【ロッテ】元WBC日本代表投手・藤田宗一氏がケニアで新しい挑戦

【ロッテ】元WBC日本代表投手・藤田宗一氏がケニアで新しい挑戦

©梶原紀章

■出不精で有名な元マリーンズ戦士がアフリカ大陸へ

 突然の電話が鳴った。マリーンズOBで現在は自営業を営む藤田宗一氏からだった。05年には左のセットアッパーとして日本一に貢献。06年にはWBC日本代表入りし王ジャパンで世界一も経験した。プロ通算600試合に登板をした男は神妙な声で話を切り出した。

「明日からケニアに行ってくるわ」

 野球一筋だった男がいつの間にアフリカの大自然に魅了されるようになったのだろうか。キリマンジャロの裾野に広がる自然とそこで生活を営む象やキリンを見に行って心を癒すのだろうか。疑問に思いながら曖昧な返事をすると、フフフと笑いながら訪問目的を話してくれた。

「ケニアに野球を教えに行ってくるわ。どんなところか想像もできないけど、何事も経験やしな」

 絶句した。出不精で有名な元マリーンズ戦士が、はるばるアフリカ大陸に野球を教えに行くという壮大なドラマがちょっと信じられなかった。確かにマリーンズOBでは清水直行氏がニュージーランドで代表チームのコーチなどを務めている。アフリカにも同じように野球を始めようとする動きがあってもおかしくはない。ただ、なぜケニア共和国の野球関係者が現役時代に出不精で、さらに人見知りで有名だった藤田氏に白羽の矢をたて、はるばるアフリカ大陸まで招待をするのだろうか。頭の中に「?」マークがたくさん浮かび上がる中、だんだんと状況が読めてきた。

「高校の後輩がケニアにいて野球を広めているねん。それで政府が代表チームを作るという話になって監督に就任したらしい。それでオレに手助けをして欲しいと連絡が入ったんや。東京オリンピックやWBCを目指していると言われたら、行くしかないやろ!」

 島原中央高等学校の後輩であるケニア代表監督の廣谷弥咲氏に誘われたという。同氏は父と一緒に発展途上国への支援活動を行う中でケニア野球機構の関係者と知り合いとなり、一緒に野球を広める活動を展開。2015年8月、ナショナルチーム監督に就任した。高校の後輩で独立リーグ・群馬ダイヤモンドペガサスで一緒にプレーをした経験もある18歳年下の廣谷氏の、たっての頼みを男として断るわけにはいかなかった。突然で突拍子もないオファーだったが、快諾。6月19日、成田空港からナイロビを目指す旅に出ることになった。

「とりあえず選手を獲得するセレクションをまずは見させてもらう。野球のルールも知らず三塁に向かって走っていく選手が多いみたいだけどな。ただ、ケニアは陸上が有名な事からも分かるけど、身体能力は高い。可能性はあるんちゃうかな」

 その口ぶりから新しいチャレンジに興奮をしている様子が分かった。

■目指すは東京五輪

 日本からケニア代表チームが待つ目的地までは飛行機と車を乗り継いで30時間ほどの道のり。そこで待っているのは未知の世界。それでも胸の高鳴りを抑えきれない様子だった。

「まずは10日間ほど見て帰ってくるけど、これからも協力できることはさせてもらいたい。なんとか東京オリンピックに出てもらうためにな」

 お土産は現地ではなかなか手に入らないという野球道具の数々。ボールは5ダース持ってアフリカ大陸へと旅立った。

 それから数日後、私の携帯にメールが入った。

「めちゃ面白いで! 野球の野の字も知らんから一から教えないとアカンけど、それがまた楽しいし、その身体能力に無限の可能性を感じる。みんなやる気に満ち溢れていて上手くなろうと必死やしな! いいところやし、最高やで」

 そして現地での交流、セレクション模様など数枚の写真が送られてきた。それらからも盛り上がっている様子がはっきりと見てとれた(個人的には、はるか遠くアフリカ大陸から携帯でメールのやりとりが出来ることに少しばかりビックリ。世界を取り巻く情報社会の発展は凄いと改めて思いました)。

 はたして現役時代、鉄腕の異名をもった藤田氏は今後、どのような形でケニアの野球振興に貢献していくのだろうか? 強気の投球でマリーンズのブルペンを支えた名物左腕の新しい挑戦にこちらも胸の高鳴りを覚える。目指すは東京五輪。まだ始まったばかりのケニアの野球への挑戦とそれに携わる元マリーンズ選手の奮闘にぜひ注目をして欲しい。

梶原紀章(千葉ロッテマリーンズ広報)

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(梶原 紀章)

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