「あと1つになると、封じ手の夜に眠れなくなる」木村一基九段が語ったタイトル戦の重み

「あと1つになると、封じ手の夜に眠れなくなる」木村一基九段が語ったタイトル戦の重み

©山元茂樹/文藝春秋

「将棋の強いおじさん」木村一基九段がAI時代に活躍している理由とは から続く

 現在、将棋界には8つのタイトル戦がある。タイトル保持者への挑戦権を勝ち取って番勝負(タイトル戦)に出場すること自体が棋士にとって大きな栄誉だが、タイトルホルダーは歴史にその名を刻む特別な存在となる。

 2016年の王位戦で木村一基九段は羽生善治王位(当時)へ挑戦し、3勝2敗とあと一歩まで迫ったが、そこから2連敗して奪取ならず。2009年の棋聖戦、王位戦でも、タイトル獲得まで「あと1つ」の状況になったが、いずれもフルセットの末に敗れている。木村にとって、最後の1勝があまりに高い壁となって立ちはだかってきた。

 自身7度目となるタイトル戦について、その思いを語ってもらった。

■タイトル戦に出るのと、周りで見るのとは違う

――改めて、木村九段にとってタイトル戦とはどのようなものでしょうか。2005年にタイトル戦初挑戦を果たした竜王戦七番勝負の時と比較して、変わったことなどはありますか。

木村 初めての竜王戦については、タイトル戦に出るのと、周りで見るのとは違うということがよくわかりました。対局前日に寝なければいけませんが、コンディション作りができなくて眠れず、愚かだったなあという反省点があります。特に2日制のタイトル戦は封じ手が終わった1日目の夜に寝ることができませんでした。

――封じ手の夜はどのようなものでしょうか。

木村 将棋について考えるときりがないので寝るほうが良いんですが、考えることで先行きのメドが立つこともあります。ケースバイケースですね。ただ将棋を考えると止まらなくなるので、どこかでバッサリ切ることができるかどうか。1日目の夜に寝ておかないと、2日目の勝負所に反動がきます。それでうっかりミスが出やすくなります。わかってはいても思うようにはいかず、気持ちが高ぶって色々なことを考えてしまうんです。3年前に挑戦した時も5局目まではよく眠れてコンディションは完璧だと思っていましたが、タイトルまであと1つになるとダメでした。

■3年前の挑戦もこれが最後のチャンスと思っていました

――あと1勝ならば、技術的な差がそれほどあるとは思えないというのが素人的な見方になりますが……。

木村 最初の竜王戦、そして2008年に挑戦した王座戦はいずれもストレート敗戦です。当時から力が不足しているとは思っていました。そのあとに出場したタイトル戦では、勝つことができて希望が見えてきました。だが最後の一局に勝てず、自分には縁がないものと折り合いをつけるしかありませんでした。

 5年前の自分と比べて劣化しているとは思いませんが、タイトルのチャンスはなかなかありません。5年前の挑戦も、3年前の挑戦もこれが最後のチャンスと思っていました。特に3年前はあと1勝に迫ってから連敗し、やっぱり縁がないのかなと。そうは思いたくないですが、タイトルに無縁だと、これからどうやって棋士としてやっていくのかということを考えます。ただ振り返ってみますと、タイトル戦の結果に関しては相手が強かったとしか言いようがありません。

■将棋をわからない方にも、一つはわかる解説を

――話は変わりますが、最近は特に将棋が各メディアで取り上げられる機会が増えましたが、20年以上前の羽生七冠ブームと最近の藤井聡太七段のブームの違いをどのように見ますか。

木村 今のブームは明らかにルールを知らない方が、将棋界に注目しているということが違うのでしょうね。先日行われたニコニコ超会議で加藤先生(一二三九段)と藤井さんがトークショーを行ったとき、他のブースよりも観客の方々が多いことに驚きました。将棋を知らない人に興味を持ってもらえる時代が来たんだなあと。ただ、ブームは一時のものではあるので、これをきっかけとして多くの方々に将棋のルールを知ってほしいという思いはあります。

――そのニコニコ超会議もそうでしたが、木村九段は大盤解説会や動画中継での解説担当で、特に人気を博しています。解説時に何か心掛けていることはあるのでしょうか。

木村 将棋をわからない方にも、一つはわかることを話そうと思っています。最近はルールを知らない人が解説会に訪れることもありますね。壇上から会場をみると、その表情の動きから将棋についてちんぷんかんぷんの人がいることに気づきます。そのような方々のために、何か話ができないかなと思います。

