「拾われた男」松尾諭 #5 「御殿場の戦場ロケで初めてのセリフを叫んだ日」

「拾われた男」松尾諭 #5 「御殿場の戦場ロケで初めてのセリフを叫んだ日」

(c)wowow

 学生時代、大阪ミナミのひっかけ橋こと戎橋を歩いていると、マイクを持った長髪で髭面の大柄な男性に声をかけられた。テレビでよく見る、自称探偵の彼はカメラクルーと共に二十代後半とおぼしき女性を連れていた。話によると、鳥取在住の彼女はこれまでの人生で一度もナンパをされたことがないので、三十になる前にどうしてもナンパをされてみたいがためにわざわざ西のナンパのメッカ・ひっかけ橋を訪れたとの事。彼はマイクを向けて聞いた。

「彼女をナンパしたいと思いますか?」

 初めて向けられるテレビカメラとマイクを前に、気の利いた事を言いたかったけど、緊張して「思いません」としか答えられなかった。これが初めてのテレビ出演だった。番組名は「探偵ナイトスクープ」と言う。

■戦争モノの映画に出演できることになった

 北青山のアパートで同居をしていた、映画監督志望の塚本の友人の知り合いに林さんと言う役者がいて、その知人の助監督が、映画の撮影に向けて出演者を募集していると言う。内容は戦争モノで、日本兵の役なので、条件は二十代で坊主頭との事だった。当時塚本も坊主頭だったが、演技には自信がないからと、坊主頭で役者志望の同居人に話を持ってきた。エキストラではなく、セリフもあると言うので、快く引き受けた。ただし演技に自信があったわけではない。

 塚本から林さんを紹介してもらい映画の概要やスケジュールなどを聞いた。林さんは長髪にパーマで、やや強面で年も十ほど上だが、とても気さくでひょうきんな方だった。三十代半ばの林さんも、坊主頭にすることを条件に出演できることになったそうだ。撮影現場での心得を聞くと「とにかく分からない事があったらなんでも聞いてくれ」と笑顔で答えてくれた。

■「馬鹿野郎! 地獄の黙示録観てないような奴は役者なんてやめちまえ!」 

 早朝に渋谷に集合して、おにぎりを支給されて、頭を丸めた林さんや他十人ほどの日本兵役の若い役者たちと楽しくマイクロバスに揺られて撮影現場へと向かった。撮影は御殿場の広大な空き地で行われた。最初のシーンは、砲撃を受けて「うわーっ」と悲鳴をあげつつ逃げ惑うというもので、重く身動きの取りづらい軍服と装具を身に着け、何度も何度も走り回らされた。若者たちは汗だくになりながらも声を張り上げて必死に駆け回ったが、ヘビースモーカーで二日酔いで最年長の林さんは、もはや汗も涸れ、その激しい体臭はまるで死体のようでもあり、日本兵としてはとてもリアリティがあった。それを伝えると「役作りが成功した」と彼は消え入りそうな声で答えた。

 兵隊たちの動きは、髭面で鬼軍曹のような助監督によってつけられた。ちなみにこの助監督は、スーパー助監督と言われ、後に大監督になる人なのだが、台本を渡されていない兵隊たちに、映画のあらすじや、シーンごとの説明をとても簡潔ながらわかりやすく説明してくれた。その鬼軍曹が、いつ砲撃を受けるかわからない緊迫した兵隊たちの様子を「コッポラの地獄の黙示録のあのシーンみたいに動け」と例えて指示した。恥ずかしながら地獄の黙示録を観ておらず、どう動けばいいのかわからなかったので、林さんに聞いてみると、林さんも観ていなかったので、少し離れたところからトランジスタメガホンで指示を出す鬼軍曹に聞きに行ってくれた。程なくして、

