ベッキーの「勘」、清水富美加の「才」 異能のテレビマンを驚かせた「ふたりの天性」

ベッキーの「勘」、清水富美加の「才」 異能のテレビマンを驚かせた「ふたりの天性」

(c)NHK

 佐々木健一という異色のドキュメンタリストをご存じだろうか?

 前編に続くインタビュー後編は、自ら“ベッキードキュメント”と語る異色の番組『ヒューマン・コード』の制作時のお話から、マキタスポーツ、清水富美加が出演したEテレの哲学バラエティ『哲子の部屋』の裏話、そして「今までで一番不安な番組取材でした」と振り返るドキュメンタリー『Mr.トルネード』に舞い降りた奇跡についてを語っていただいた。

「言葉」「哲学」「医学」「気象学」「司法」……あらゆる分野をテーマに番組を作り続ける人物が考える「ドキュメンタリー」とは何か。そして、“異端”と呼ばれる佐々木健一とは一体、何者なのか?

■ある意味、ガチの“ベッキードキュメント”

―― フジテレビで放送された特番『ヒューマン・コード〜想定外のワタシと出会うための3つの暗号〜』が、ご自身のターニングポイントだそうですが?

佐々木 『ヒューマン・コード』は、フジテレビとNHKエデュケーショナルが組んで作った番組なんですが、本当の意味で、企画から演出までプロデューサーの意見をあまり気にせず、自分の創造性で作った番組でした。「これでダメだったらもういいや」というぐらい腹をくくって作りました。ベッキーさんに認知心理学や行動経済学を元にした様々なクイズに答えてもらいながら、「人間とは何か?」という根源的な問いが浮かび上がってくる内容です。クイズそのものを楽しむというより、ベッキーさんがクイズに臨む姿をありのまま捉える演出にしました。

―― ベッキーさんが番組の意図を汲む勘のよさを発揮してましたね。

佐々木 そうですね。あれこそ“ドキュメンタリー”だと思うんです。ベッキーさんと収録前に打ち合わせをした時に、「まず、何も無い真っ白な一風変わったスタジオがあります」と説明して、何をやるかは一切教えない。「そこにご案内します、あとは身を任せてください」とだけ伝えたんです。ある意味、ガチの“ベッキードキュメント”です。ガチンコだから起こる化学反応が面白かったですね。バラエティ番組を作っていると、タレントさんの能力の高さを感じます。『哲子の部屋』で言うと、最近、千眼美子に改名した清水富美加さんのバラエティの才能も本当に素晴らしかった。

■哲学ではなく、國分功一郎さんへの興味があった

―― 『哲子の部屋』で「哲学」をテーマにしようとしたのはなぜですか? 

佐々木 哲学に興味があったわけではなくて、これも元々は「人」への興味でした。哲学者の國分(功一郎)さんがTBSラジオで話しているのを聞いたのがきっかけです。『小島慶子 キラ☆キラ』で、小島さんがいつも「イケメン哲学者」と言っていたのが気になって(笑)。

―― 哲学の番組って、どうしても固くなりそうなところを、バラエティに落とし込んでいましたよね?

佐々木 これまでもいくつか哲学の番組ってあったと思うんですが、大概「知的なことをやってます」というムードがあったと思うんです。そういう風には絶対したくなかった。だから、映画『ファイト・クラブ』を教材に「消費」を哲学するとか、映画『変態仮面』で「アイデンティティー」を哲学する、という内容にしたんです。

■「この『変態仮面』に出てる子、いいんじゃない?」

―― この番組でもドキュメント要素はあったんですか?

佐々木 実は、あの番組は“完全密室”なんです。司会者もいない。いるとしたら哲学者の國分先生や千葉(雅也)先生。想定台本は事前に僕が書いているんですけど、収録が始まったらノンストップ。普通はADがカンペで指示を出したりするんですが、それもない。こちらでコントロールできない。だから、マキタスポーツさんなんてものすごく頭がいいので、収録開始5分くらいでその回の結論のようなことを言っちゃったりするんですよ!(苦笑)。

 でも、なんでそんなリスクの高いことをやるかというと、ホンモノの言葉を撮りたいから。清水富美加さんとマキタさんは、打合せも無しでいきなり連れてこられて、ざっくりとしたテーマだけ伝えられて、収録に臨む。その方が、素材の力、言葉の力が生まれるんです。でも、そのためには番組制作側の綿密な準備が必要です。國分先生も家でみっちり進行の練習をしてくれましたし、清水さんには「絶対に分かったフリはしないでください」と伝えていました。こういう空間や状況をいかに設定できるかが、ドキュメンタリー、バラエティに関係なく「演出」なんだと思います。

―― 今考えると、絶妙なキャスティングですよね?