――なるほど。

木村 盤外の話で、手っ取り早いのは食べ物についてですが、他に対局中のしぐさなどもあります。盤上の技術ではないことで、聞いている方が想像できること、それを一つでも話すことができると大きいかと思います。そういうことを意識してやってきたことが好評につながったのならば、大して面白くなくても面白いと思われる役得はありますよね。ただ年を取ったせいか、とっさに言葉を浮かべることがしにくくなりました(笑)。

■応援に応えるためには地道にこつこつやるしかない

――インターネット上では「将棋の強いおじさん」という愛称がありますが、先日はNHKニュースでも紹介されました。

木村 動画中継では自分でも「おじさん」と言っているので、それが拾われたのでしょうか。愛称などで呼ばれるのは、将棋界が注目されることでもあるので、抵抗はありませんね。あまり恥ずかしい名前でなければ、ですけど。

――ちなみに木村九段は、ネットでエゴサーチをされますか。

木村 あまりしません。面白いことばかりではないでしょう。まあ悪口は何とも思いませんが。対して応援の声はもちろんありがたいです。ただ、そういう方が数年後に違う棋士のファンになっていたら寂しいかもしれませんが(笑)。

 応援に応えるためには、解説にせよ対局にせよ、一生懸命こなすだけです。地道にこつこつやるしかない。ここ数年でファンが多くなったのは実感があり、そういった中でタイトル戦に出られるのはいいことだと思います。ファンの存在はありがたく、報いようという頑張りにつながることで、見えない力になっている気がします。

■受け将棋をやると翌日に顎が痛くなる

――また木村九段の異名には、「千駄ヶ谷の受け師」というものもあります。受けとなれば最終盤のきわどい局面での綱渡りが続くイメージがありますが、そこで踏ん張れるのはメンタル的な影響も大きいのでしょうか。

木村 やはり大きいんでしょうかね。終盤のごちゃついた局面で崩れないことに、最近の調子の良さを感じます。調子が悪い時は混戦でポキっと折れてしまいます。そういう負け方が少ないといいんですが、楽ではありません。受け将棋は基本、我慢ですから。ただ若い時と比べると我慢していないのかもしれません。

――なぜですか。

木村 受けているときは歯を食いしばっているから、次の日は顎が痛いんですよ。そのようなことを昔、話したことがあるんですが、そのことをファンから聞かれて、最近は痛くないから前ほど我慢していないことに気がつきました。そういうことに気づかせてくれるのも、昔から見てくれたファンの方々のおかげですね。

――受け将棋というと、なんといっても大山十五世名人の名前が浮かびます。

木村 大名人ですからね。とてもじゃないけどレベルが高すぎます。大山先生の将棋は徹底して受けるということが多かったんじゃないかと思います。相手の心を折るような手もあったのではという印象を持ちます。ただ現在は攻めの技術が向上しているので、受けて勝つのが難しくなっています。自分も攻めのことを意識して指しています。

■過去にタイトル戦で戦ってきた相手とはタイプが違う

――改めて、豊島王位についての印象をお願いします。

木村 昨年に初タイトルの棋聖を取ってから、ポポポンと一気に三冠王。今の充実ぶりは素晴らしいですね。私が過去にタイトル戦で戦ってきた相手とはタイプが違うと思います。研究に自信があるのでしょうか、序盤はサクサク進めています。その辺りに惑わされないようにしなくてはいけません。序盤の知識が劣らなければ持ち時間に差がついたり戸惑ったりはしないだろうがとは思いますが、こればかりは指してみないとわかりません。準備はしているものの、不安と半々です。

――その豊島さんと渡辺二冠が対局した棋聖戦五番勝負第2局では立会人を務められましたが、大盤解説会で豊島さんについて語られる機会もありました。

木村 本来の解説役ではないので、多くは話しませんでしたが、私が感じている以上に、ファンの方々が次の豊島戦を意識されています。ただ他棋戦の話なので、自分の挑戦についてはそれほど話さないようにしました。

 この将棋は珍しく豊島さんの作戦がうまくいかなかったのですが、そのようなことを話しましたね。豊島さんにとっては珍しい黒星ですが、それが続くほど甘くないので「なんだよ、ここで出ちゃったのかな、俺の時に頼みますよ」と心の中では思っていました。本人には言えないですけど(笑)。

――最後にファンの方々へ向けて一言お願いします。

木村 最近は調子の悪いこともありましたが、自分にできることをやってきた結果、挑戦権を得ることができました。一局一局を大事に一生懸命やるだけです。

写真=山元茂樹/文藝春秋

(相崎 修司)

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