人を好きになると、美しい本を渡したくなる――犬山紙子「モテ読書」

人を好きになると、美しい本を渡したくなる――犬山紙子「モテ読書」

©犬山紙子

 人を好きになると、美しい本を渡したくなる。今回はそんな友人Bちゃん(恋愛対象が女性)が23歳の頃に恋をしたお話です。

 思春期を本とともに過ごしたBちゃん。本に関わる仕事にもつけたけれどもまだまだ新人。バタバタと仕事をしては、家に帰る前に小さな飲み屋でオムライスを食べてお酒を飲み、常連さんとちょこちょこお話をするのがお決まりのコースになっていたそうです。

 そのお店には年上のTさんという本好きの綺麗なお姉さんがいて、Bちゃんは好きになってしまったそうな。でも、お互い常連さん同士。連絡先を聞くような感じでもなく、お店に行ってTさんがいたらお話しできる、そんな間柄だったそうなんですね。

 思い通りに会えない恋は思いを募らせ、Bちゃんは本を読みながら悶々とするわけですが、とりわけ感動した『手紙、栞を添えて』(面識のない辻邦生さんと水村美苗さんが文学への愛情を込めて綴った往復書簡集)をTさんにどうしても渡したくなってしまった。

「この本、大人のインテリジェンスが全部詰まっていて、気遣いやユーモアも素敵」とBちゃん。「前書きに連載中は会わず、連載が終わったら初めてお会いしましょうというくだりがあるの。でも、やりとりを終わらせたくない気持ちが強くなり、会えば終わりだから会いたくなくなってしまったと。なんだかその関係性に自分とTさんとの関係性を重ねてしまったの。連絡先を聞いたらこのお店での良い関係が壊れてしまうような」

 おおお……この、自分が大好きな本に自分の好きな人との関係性を投影し、そしてぶつけたくなる気持ちはよく分かる。独りよがりな願望と思いながらも、あの人ならわかってくれるという気がしてしまうんですよ。

 そんなわけで、『手紙、栞を添えて』を常に持ち歩くようになったけれど、その途端全然会えなくなってしまったそう。そして会えないうちに気持ちはさらに募り、本に「ここを読んで欲しい」と書き込んだりするように。

 諦めかけたタイミングでとうとう会えたBちゃん。勇気を振り絞り「絶対好きだと思う本がある」と、情念をたっぷり吸い込んだこの本を渡すことに成功。しかし、書き込みまでした本を渡して気恥ずかしくなってしまい、そのお店へあまり行かなくなったそうです。

 その後、半年経った頃にばったり再会。TさんはBちゃんの気持ちに気がついていたのかどうかはわからないけど、「すごく素敵な本だった」とだけ言い、書き込みなどには触れず、その大人のやりとりで、Bちゃんの恋は静かに終わったのだそうです……。

(犬山 紙子)

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