芥川賞受賞・沼田真佑インタビュー(後編)「始まりは、ビートルズの『Let It Be』でした」

芥川賞受賞・沼田真佑インタビュー(後編)「始まりは、ビートルズの『Let It Be』でした」

©文藝春秋

( 前編から続く )

■ドキュメンタリーとは違ったことをやったほうがいいんじゃないか

 沼田さんが小説を書き始めたのは、20代前半のこと。38歳でこうして受賞するまで、何度か新人賞へ応募してきた。文章や言葉の表現に目を向けたのはいつかと辿れば、小学生時代の思い出へと行き当たる。

「4年生のとき、父の部屋にあったビートルズを隠れて聴いたら、音楽と相まって歌詞が鮮明に心に残った。英語はわからないので対訳を見ていたんですけどね。初めて聴いてみたのがアルバム『Let It Be』で、1曲目の『Two of Us』がいちばん印象に残っています」

 以来、さまざまな文章表現に親しみ、いつしか自然に、みずから書くことも始めた。

「詩も好きになって、よく読んだり、遊び程度ですが書いたりしました。最初は口語自由詩みたいなものを書いていたけれど、もうすこし自由が欲しくなって散文詩になり、もっとエンターテインメント性があってもいいと思い小説へと移っていきました。小説は時の流れを作品の中に取り込むことができて、そこにドラマが展開されていくのがおもしろかった」

 歌詞や詩が出発点にあったというのは、ひじょうに納得のいくところだ。というのも沼田さんの小説は、文章自体を読み味わう愉しみにあふれているから。ごてごてと飾ったところのない、真水のようにクリアな文体。シンプルで何気ない文章に見えるが、きっと多大な時間や労力がかけられている。

「気を配っているのはたしかです。ただ、『影裏』を自分で読むと、なんだか取り澄ましていてカッコつけすぎじゃないかという気もしてしまう。回りくどくて、何かぼかしているような書き方で、こういうのが鼻につくという人はいるかもしれないと自覚しています。まあ、意図的にそうした部分はあるのですが」

 意図的にはっきりしない文章を紡いだのは、なぜ?

「今はSNSなんかで、誰もが自分や身近な人、食べたものや行ったところの写真をアップしたりしますよね。そういうのはみんなやっているので、僕が文学で同じことをやらなくてもいいと思った。ドキュメンタリーというか、事実を扱うことばかりがもてはやされるなら、文学では違うことをやったほうがいいんじゃないか。実録ものだったら、新聞や週刊誌でじゅうぶんということになります。実際、僕もそういうのはよく読みますし。最近だったら松居一代さんの記事とか」

 ひとつ現実的なことを言ってしまえば、新人賞なり芥川賞なりを狙うなら、ものをぼかした書き方よりも、派手な事件をはっきりわかりやすく書いたほうが、人の目につきやすく、有利だったりするのではなかろうか。

「どうでしょうね。その人の資質も関係してきますから。そうした派手な小説を僕が書くと、まるでガリ勉がヤンキーの真似をしているようなことになってしまうんじゃないかと。本当に誠実な作品を書くなら、フランス文学のセリーヌやジュネがやったくらいに根性を据えないと、ものにならない気がします。もともと自分をさらけ出すようなタイプではないので、僕がやると、きっと中途半端なことになってしまいますよ」

『影裏』では、主人公・今野としばしば釣りへ出かける日浅にまつわる「嘘」によって、いっそう不透明な雰囲気が強まる。何が本当で何がそうでないのかわからず、読む側の心をかき乱す。

「嘘というか虚構にはずっと関心があって、考えてみると政治も宗教も恋愛だって、すべては虚構であり束の間のものなんじゃないかという思いが根底にあります。小説はそもそも虚構で、といいますか書かれたものはたとえ実話をもとにしていてもやはりフィクションですから、そのあたりに惹かれて文章を書いたり読んだりしている面はありますね」

