武田砂鉄×ジェーン・スー#2「下戸コンプレックスが憂う“とりあえずビール!”という悪習」

武田砂鉄×ジェーン・スー#2「下戸コンプレックスが憂う“とりあえずビール!”という悪習」

©文藝春秋

(1)より続く 

 カルチャーはコンプレックスから生まれるのでは、との仮説を立て、数々の文献を読み解きながら考察した武田砂鉄さんの最新評論集『コンプレックス文化論』刊行記念対談。前回、中学時代のヒエラルキーが明かされた武田さんとジェーン・スーさんとの対話は続きます。

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スー 『コンプレックス文化論』を読んでまず思ったこと、それは「しつこい」です(笑)。私の本って、読書メーターとかブクログとかAmazonのレビューなどで、何の悪意もなく「しつこい」って書かれていることがあるんです。その意味がよく分からなくて「性格的にしつこいからかな? でも、書いてあることもしつこいのかな?」って思ってたんですけど、今回の砂鉄さんの本を読んで、「あ、しつこいって、こういうことか」とわかった(笑)。読者の追体験ができたと思って。この本で取り上げられている中で言うと、私、天パだったし、下戸だし、もともとは奥二重だったんですよ。今は加齢によって瞼が垂れてきて、自然と幅の広い二重になりましたけど。あと、遅刻はするし、実家暮らしだったし、「背が低い」の逆で「背が高い」コンプレックスだった。結構持ってたなって。

武田 この本で取り上げたコンプレックスの過半数を持っていた(笑)。天然パーマは直ったんですか?

スー いや、縮毛矯正です。女性の場合、クルクルの天パじゃなくて、モアッて広がる人がほとんどなんですよ。毛がまっすぐ毛穴から出てこないんです。雨の日の憂鬱さはストレートの人には絶対に分からないはず。自分では可愛らしく結んだりブローしてたりしたのに、中学の時、友達のお母さんから「えらいわね、うちの子なんて髪の毛ばっかり気にしてるのに、そういうの気にせず、その分、学業をがんばっているんでしょ?」って言われて傷ついたこともありましたね。

武田 スーさんが下戸だってことに対しては、色んな人から「意外?!」って言われてきたはず。「意外?!」周辺の会話、押し並べて面倒くさくないですか。

スー 私は99%の人に初対面で「怖い」と思われるので、下戸はむしろ使えるんですよ。「ギャップ萌え」とまではいかないけれど、「ギャップ」くらいまでは作れるから。割り勘が腹立つのと、「酒飲まないでどうやって恋愛するの?」って話になった時に説得しきれないっていうのはありますけど。

武田 恋愛における酒の取り扱いというか優位性って、概ね幻想じゃないかって気もしますけどね。お酒を飲めるようになってすぐの頃、誰かしらから、酒と恋愛について教示される。それに影響されすぎている気がします。

スー でも、隙が作れるのは確かだと思う。防御壁がすごく高くて厚い女にとっては、本当はお酒が功を奏すると思うんですよね。

武田 その隙、お酒以外では作れないんですかね。

スー 忍耐、ですかね。『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』という本に書いたんですけど、隙ってこの船がどこに流れていくかってことに対して、そのままの空気に任せられる人が作れるものなんですよ。やっぱり座った途端に「ビールの人!」って、テキパキ注文取り始める隙がない人って、間が怖いし、その場がどっちに向かっていくのかがすぐにわからないのも怖い。行先がわからない恐怖心が強い。

武田 今回『コンプレックス文化論』の中で「とりあえずビール!」という悪習についても触れましたが、最近では「ビール以外の人?!」っていう、不束者を吊るし上げるかのような宣言が増えてきましたね。

スー 私が20代前半の頃は「とりあえずビール!」でしたね。そこを割って入って「ウーロン茶」と注文し、白い目で見られる、ここまでがセットでした。でも、下戸だけではなく、多数か少数かで言えば、少数派であることのほうが多かったので、そこに対しての憤りって、実はそんなになかったんですよ。

武田 少数派か多数派かを見極めるのがかなり早かったんですか。

スー 早かったですね。幼稚園とかそのくらいだったと思います。

武田 それは早いですね。自分なんて、少数派かぁ、それでも別にいいじゃん、少ないほうに佇んでいてもいいじゃん、ってしっかりと思えたのは高3くらいですよ。

スー 私も、佇んでいてもいいんだ、と思ったのはそれくらいだったけど、圧倒的多数ではないという自覚は幼稚園でしたね。

武田 そういう自覚で、中学生になって入ったのが剣道部だった。

スー 中学は剣道部と軽音楽部で、高校は軽音楽部と、あと陸上部に2秒くらい入ってました。

武田 どちらの運動部もうまくいかなかったんですよね?

スー そうですね。剣道は、所詮誰も試合に出ないような剣道部で、社会科研究室でぴょーんぴょーんと竹刀を振るだけ。

武田 自分のコンプレックスとして根深いのは、中学時代、サッカー部でゴールキーパーやっていた時のことなんです。Jリーグブームに感化されて、比較的背も高かったし、キーパーとして大活躍できるんじゃないかと思ったら、引退までずっと控え。しかも、3年の時に2年のキーパーに控えキーパーの座すら奪われました。2年のキーパーが人間的に出来たヤツで、「今の俺があるのはタケさんのおかげっすよ」みたいなことを言う。そうするともう、こっちは彼を恨もうにも恨めない。本格的に諦める。試合の前日にコンディションを整える必要なんて無い。この時期が、サブカル系の本を読み漁り始める時期と一致します。中学時代って、なにかしらのスポーツをやることを強制的に要請される。そこでダメだった人たちが、文化的な創作を始めたんじゃないか、あの時のコンプレックスから今回の本が生まれたとも言えます。

スー もっとおおらかに考えられていたら、こんな重箱の隅をつつかずに生きてこれたのに、って思いますよね。

武田 サッカー部のスタメンって軽音楽部に入っていたりもするじゃないですか。由々しき事態です。あの理不尽さったらないですよね。彼等は全部取っていく。

スー 向こうは向こうでいろいろあるんだろうけど。コンプレックスの強い人って、いろんなものの欺瞞に対して過敏なんでしょうね。

武田 そうなんですよ、あっちは何にも思ってないんです。サッカー部のスタメンで軽音でも人気だった奴らに、同窓会で今になって会う。自分は当時の距離感を事細かに覚えていて、全データを稼動させて、「俺ってほら、Aの階層に行かせてもらえなかったよね?」とご挨拶に出向くんだけど、彼らは全てリセットされているんですよ。で、今、自分がこういう、ちょっとだけ目立つ仕事をしているのを知ると、ものすごくウェルカムな感じで来るんです。

スー たぶん無自覚でしょうけど、「おっ、お前もここに入るだけの装備を手に入れたな」って感じなんでしょうね。

武田 で、それに対して、「やった、嬉しいな」と感じるのが、実に情けない(笑)。

(3)に続く


インタビュー構成 武田砂鉄

(武田 砂鉄)

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