佐々木 実は『哲子の部屋』の第1回目は吉木りささんに出演いただいたんですけど、とある事情で出られなくなってしまって「どうしよう……」と困っている時に、妻が「この『変態仮面』に出てる子、いいんじゃない?」と清水富美加さんの名前を挙げたんです。まだ、NHKの連続テレビ小説『まれ』に出る前でしたけど、確かにしゃべりもうまくてバラエティの才能もありそうだと。それで、清水富美加さんに出演してもらって。それがすごくよかったんです。年に1回の放送でしたけど、彼女も『哲子の部屋』をすごく大事に思ってくれて。だから、また再開したいなぁと思っていたんですけどね……。

―― 『変態仮面』を取り上げたのは、NHK的にはどうだったんですか?

佐々木 企画時はいろいろ言われて、それなりに大変でした(笑)。民放でもほとんど流せなかった『変態仮面』の映像をNHKで流せたので、妙な手ごたえはありました(笑)。

■知られざる気象学者を追って、総移動距離3万キロ

―― 日本ではほぼ無名ですが、世界的な功績を残した気象学者・藤田哲也を追った『Mr.トルネード』は、アメリカ各地で取材するという、「密室バラエティ」とはまったく違う大変さがあったと思います。

佐々木 藤田博士の関係者は皆さん80歳前後と高齢で、田舎で余生を送っている方ばかりだったんです。地球一周は4万キロぐらいですが、今回のロケの総移動距離は約3万キロ。それをたった2週間ぐらいのロケでこなす。航空安全に貢献した人物の取材で、毎日のように飛行機に乗りまくる日々。ですから、『アメリカ横断ウルトラクイズ』以上の、“アメリカ横断縦断ウルトラクイズ”状態でした(笑)。

―― 取材は予定通り、順調だったんですか?

佐々木 最重要人物のロバート・アビーさんにはなかなか連絡が取れなかったんですけど、ギリギリのところで返事が来て「今、オーストラリアに住んでいる」と。さすがにアメリカから飛んでいくには予算的に厳しくて、でも話を聞かなければ番組は成立しないと思って、ダメ元で「アメリカまで来てくれませんか?」と頼んだら、「フジタのためなら」ってOKしてくれて、わざわざオーストラリアからロサンゼルスまで来てくれました。

―― 日本の関係者にも取材して回っていますよね。やっぱり予算がかけられるテレビならではだな、と思いました。

佐々木 ノンフィクションライターの方に比べると、確かに恵まれていると思います。でも、テレビもまず企画を通すことがとても難しいんです。藤田哲也と言っても、日本ではほとんど知られていないですから。正直言って僕自身も取材を始めるまで、企画書を書いている時点でもあまりよく分からなかったんです。ただ「藤田哲也とは何者か?」という問いがあるだけで……。正直、今までで一番不安な番組取材でした。

―― どういった部分が不安だったんですか?

佐々木 例えば『NHKスペシャル』のような大予算の番組ですと、ロケハンといって、事前リサーチにも行けるんです。でも、僕らの番組はそこまで予算も多くないですし、短期間で作らなきゃいけないという条件なので、ロケハンに行く余裕はなかった。現地へ行っていきなり話を聞くしかない。ですから、アメリカへ行って関係者に話を聞いたら、実は大した人物じゃなくて回顧録で自ら話を盛っていたという可能性もあるかもしれない、という不安がありました。

■「青っぱな」のおかげで番組の神様が降りてきた

―― そんなリスクを抱えても、藤田さんを取り上げたのはなぜなんですか?

佐々木 うーん。自分でもよく分からないんですが、藤田博士のことをもっと知りたいという欲求があったんですよね。……頭のいい人なら、先のことを予測するじゃないですか。こういう事態が起こったらこういうリスクがあるって。番組が失敗したら自分の評価が落ちて、二度と打席に立てなくなる、とか。それを僕はあまり考えなかったんです。「まぁ、何とかなるだろう」って。ただ意識してたのは、関係者も高齢で、もしかしたら藤田哲也に関する取材は自分が最後になるかもしれない、と。今回、聞き漏らしたら、もう二度とチャンスはないと思っていました。だから、アメリカの関係者に会った時には必ず相手の目を見て、「本当のことを話してください」と日本語で訴えました。

―― 日本語で、ですか?

