【巨人】新人王から8年……育成の星と呼ばれた男「松本哲也、33歳」は今

【巨人】新人王から8年……育成の星と呼ばれた男「松本哲也、33歳」は今

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■8年前、日本一のチームで新人王に輝いた「育成の星」

 2009年、あなたはどこで何をしていただろうか?

 平成21年に生まれた赤ん坊はすでに小学2年生だ。気が付けば8年。人によってはまだ学生だったかもしれないし、今の恋人とも出会っていないかもしれない。この年、村上春樹の『1Q84』がベストセラーとなり、マイケル・ジャクソンが死んで、ヤンキースの松井秀喜は日本人選手初のワールドシリーズMVPに選出された。日本球界はWBC二連覇に沸き、新球場のマツダスタジアムが開場。そして、リーグV3の原巨人は7年ぶりの日本一に輝いた。

 微妙に過去形なのが泣けるけど、あの頃の巨人は理想的なチームだった。アレックス・ラミレスと小笠原道大がともに3割・30本・100打点をクリア、最強キャッチャー阿部慎之助は32本塁打を放ち、WBCを経験した亀井善行も25本塁打とブレイク。彼らに引っ張られるようにまだ20歳のショート坂本勇人も141試合で打率.306、18本、62打点という堂々たる成績でベストナインを受賞した。この時の坂本はプロ3年目、今の巨人で言ったら2軍で伸び悩む岡本和真と同い年である。

 なんでもないようなことが幸せだった原巨人。生え抜き主力陣と補強組と若手が絶妙のバランスでトライアングルを形成する中、さらに育成出身のあの男も新人王を獲得してみせた。松本哲也だ。

 人呼んで「育成の星」。06年育成ドラフト3位で巨人から指名され、プロ野球選手としてのスタートは三桁の背番号と年俸240万円。ってどさくさに紛れてカミングアウトすると、俺も社会人1年目の年俸は240万円だった。ついでにボーナスなし。月あたり20万円。ここから家賃や生活費を引かれると何も残らない。泣けるぜ。金もなければ仕事の実績もない。1軍ベンチはマジ遠い。すべての新入社員は育成選手みたいなものである。だから、松ちゃんにも妙な親近感を覚えたものだ。

■エリート揃いの巨人に現れた、等身大のヒーロー

 しかも松本の身長は同年代の日本人一般男性の平均よりも低い168cm。全然関係ないけど長澤まさみも168cm。とか言ってる内に07年春に早くも巨人育成選手初の支配下登録を勝ち取るも、翌08年5月のプロ初打席で1塁ベースを駆け抜けた際に右くるぶし剥離骨折でデビュー即戦線離脱。あいつ本当に大丈夫かよ? ファンは心配そうにその小さな背中を見守った。もしかしたら高額年俸の補強組やエリート揃いの当時の巨人において、久々に出現した感情移入のできる等身大のヒーローが松本哲也だったのかもしれない。

 育成から這い上がれるのは数十人にひとりの狭き門。チームの育成出身で1軍主力に定着できたのは、長年セットアッパーを務めた山口鉄也だけだ。そんな中、松本は少ないチャンスをしっかりと掴む。09年には初の開幕1軍を勝ち取ると129試合で打率.293、セ・リーグ新人王を獲得し外野手部門のゴールデングラブ賞にも輝いた。独特の天秤打法と中学時代にラグビーで鍛えたド迫力のダイビングキャッチは東京ドーム名物として定着。この年の契約更改では5倍の昇給となる2400万円増の推定3000万円でサイン。まさに成り上がりのジャイアンツドリームを実現してみせた。

 背番号64から31に変更した翌10年も開幕から4割近いハイアベレージを残し、「1番坂本、2番松本で今後10年は安泰」なんつって巨人ファンが盛り上がったのも束の間、4月の終わりに栄光の野球人生ど真ん中で痛恨の故障離脱。唐突に夢のような時間が終わると、ここからが松本哲也にとって苦難の連続だった。

■ライバル入団、若手の台頭……33歳の現在地

 2010年には同じ84年組で外野手の長野久義がドラ1入団。松本にはないパワーという長所があったライバルは1年目に新人王、2年目に首位打者で瞬く間に不動のレギュラーとして定着。さらに90年生まれの橋本到や立岡宗一郎といった俊足巧打の若手外野手も台頭。その上、15年ドラフト2位でスピードが武器の重信慎之介(早大)を指名。

 この3人は皆左打ち外野手で、松本とプレースタイルが丸被り。そうなると当然、監督はより若い選手を使うだろう。一般企業と同じ。スキルにたいして差がないなら、伸び代を期待して若手社員にチャンスを与えるよ。給料も安いし。これぞアラサープレイヤーの憂鬱。13年91→14年75→15年44と年々出場数を減らし、由伸監督に代わった昨季も52試合で打率.174に終わった。

 7月3日に33歳になった元新人王は、今季1軍出場ゼロだ。現在、センターのポジションは日本ハムからFA移籍して来た陽岱鋼が守っている。ジャイアンツ球場で若手に混じり日焼けしながらプレーする松本はイースタン58試合で打率.267。チームトップの9盗塁とその足は健在。肩は多少衰えたものの、外野守備範囲はいまだチーム屈指である。プロ通算1449打席で本塁打0。正直、球史に残る非力さ。でも、見方を変えるとこうも言える。背番号31は1本もホームランを打たずにプロの世界で10年近く生き延びている。その小さい身体と守備と足でしぶとくサバイバルし続けているわけだ。

 数年前、テレビ朝日系列で放映された『中居正広のプロ野球魂』という特番で、現役プロ野球選手が監督となり自分が考える理想のメンバーをドラフト形式で指名していく俺のベストナイン企画があった。ここでゲストの阿部慎之助は自チームを編成する際、ことごとく巨人の選手をスルー。さすが元キャプテン、同僚に順位を付けるなんてことはしない大人の対応か……。誰もがそう思いかけた最後の外野手指名で、阿部が選択したのは「松本哲也」だった。

「僕がキャッチャーをやっている時、何度も守備で助けてもらったから」

 みんな忘れちゃいないよ、“育成の星”と呼ばれた男のことを。この夏、東京ドームで再びあのダイビングキャッチを見ることができるだろうか?

 See you baseball freak……

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