「馬鹿野郎! 地獄の黙示録観てないような奴は役者なんてやめちまえ!」

 トラメガを通さずとも十分に聞き取れる大音声で林さんは怒鳴りつけられた。戻ってきた林さんは「コッポラはゴッドファーザーだけ観とけばいいよ」と言い訳のようにつぶやいた。とは言え役者をやめたくなかったので、その日帰ってすぐに地獄の黙示録を観たのは言うまでもない。名作だった。

■「しっかりしろ」 人生で初めてのセリフ

 撮影は次のシーンに移った。敵襲から逃れ、疲れきった兵隊たちが、薄暗い洞穴の中で、いつ敵に見つかるかもしれぬ恐怖と空腹と絶望を感じながらも味方の助けがあることを願いつつも次々と倒れていく過酷な状況の中、すぐ傍らで力尽きようとする仲間に、

「しっかりしろ」

 と言うように指示された。初めての台詞である。林さんから、台詞は気持ちで言うんだとアドバイスをもらい、人生で初めてのセリフをなんとなくその気になって、大きな声で叫ぶように言った。本番は一発OKだったが、終わってみると、ああ言えばよかったこう言えばよかったと自問自答がはじまり、帰りのバスの中で他の役者たちが疲れ切って眠るなか、撮り終わった台詞をぶつぶつと繰り返した。林さんは、監督がOKと言ったらOKなんだと励ましてくれた。

■試写会終了後のロビーに、浮かない顔をした林さんがいた

 数ヶ月後、映画が完成して関係者だけの試写会が行われた。上映が始まり間もなく自分の姿が大きなスクリーンに映った事に興奮した。さらに自分の声が館内に響き渡るかと思うと一瞬のうちに体中の毛穴が開くほど緊張した。しかしその部分はカットされていた。正直に言うと、台詞が「しっかりしろ」だったのかどうかは不確かなのだが、台本もなく、カットもされているので確認のしようがない。「死ぬな!」だったような気もしなくもない。

 初めての台詞はカットされていたけど、映画は良い映画だったし、何よりもエンドロールに自分の名前が流れた事がとにかく嬉しかった。この作品に携わり、この作品の中にいた事を証明してもらえた気分だった。

 観終わってロビーに出ると、浮かない顔をした林さんがいた。そう言えば林さんを認識できるようなカットは劇中になかった。そんな彼に、心からありがとうと言った。笑顔で、よかったね、と答えた彼は、さっさと帰って行った。その後、林さんがどこで何をしているのかは知る由もない。地獄の黙示録は観たのだろうか。

■「おん、こないだ映画出たで」

 初めての映画出演からしばらくして、故郷にごくごく小さい錦を飾りに大阪の友人に会いに行き、その勢いで実家に帰った。大学を中退して役者になるために東京に行くと宣言した時に無言で怒りを示した父に会いたくはなかったが、母に映画出演を電話で報告すると、一度帰って来いと言うし、父にも「どうだもう映画に出れたんだぞ」と言ってやりたかった。夕食を共にしたが、もともと会話が少ない父子だったので、どう切り出したものか考えあぐねていると、母が、

「あんた、東京でどないしてんの」

 と知っているくせに話をふってくれた。

「おん、こないだ映画出たで」

「すごいやないの」

「台詞カットされてたけどな、あはは」

 東京での生活に少し疲れを感じ、久しぶりの実家のぬくもりと母の手料理が身にしみた。だがその団欒は、父の氷の拳のような言葉によって打ち砕かれた。

「おまえ、そんな事言いにわざわざ帰ってきたんか」

 確かにそんな事を言いに帰ってきたのだが、そんな事言いによく帰ってこれたものだなと言う父に対して返す言葉もなく、無言のまま食事を済ませた。

「ごちそうさまでした」

 それ以上の言葉が出ずに、そのまま実家を後にした。

 そんな寡黙で厳格な父が数年後、映画館でスクリーンに映る息子の出演カットをカメラに収め、自宅のパソコンの壁紙にしていたことはまた別のお話で。

(松尾 諭)

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