累計85万部突破、今一番熱い“八咫烏シリーズ”! 最新刊『弥栄の烏』は「読者の価値観を揺すぶってみたかった」──「作家と90分」阿部智里(前篇)

累計85万部突破、今一番熱い“八咫烏シリーズ”! 最新刊『弥栄の烏』は「読者の価値観を揺すぶってみたかった」──「作家と90分」阿部智里(前篇)

©榎本麻美/文藝春秋

■「この世界はまだまだ続きがある」──20歳のデビュー時の言葉の真意が今明らかに

――2012年のデビュー作『烏に単は似合わない』(文春文庫)に始まる八咫烏シリーズ(特設サイト http://books.bunshun.jp/sp/karasu)、いよいよ第6巻となる新作『弥栄(いやさか)の烏』(2017年文藝春秋刊)で第1部が完結ですね。

 人に姿を変えることができる烏たちが暮らす〈山内〉を舞台にした王朝ファンタジー。デビュー作でインタビューした時に、「この世界はまだまだ続きがある」とおっしゃっていたのが、まさかここまでの広がりを見せるとは。

阿部 当時のことを思い出すと感無量です。あの時もう、この6巻までの内容が頭の中にあったんです。でもまだその内容をインタビューで言うわけにもいかなくて、でもいつかお話しする日が来るのかなとなんとなく思っていて……という記憶が今、甦りました(笑)。

■実はこの物語は“崩壊”の物語なんです

――少年、雪哉らを主要人物として、后候補の争いや大猿との闘い、近衛隊の少年たちの成長を描き、この『弥栄の烏』では〈山内〉という世界自体の謎に迫りつつ、八咫烏と猿たちとの大決戦になるだろうとは思っていましたが、ああいう展開になるとは思いませんでした。

阿部 シリーズ第1巻の『烏に単は似合わない』が后選びという無邪気な身内の覇権争いの話から始まったわけですが、話をそうした最小の単位から始めて、少しずつ大きくしていこうと思っていました。ただ、この物語は実は第5巻の『玉依姫』(16年文藝春秋刊)が最初にあったのですが、それを読んでもらえれば分かるように、実は崩壊の物語なんです。そこに直面した雪哉たちにいかに感情移入してもらえるか、それまでの巻で彼らの心情を丁寧に描写していくように心がけました。そうでなければ〈山内〉が危機を迎えようと雪哉がああいう選択をしようと、読者からすれば「ふーん大変だね」で終わってしまいますから。それに読者には、八咫烏たちこそが正義だと思ってもらう必要もありました。でも第6巻で蓋をあけてみたらこうですから、みなさんの思っている正義とは果たしてどういうものなんでしょう、という問いかけをぶつけて、価値観を揺すぶってみたかったんですよね。

――大風呂敷を広げているのかと思ったら実は畳んでいた、みたいなところがありますよね。どんどん世界を広げていくファンタジーもあると思うけれど、このシリーズはちょっと違うわけです。

阿部 世界を広げる作品に憧れはあります。将来書きたいとは思うんです。ただ、まずは自分の手に負える範囲で、破綻のない世界を書こうと思いました。

――この6巻まで読んで、ちゃんと刊行順の構成も考えられていたんだなと気づきました。第1弾の『烏に単は似合わない』と第2弾『烏は主を選ばない』(2013年刊/のち文春文庫)は対になっていて、第2弾は女性たちの争いの裏側で若宮ら男性たちに何があったか分かる話。第3弾『黄金(きん)の烏』(14年刊/同)で大猿が登場し、この〈山内〉の世界にどういう問題と謎があるのかを提示し、第4弾『空棺の烏』(15年刊/同)で武官の養成学校で学ぶ少年たちの個々の物語を見せておくことで、第6巻の彼らのそれぞれの運命が胸に迫るという……。

阿部 そうです、読者の方たちから「第3巻の話を受けて第4巻で猿たちとの闘いが本格化するかと思ったのに、なぜいきなり学園もの?」という声は多かったんですが、そこで書いておかなくてはいけなかったんです。あそこで彼らに幸せな学園生活を送ってもらう必要があったんです。だからあえて『空棺の烏』はキャラもの的な方向性を重視しました。

■第5巻の『玉依姫』の原型は16歳のとき清張賞に応募した作品だった

――第5巻『玉依姫』と第6巻の『弥栄の烏』も対になる話。別々の立場から、同じ時間に起きたことを描いていますね。ところで驚いたのが、この『玉依姫』は、実はシリーズのなかで最初に書いたもの、しかも高校生の時の作品だそうですね。このシリーズではじめて現代の人間社会が出てきて、現実世界と〈山内〉の奇妙な接点が見えてくるわけですが。

阿部 『玉依姫』を書いたのは16歳の時でした。大筋は変わっていませんが、単行本を出す際に自分が言いたいことを伝えるために全力を尽くして書き直しました。この6巻のなかで一番大変だったのは『玉依姫』のリライトでしたね。