■別れたあとに「もっと仲良くすればよかった」と思ってしまうことがある

 好きなことであり、打ち込むと決めたことなので、執筆は必ず毎日する。

「メモ程度のときもありますが、一応毎日、机に向かって書くようにしています。日記みたいなものでもあり、トレーニングの意味合いもありますね。1日でもサボると、嫌になって怠けてしまいそうで。歯磨きや髭剃りなんかも、習慣にしないとつらいじゃないですか。それと同じ感じです。

 ですからじつは、受賞が決まって会見のあった日も、お祝いの席が終わりホテルに戻ってから、書こうと試みはしました。でも、難しいですね。受賞で重圧が増してしまったこともあって、次作を書き進めたいのになかなか進まない。結局、独り相撲をし続けて、一睡もできませんでしたが。

 ふだんは、いったん書き始めると、けっこう長く続けますね。そんなにぐっと集中するわけではないですが。なんとなく座っていて、あれこれ考えて、数行書いて、つい音楽を聴いたりして、また書いて……。といったことを延々と繰り返しています」

 音楽はどんな種類のものを?

「最初に触れたものに愛情を注ぎ続けるクセがありまして、音楽も高校時代に聴いたものをいまだに繰り返していたりします。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドなどのニューヨークパンクですとか。クラシックも好きで、夏になるとモーツアルト、冬にはワーグナーと、季節によって聴き分けたりします」

 他に息抜きの手段は?

「気分転換に車を運転することが多いです。近所の牧場へ行って、ただぼんやり馬やヤギを見たりしています。あとは季節ごとに、夏は虫取り、秋はキノコ狩りにも。要は住んでいるところの周りが、自然だらけということなんですが。

 映画もよく観ます。新しいものよりは、古いものを。『オペラ座の怪人』や『メトロポリス』なんかがお気に入りですね。あと、『バットマン リターンズ』ですね。あそこに出てくるキャット・ウーマンやペンギンに親近感があって、会ってみたい人といえばその2人です。いや、まあ会えるわけはないんですが」

 加えて、当然ながら本を読む機会も多い。

「ジャンルを問わず読むのは大好きだったんですが、小説を書くのが仕事になると、読むことを趣味とは言えない雰囲気になってしまってつらい。純粋に読むという楽しみを奪われてしまった感じです。

 小学生の頃はモーリス・ルブランの『アルセーヌ・ルパン』シリーズなんかが好きでした。そのあとは翻訳ものの文体に憧れて、フランスと米国の文学をよく読んできましたね」

 文學界新人賞受賞時のコメントでは、ヘミングウェイの短編『何を見ても何かを思いだす』に言及していた。

「ヘミングウェイに直接影響を受けたということではないんですが、タイトルになっているこの言葉、まさに自分がそういうタイプだなと思ったので。つい、思い出すことに重きを置いてしまうんです。友達でも恋人でも人間関係全般において、付き合っていたり遊んでいたりするそのときは、どうしても相手と壁を作ってしまう。それなのに、離れ離れになったあとで、『あいつ、いいやつだったな』とかしみじみ思い出に浸ってしまう。一緒にいるときにもっと距離を詰めて仲良くすればいいのに、そうできなくて、いつだって喪失感があるんですよ」

 他者との不思議な距離の取り方は、作品にも色濃く滲み出ている。主人公・今野の人付き合いの方法や佇まいは、沼田さんのそれと相似形を成す。

「やっぱりそうですかね。まあもちろん、自分が書いたどんな人物も、自分のことを反映した分身になるのは、ある程度しかたのないことだとは思います。

 いえ、本当はもっと積極的に人との関係をリードするような自分に憧れたりもするんですけどね。挨拶がわりや喜びの表現として、ハイタッチしたりとか(笑)。そのうちやってみたいです」

 8月には芥川賞贈呈式がある。ひょっとするとその場で、喜びを爆発させた沼田さんのハイタッチが見られるか。

(山内 宏泰)

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