プロ野球選手でいられるのはほんの一瞬……ベイスターズ“青星寮”で過ごした青春の日々

プロ野球選手でいられるのはほんの一瞬……ベイスターズ“青星寮”で過ごした青春の日々

移転前の「青星寮」

 横浜DeNAベイスターズの寮が、二軍の公式戦でホームグラウンドとして使われている横須賀スタジアムの横に移転するそうだ。寮、室内練習場、トレーングルームに、練習用グラウンドまで新しく作られた。選手にとってはこの上ない環境であるし、今年のドラフトで指名される選手たちにとっては、新築の寮に住めることになる。高校時代、4人部屋の寮で3年間暮らしてきた僕にとって、プロに入って1人部屋になっただけで天にも上る気分だった。当時の寮は非常に古かったが、横須賀港に停泊する軍艦が波に揺れている様を見ているだけで、どこか心が癒されたものだ。19歳で入寮し、22歳まで暮らした寮は、僕にとって青春そのものだった。その寮がなくなる。時の流れを感じるとともに、非常に感慨深い思いである。

■汐入のダイエーの「みかんクレープ」とアーケード通りの「焼き鳥」

 旧寮があった場所の最寄駅は、京急安針塚(あんじんづか)駅。京急線全72駅のうち、1日の平均乗降人員数が2番目に少ない駅で、特急列車の停まる金沢八景駅と横須賀中央駅のちょうど間にある。駅の周りにホテルもなければレンタカー店もない。そして、飲食店もあまりない。あるのは急傾斜の坂の数々と、三浦按針のお墓だ。ちなみにこの三浦按針のお墓へは、歴代のベイスターズの選手で僕が最も訪れた選手だと思われる。なぜなら、休日はだいたい塚山公園まで走って登り、三浦按針のお墓が折り返し地点だったからである。休日にお墓まいりを欠かさない若者に、400年前に亡くなった偉人も不思議に思っていただろう。

 この塚山公園、春の桜は見事である。花見というと基本的には見上げて楽しむものだが、塚山公園の頂上に登ると、満開の桜が眼下に広がる。その先には横須賀港が広がり、もっと先には横浜も見える。桜、海、船、街が1つの視界の中に収まる景色というのもあまりない。桜を見に行く際は、三浦按針のお墓に手を合わせ、ぜひ江戸時代初期に思いを馳せてみてほしい。(この塚山公園は、新人選手の合同自主トレの定番コースとなっている。グラウンドをスタートして、トップの選手で頂上までが確か約20分。急傾斜ポイントが何箇所かあり、先回りしている報道陣の方々が頂上で疲れ果てている、というのが例年の決まりごと。来年からはなくなるだろう。一番ホッとしているのは、報道陣の方々に違いない)

 寮の周りには何もないため、寮生にとって汐入のダイエーといえば、横須賀のインフラの中でも最重要ポイントだった。今でも、知り合った人が横須賀出身だと、「汐入のダイエー」という共通言語をきっかけに、何年も前から知り合いだったかのような信頼関係を築くことができる。それほど、このダイエーは生活の一部だった(なんと、このダイエーがいつのまにかイオンになっていた。時の流れは早い)。当時、武山さん(現中日)の車に乗せてもらい、1階のTSUTAYAでDVDを借り、2階のクレープ屋さんでみかんクレープをおごってもらったものだ(ちなみにこのクレープ屋さん、武山さんと一緒に行くとみかんを増量してくれるが、1人で行くとしてもらえない。このあたりに、武山さんがプロ野球で長く活躍できる秘訣があるのかもしれない)。ダイエーを超えて、横須賀中央駅に向かって右に曲がる本町一丁目の交差点がある。この交差点を直進すると、三笠公園がある。クレイジーケンバンドの名曲「タイガー&ドラゴン」の冒頭の歌詞で出てくる、

♪トンネル抜ければ 海が見えるから そのまま ドン突きの三笠公園で♪

 というのはこの道のことじゃなかろうか、といつも思っていた。たしかに、トンネルを抜ければヴェルニー公園が広がり、その横には海。その先に我らがダイエーがそびえ立ち、まっすぐどんつきまで行くと三笠公園だ。

 さてその本町一丁目を曲がると、横須賀中央駅へのアーケード通りが始まる。このアーケードの一番奥、横須賀中央駅のすぐ手前に、相模屋という焼き鳥屋さんがある。焼き場がお店の外の通路とつながっているために、外にも焼き鳥が並んでいる。一本80円で、食べた分だけ串をレジに持っていきお会計をするというシステム。通りすがりで数本食べてもよし、がっつり飲んで食べたい場合は中に入って座って注文してもよし。ちょっと数本、のはずがあまりのうまさについ10本以上食べてしまう。それでも、お会計は1000円もいかない。横須賀中央に来たら、外せないスポットである。(タレが滴るのと、意外と通行人が多いので邪魔にならないように気をつけよう。うっかり通行人にタレをかけてしまったら、数本の焼き鳥をご馳走して、なかったことにしてしまおう。あまりのうまさに、そんなことは忘れてしまうはずだ)

 ここからが本題である。クレイジーケンバンドは、“5分だけでもいい”と歌っているが、ここまで読んでいただいた方にとっては、5分以上読んでようやく本題がやってくる。どうか、もう少しお付き合いを願いたい。

■引退した今でも通っている「やなせ支店」のトンテキ定食

 ベイスターズの寮生にとって、横須賀中央といえば「やなせ支店」である。忘れもしない、20歳の誕生日の夜。その日は休み前にも関わらず、何も予定がなかった。見兼ねた下園さんが、食事に誘ってくれた。たまたま予定がなかった藤田さん(現楽天)や内藤さんにも声をかけ、連れて行ってくれたお店が、このやなせ支店。創業約50年の老舗トンカツ屋さんで、お店のドアを開けた瞬間、昭和の世界にタイムスリップしたかのような佇まいのお店である。ここで食べるトンテキ定食は、僕の死ぬ前に食べたいものランキングで長年1位を守り、ついに殿堂入りを果たした。(なんだそれ! どうでもいい! と思った読者の方。あと5分だけ俺の話を聞け〜♪)

 厚切りの豚肉をニンニク、タマネギと一緒に焼き、最後に赤ワインでフランベして香りづけをする。そこにソースをかけ、キャベツの上に乗せる。このソースとご飯の相性が、筒香と大野(中日)くらい、いい。ソースのかかったキャベツだけでもご飯を1杯いける。現役の頃は、ほぼ毎週月曜日の夜はここだった。好きすぎて、1日に2回行ったこともある。引退した今でも、片道1時間半以上かけて年に4回は行っている。注文はいつも、「山かけ、トンテキ、串カツ2本」。以前筒香と一緒に行った時は、まるで同じメニューを頼んで、「スイマセン、僕もその頼み方しちゃってます」と言っていた。それはそれで、誇らしい。

 高城(現オリックス)までは、やなせがちゃんと継承されていることが確認されているが、大阪に行ってしまった。現在の若手選手にちゃんと継承されているかが不安だが、寮の移転に伴って、行動範囲が横須賀中央から横浜へと移る可能性がある。同時に、やなせも横須賀中央も、ベイスターズの若手にとっての青春ではなくなってしまうのか。それは、なんとも悲しい話である。新しい寮は追浜だ。横須賀は軍港の街、追浜は日産工場のある街。この街でまた、ベイスターズの若手選手たちが青春を駆け抜けていく。人生の中で、プロ野球選手でいられるのは一瞬である。そんな刹那の中で、素敵な思い出もたくさん残る寮であってほしい。

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(高森 勇旗)

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