――そもそも阿部さんは小学校低学年の頃に「ハリー・ポッター」シリーズを読んでファンタジー作家を目指すようになり、中学生の頃に日本人が西洋ファンタジーを書く難しさを感じ東洋ファンタジーにしようと思い、高校生の頃に和風ファンタジーを書くことにしたそうですが。

阿部 はじめて書いた和風ファンタジーが『玉依姫』です。その時にすでに八咫烏も猿も雪哉もいて、異世界を表す言葉が必要だなと思った時に思いついたのが〈山内〉という言葉でした。思えば『玉依姫』というよりも、〈山内〉という言葉が出た時がシリーズの始まりだったように思います。

■高校の友達から「脇役の八咫烏がいいよね」と言われて今の物語が動き出した

――当時、読んだ友達から「脇役の八咫烏がいいよね」とも言われたとか。

阿部 そうです。〈山内〉という言葉でピンときて、「八咫烏いいよね」と言われて「次はこいつら主人公にして書けるじゃん」と思って(笑)。彼らの過去に何があったんだろうと考えていたら、今の話ができあがっていきました。

――その頃、高校にOGの文藝春秋の池延さんが来たことも大きな出来事だったそうですね。

阿部 県立前橋女子高校の開校記念式典の講演にいらしたんです。友達に「作家になりたいんだったら話を聞きに行ったほうがいい」と言われ、池延さんがいる校長室の前まで行ったけれどもドアを叩けずにいたら、中から旦那さんとお子さんが出てきて「どうしたの?」って。「実は池延さんにお話があって」と言ったら「じゃあ入ったら」と言われ、そこから夕食にも連れていってくださって、ずっと話を聞いてくださったんです。

 ガラケーに撮った神社や資料の写真を見せながら、和風ファンタジーを書きたいという話をしたんですよね。その頃はライトノベルの賞に応募しようと思っていたので、カテゴリーエラーにならないかどうかも不安で、そんなことも全部お話ししたんです。そうしたら池延さんが、じっと考えてから「じゃあ阿部さん、松本清張賞に応募してみたら?」って。もうあの言葉がなかったら私は清張賞に応募していませんでした。

■単行本の刊行が一か月遅れたことで加筆できた運命的な最後の一行

――そして16歳で『玉依姫』を応募されたんですよね。最終選考に残る4作に絞る段階までは残っていて、阿部さんを残すかどうかかなりの議論になったとか。

阿部 あの時落としていただいたおかげで、ここまでこられたと思います。16歳の時にデビューしていたら、たぶん話題性が先行して1巻は売れたと思うんですよ。でも実力が備わっていないので、2巻を出して終わっていた気がします。20歳になってからデビューしましたが、それでも3巻で打ち切りの可能性が充分にあったんですから。

──受験勉強を経て早稲田大学に入学し、2012年に『烏に単は似合わない』で史上最年少の20歳で松本清張賞を受賞、同作でデビューされたんですよね。

阿部 3巻の『黄金の烏』の単行本を出した時に、来年は違うものを出しましょうという話があったんです。実は、あの本の最後の一行に「八咫烏が再び猿と相まみえるのは、それから約三年後の事であった。」とありますが、最初のゲラではその一行がなかったんです。明確に続きを予感させる文章なので、来年違う本を出したら「ああ、打ち切りになったんだな」と明らかになってしまうので。

 その頃、第1巻の『烏に単は似合わない』が文庫化されたんです。これは神様のお導きの気がするんですけれど、本当は単行本と文庫と同時に出す予定だったのが、私がゲラに手間取っていたために単行本の刊行が1か月遅れたんです。で、その1か月が運命の分かれ道でした。先に出た文庫の売れ行きがいいので、続きを書けることになったんです。それで最後の1行を加えました。

――そうそう、文庫がすごく売れて、評判になったんですよね。

阿部 16歳の時に打ち切りがどうかという状況になったら、うまくいっていなかったと思います。もうひとつ、16歳の時でなくてよかったと思う理由があります。その時にデビューしていたらシリーズ第1弾が『玉依姫』になっていましたが、それだときっとそこで話が終わっていたと思います。今の八咫烏シリーズはあえてミクロの単位からだんだん世界を広げていって、広げていった世界が実は……という構造になっている。だけどもし『玉依姫』から始めていたら、その順番ではないので、違うバイアスがかかって読者が楽しめなかったと思います。『玉依姫』はどのタイミングで出すかによって、八咫烏シリーズにとどめを刺す可能性もあったんです。最終的に考えると、ベストのタイミングで出せたなと思いますね。まあ、評判は悪かったですけれど。

――雪哉が出てこないからでしょう(笑)。

阿部 そうなんですよー。それに『玉依姫』は思い入れが強かったので、そういう書き方をしてしまったのかなという気もします。私は単体で見た時に、『玉依姫』が一番完成度が高いんじゃないかと感じているんですけれども。

■自分を殺すかもしれない赤ん坊の神様を育てろと言われたら?という “最初の一粒”のアイデアから始まった

――そもそも高校生の時、『玉依姫』は、どんなものを書こうとイメージしていました?