佐々木 ええ。「遥々日本からやって来たからといって、いい話だけを聞かせてほしいとは思っていません。いい話も悪い話も全部正直に聞きたい」と。お話を伺う前に、必ずこの言葉を訳して伝えてもらいました。それがあってか、感極まったり、重要な話になると、コーディネーターではなく、必ず僕の方に向かってしゃべるんです。向こうは英語ですけど。「こいつが知りたくて、わざわざ日本から来てるんだ」とわかってくれたんだと思います。こういうことが取材において重要なことだと、改めて思いましたね。取材者って、自分が本当に知りたがっていることを、正直に相手に示さないといけないんです。

―― アビーさんの最後のコメントは感動的でした。

佐々木 「I miss him(今でも彼のことを思ってます)」ですよね。でも、実はアビーさんがそう言っている時の顔が編集で使えなかったんです。アビーさん、あまりに泣きすぎちゃって青っぱなみたいな液体がダラッと鼻から出てきちゃって(苦笑)。でも、このアクシデントによって、編集で音声は活かしたまま別のカットをつなぐアイデアが生まれて、それがラストシーンになったんですね。作り手としては、こういう偶然が起きる時が一番震えます。番組の神様が降りてきたような感じで……。

■日は当たっていないけど、すごい人物

―― 佐々木さんの著書についてなんですけれども、『ケンボー先生〜』を元にした『辞書になった男』でも、この度の新刊『Mr.トルネード』にしても、ただ番組をそのまま書籍化したのではなく、本は本で、独自の作品として成立している感じがします。

佐々木 そう受け取ってもらえるとすごく嬉しいです。僕は、番組は番組で1つの作品だと思っていて、本は本で全く別個の作品だと思っています。まず、番組の場合は、100万人単位の人に伝えなきゃいけないので、「分かりやすく」というのが大前提。あまり細々した内容まで伝えられないという制約がある。でも、本は違う。本を初めて書いた時、「取材した成果をこんなに入れられるのか!」と驚いたんです。テレビではたくさん取材して、その氷山の一角がオンエアされるのが当たり前という感覚だった。だから、残りの取材成果は全部捨てていた。でも、本の場合は限りなく情報を入れられるし、形として残せる。番組だと放送された瞬間は話題になりますけど、本は長い時間をかけてジワジワ手に取ってもらえる。『辞書になった男』もいまだに買ってもらえたりして、それが本当にありがたいです。

―― 佐々木さんは、藤田哲也博士も、見坊先生も山田先生もそうですし、満屋裕明医師もそうですけれども、日の当たらない人を発掘しては作品にしている感じがします。

佐々木 おこがましい言い方になりますが、やっぱりどこか自分に重ねているところがあるんでしょうかね。割と主流じゃない、日陰の道を歩いてきたところとか……。よく勘違いされるんですけど、僕はNHKの人間じゃないんですよ。取材に行くと「NHKさんが来た」みたいに言われたり、取材で仲良くなっても「NHKの佐々木さん」と言われちゃうんです。しょうがないんですけど、でも妙にそういうところに引っかかったりするんです。「俺はNHKの局員じゃない、NHKエデュケーショナルのプロパー社員だ」ということへの誇りとか拘りみたいなものがあるんです。

―― これからも追いかけ続けるテーマは「日は当たっていないけど、すごい人物」になるんでしょうか?

佐々木 そうですね、そういう人こそテレビで放送する意味があると思うんです。藤田博士の番組『Mr.トルネード』だって、視聴率は3%程度の泣きたくなるような数字だったんですけど、それでも約300万人が見てくださったことになる。300万人の人が一気に、藤田哲也の存在を知るというのは、すごいことだと思うんです。だから僕は、世間にあまり知られていないけど知られるべき人物こそテレビで取り上げるべきだと思っています。もちろん知らない人だから視聴者の食いつきは悪い。でもそこは演出力や構成力でカバーする。ドキュメンタリー番組が苦手な人にも見てもらえるように、魅力的に見せたり、CGを入れて工夫したり、リズムやテンポよく描いたり、というようにしてやっていきたい。

―― 次回作はどんなものになるんでしょうか?

佐々木 誰かは内緒ですが、いま取材中です。この方も多くの人に知ってほしい、知られざるすごい日本人です。ご期待いただければと思います。

ささき・けんいち/1977年、札幌市生まれ。早稲田大学卒業後、NHKエデュケーショナル入社。『哲子の部屋』『ケンボー先生と山田先生〜辞書に人生を捧げた二人の男〜』『Dr.MITSUYA 世界初のエイズ治療薬を発見した男』『Mr.トルネード〜気象学で世界を救った男〜』『えん罪弁護士』など様々なテーマでの番組を手がけている。
著書に『ケンボー先生と山田先生〜辞書に人生を捧げた二人の男〜』を元に執筆した『辞書になった男』(文藝春秋・日本エッセイスト・クラブ賞受賞)、『神は背番号に宿る』。新刊に『Mr.トルネード 藤田哲也 世界の空を救った男』。
現在「日経トレンディネット」でコラム「TVクリエイターのミカタ!」を連載中。

(てれびのスキマ)

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