して、謝罪するシーンがある。内省についての教育もしてくれたと思います。海外、特にイギリスへの憧れはこの本で強く植え付けられました。つまり今の私が日常生活でも、小説の中でも、自然と惹かれてしまうものが全部ここにあったんだと思いますね。

――そして今回、挿絵は『おちゃめなふたご』の翻訳版も描かれた田村セツコさんなんですよね。まだまだお元気だということが嬉しくもあり。

青山 私のほうから、ダメモトで田村さんにお願いしてみたいとリクエストしました。田村さんが引き受けてくださって、本当に嬉しかったです。この挿絵を子ども時代の自分に見せて自慢したいです(笑)。文章を書いたのは自分ですけれど、でもこの本じたいはプレゼントしてもらったような気がして幸せです。

 打ち合わせもかねて何度か田村さんにお会いしたんですけれど、とっても可愛らしい方で、お言葉も軽やかなんだけれども重みがあって。田村さんは何十年もずっと同じお仕事をされてきたので、この先ずっと書き続けることについて、私が不安に思っていることを質問した時に、すっごく素敵な答えをくださったんです。忘れられないです。

――どういうお答えだったのかは……。

青山 秘密です(笑)。心の中に大事にとっておきます。

■50分かけて小学校に通っていた頃1人で空想していたことが、今の自分につながっている

――青山さんは小さい頃から文章が得意だったのですか。

青山 全然得意じゃなかったです。だから、周りの人は私が作家になったことにびっくりしていると思います。

――でも、大学時代に書いたもので卒業後ほどなく文藝賞を受賞してデビューし、その2年後の『ひとり日和』(07年刊/のち河出文庫)で芥川賞を受賞。さらにその2年後、「かけら」(『かけら』所収、09年刊/のち新潮文庫)で川端康成文学賞を史上最年少で受賞されている。

青山 なんだか遠い昔の話に思えます(笑)。

――勝手な思い込みなんですけれど、早くに重要な賞を獲られたことで、その書きたいものを書く自由度が高くなったんじゃないかなと思うんです。作家の方に話を聞いていると、編集者に言われたりして、賞狙いの作品を書き続ける人もいますから。

青山 私は大学出たてでまだ何も分かってない頃にデビューして、それでとにかく次を書かなきゃと焦っているうちに芥川賞を受賞して……。ただ賞をいただいたあとも、早く次を書かなくちゃ、という気持ちはぜんぜん変わりませんでした。今も昔もその時々で強く書きたいと思ったことを書くしかないんですが、一つ書いたらさあ次、と飽きもせずに常に次のことを考えているところは、懲りないなあというか、なんでこんなに変わらないんだろうと思います。

――いつから小説家になりたいと思ったんですか。

青山 ちょうど『おちゃめなふたご』を読んでいた頃だと思います。田舎なので小学校が子どもの足で50分くらいかかるところにあったんですが、同じ方向の友達もあまりいなかったのでひとりで考え事をして歩いている時間が長くて、その時にいろんな空想をしていました。魔法が使えたらどういうふうになるかとか、同じ家にクラスメイト4人と暮らさなきゃいけないと言われたら誰と誰を選ぶかとか、ドレスを作れるとしたらどういうデザインにするか、とか。そういうことばかり考えて、一人でにやにやしている子どもでした。その延長線上に、小説を書く、ということがあったと思います。

 なので本を書く人になりたいという気持ちは長らく漠然とあったんですけど、読書感想文も入選したことがないし、自分が作家になるのは無理だろうと思っていました。それでも中学生の時には生徒手帳に短いお話を書いたりはしていました。

――大学は図書館情報学を専攻されていますよね。司書になろうと思っていたのでしょうか。

青山 作家にはなれないだろうから、せめて本に近い仕事、外に出なくていい仕事をしようと思って、中学生の頃から図書館司書になることを目指していました。でもいざ大学に入ってみると、情報学とかコミュニケーション学の授業は面白かったのですが、分類だとかレファレンスだとか実務的な勉強にはあまり興味を感じられず、公務員試験のための勉強もやる気がしなくて、就職活動のときには司書になるという選択肢は消えていました。

青山七恵(あおやま・ななえ)
1983年埼玉県生まれ。2005年、筑波大学図書館情報専門学群卒業。同年、大学在学中に書いた『窓の灯』で文藝賞受賞。2007年、23歳のときに『ひとり日和』で芥川龍之介賞受賞。2009年、『かけら』で川端康成文学賞を歴代最年少で受賞。著書に『快楽』『めぐり糸』『風』『繭』など。

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※「名無しの関係をたくさん見つけたい。関係採集家のようなものだと思います。───青山七恵(後篇)」に続く

(瀧井 朝世)

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