阿部 私の場合、アイデアの粒が降ってくるというか。その最初の一粒を大切にして、残りの部分を計算で構築するというやり方をしているんですね。『玉依姫』の場合、最初にポンと落ちてきたアイデアというのが、この先自分を殺すかもしれない赤ん坊の神様を育てろと言われたらどうするだろう、ということでした。じゃあその神様はどういう神様で、生贄にされる子はどういう子だろうって考えていきました。生贄になる人間の女の子も、最初はまた違う時代の土俗的な雰囲気のところの娘なども考えていたんですけれど、結果的に志帆という現代の女の子にしました。自分に近い設定にしたほうが、他の人が読んだ時にリアリティーを感じてくれるんじゃないかなという計算です。

――その頃にはもう、〈山内〉に関する年表も作ってあったのですか。

阿部 作りましたが、私、こんな人間なもので、作った年表がずれていて、あとで「あーーっ」ってことになりました(笑)。設定ノートも作ったんですけれど、この時期に何があって、その時この子は何歳で、というのがずれている。編集の方たちには「私が何か数字を出したら、必ず間違っていると思ってください」と言っています(笑)。

■読者に大人気、雪哉は『玉依姫』で黒焦げになるモブのはずだった!?

――史上最年少の20歳で松本清張賞を受賞、デビュー作となった『烏に単は似合わない』を女性たちの話にしたのも、女子校を卒業したばかりの自分に近いところから書こうと思った、と前に話していましたよね。

阿部 武器になると思ったんですよね。応募したら自分よりもはるかにキャリアがある人たちが競争相手になりますから、自分が対抗していく時に、選考委員から見て何が一番魅力的に見えるかを考えました。それで、10代の女の子を描いたほうが、他の人には書けないものが書けるだろうという計算が働きました。処女作は人生にひとつしかないし、自分の名刺代わりになるものなので、「私はこういうものを書こうと思っています」と分かるものにもしようと思いました。それが面白いと思ってくれた人はついてきてくれるし、合わないと思った人はたぶんその後も合わないだろう、という読み手の判断基準にもなりますし。

――冷静ですねえ。しかも第2巻の『烏は主を選ばない』が第1巻と同時期の話なので、読むと呼応している部分がありますよね。第1巻でこういうことが起きたのは、実はこういうことでした、という。そこまで計算して書いていたところがすごい。

阿部 でもいつ打ち切りになるか分からなかったので、どれも密接に絡みつきすぎず、単体で読めることを意識して書いたのが1作、2作です。

――その2作目で、若宮に仕えることになった少年、雪哉が登場して、読者の間で大変な人気者になりましたね。

阿部 なりましたねー。実はこいつは『玉依姫』で黒焦げになるモブ(群衆の一人)のつもりだったんです。でも雪哉という名前が気に入っちゃって。こいつはモブじゃなくて、主役はれるやつなのでは? と思えてきたんです。

■明留が私のところに「僕、学校辞めたいです」と言ってきて……

――第3弾で『黄金の烏』を持ってきて、烏と大猿との闘いを描いたのは、どういう狙いでした?

阿部 2巻までがプロローグで、そこから起承転結を考えたんです。でも3巻を書いている途中で「来年は違う話を」と言われたので、「おっとー」となって。もし打ち切りになっても最低限面白かったと言ってもらえるように、ギリギリの線を狙ってこれを書いたんですよね。だから初音と小梅という登場人物など、この巻単体の物語とテーマを盛り込んで、物語としては一応一段落するようには考えたんですよね。

――そして第4弾『空棺の烏』は少年たちの学園もの。

阿部 これが一番、キャラクターたちが言うことをきかない巻でした。明留は本来、もうちょっとコンプレックスを溜めこんで不穏分子になる予定だったんですよ。それが、途中で本人が私のところに「僕、学校辞めたいです」って。「マジかお前、もうちょっと頑張ってみないか?」と言ったんですけれど「僕は辞めます」って。それで結局彼は辞めて、今のいい位置におさまっています。

――作者と登場人物が脳内会議するなんて面白い(笑)。

阿部智里(あべ・ちさと)
1991年群馬県生まれ。2012年早稲田大学文化構想学部在学中、史上最年少の二十歳で松本清張賞を受賞。デビュー作『烏の単は似合わない』以来『烏は主を選ばない』『黄金の烏』『空棺の烏』『玉依姫』を毎年一冊ずつ刊行し、「八咫烏シリーズ」は累計85万部を越える。シリーズ外伝を「オール讀物」で発表中。現在、早稲田大学大学院文学研究科で学びながら執筆活動を行っている。

八咫烏シリーズ特設サイト
http://books.bunshun.jp/sp/karasu
八咫烏シリーズ公式twitter
https://twitter.com/yatagarasu_abc
「弥栄の烏」最新動画
https://www.youtube.com/watch?v=rBc77NeYqJE

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※「新刊が出るたび、既刊の意味が変わり、読み返すと新しい発見がある。そういうものを書いている───阿部智里(後篇)」に続く

(瀧井 朝世)

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