野球に厳しい王貞治さんが語った、「野球を楽しむ」ということ

野球に厳しい王貞治さんが語った、「野球を楽しむ」ということ

©田尻耕太郎

「王さん、ホームランってどうやったら打てるの?」

 小学校5年生くらいの男の子の単刀直入すぎる質問に、思わずその隣でたじろいだ。

 待て、こちらにおわす方をどなたと心得る、不滅の大記録868本塁打を打ち立てた“世界の王さん”なるぞ。

 畳が擦り切れるほどの素振り、日本刀を使ってのスイング、深く刻まれた眉間のしわ。数々の輝かしい球歴の一方で、王さんの野球人生の裏側には血の滲むような努力や精進、忍耐といった重たいイメージがつきまとう。

■子どもたちへの贅沢な“ホームラン教室”

「王監督は怖かった」

 あの小久保裕紀氏ですらそう述懐する。それは立場が全く違う筆者も同感だ。たとえば試合後の囲み取材。「ペナントレースは50(試合)や60(試合)は負けても優勝できるんだ」。そう言いながら、敗戦後のダグアウト裏では立ち止まるはずの報道陣の前を素通りし、そのまま“緊急”ミーティングへと向かって行くのだ。それは連敗中でなくても、よくある光景だった。そして戻ってきた王監督の眼はいつも真っ赤に充血していた。

 野球、そして勝負に厳しい人。それが王さんなのだ。少年よ、そもそもタメ口ではないか!

「おー、そうかい、そうかい。ホームランってのはね――」

 けれども、王さんはニコニコ笑っていた。

「力任せに振りに行くだけじゃダメなんだ。バットの芯でボールの芯を叩けば、力を入れなくてもボールっていうのは勝手に飛んでいくんだよ。そんな風に出来ているんだから。バットの芯はどこか分かるかい」

 身振り手振りを交えた“ホームラン教室”。なんて贅沢な時間なんだ。ひと通り聞き終わると、子どもたちは王さんにハイタッチを求めてから駆けていった。

「子どもってのは大人にはない積極性があるからね。俺たちの時代よりも今の子は物怖じしなくなっているしね」

 そう言って王さんは、また優しい瞳をして笑っていた。

■WCBF・世界少年野球大会を設立した経緯

 これはつい先日の8月初旬の出来事である。

 WCBF(世界少年野球推進財団)をご存知だろうか? 王さんが理事長を務めており、野球の素晴らしさを、次代を担う子どもたちにも伝えていこうとの趣旨で「WCBF・世界少年野球大会」を1990年のロサンゼルス大会を手始めに毎年夏に開催している。

 今回で第29回の大会(2009年のみ開催なし)を、福島県福島市で迎えた。14の国と地域から135名の少年少女が参加。野球経験の有無は問うておらず、初参加のラオスをはじめ、スイスやアルゼンチン、ガーナといった野球とは馴染みの薄そうな地域からも子どもたちを招待している。およそ1週間寝食を共にして、午前中はグラウンドで野球教室、午後は交流行事などを行うのだ。

 福島まで取材に行ってきたのだが、今回はなんと王さんが一対一でのインタビューに応じてくれたのだ。

――世界少年野球大会を設立された思いや経緯を教えてください。

「最初、アメリカのハンク・アーロンさんと会っていろいろ話しているうちに、自分たちが楽しく、そしていい思いをさせてもらった野球を、若い世代の人たちにもやってもらいたいという願いから始めました。ここから将来のプロ野球選手が出ればいいですが、そうじゃなくても体を鍛えて友達をたくさん作ってほしいし、ルールを守るということも覚えてほしいと思っています。自然とルールが身につくというのが団体スポーツの利点ですよね。そういう場を作って、子どもたちに参加してもらおうじゃないかと。そして『世界』という名をつけて、世界中から子どもさんたちを集めて交流が深まればということでスタートしたんですよね」

――この大会に参加する子どもたちは10歳、11歳。この年齢で国際交流できるというのは貴重な場ですね。

「今の時代、国際交流というのは必須ですが、大会をスタートした頃の世の中はまだ違っていました。でも、印象に残っていることがありましてね。アメリカとロシア……当時ソ連ですかね。女の子同士が座ってお弁当を食べていたんです。どんな言葉で意思の疎通をしているのかなと思って見ていましたが、子どもというのは不思議なもので、1日1日ちょっとずつ距離が近づくんですよ。子どもの世界って大人が変に考えるよりも、輪の中に入れたら子ども同士でちゃんとコミュニケーションをとれるんだなと、そこで学びました。

 今年29回目になりましたが、とにかく子どもたちの表情の変化、目の輝き、練習して上手く行った時の嬉しそうな顔がね、僕も嬉しいんですよ。たった1週間くらいの短い大会ですけど、1日1日距離が近づく。大人の世界じゃあり得ないことが子どもの世界ではあるんです。彼らの抱き合っている姿を見ていると、(大会を続けるのは)大変なんだけど、これは続けていかなきゃと毎回思いますね」

■「野球をすればみんなバッターボックスに立てるわけですよ」

――王会長がこの大会を行うのは野球が上手くなるためではなく、じつは世界平和を願っているからだと伺ったこともあります。

「少なくとも幼い時から海外の人たちともふれあうことで、相互理解をしやすくなるじゃないですか。世界には多くの国があって、成り立ちも文化もそれぞれ違う。大人たちは上手く協調出来ていないこともあるけど、子どもの頃から国際交流を経験しておけば、将来大人になった時に相手の立場を理解できる人間になれると思うんです」

――また、その中で、やはり野球の魅力を伝えたいとの思いがありますよね。

「野球は体力だけじゃないんです。頭脳プレーの部分が大きいんですよ。体力のある人もない人も、体格の大きな人も小さな人も、その人なりのやり方でプレーを楽しめるし上手くもなれる。それは野球が一番じゃないかって思います。そういった工夫は、将来世の中に出た時にだって役に立つと思うんです。先ほどもお話ししたようにルールを守るということも学べるし、体だって鍛えられる。それと同時にね、野球をすればみんなバッターボックスに立てるわけですよ。その時はヒーローになれるんです。そんな野球の良さをもっと皆さんに知ってほしいですね」

――王会長といえば、努力や忍耐を積み重ねてこられて本塁打王を獲られたり、どこか野球に厳しいイメージを持っていました。だけど、この大会での表情だったり、野球を楽しむことを強調されたりと真逆ですよね。

「みんなとにかく仲良く、楽しくやろうよと考えています。あ、ノックでボールを捕れた。バットに当たって良かった。それでいいんです。この中からプロ野球選手が出てくれればそれは嬉しいけど、そのためにやっているわけじゃない。とにかく野球を楽しむ、友達を作る、ルールを守る習慣が自然に身につく。それだけで十分なんです。

 また、これまでに参加したお子さんのお父さんやお母さんから『子どもがすごく積極的に動くようになった』というお手紙をいただいたりします。それまでの自分の世界とはまったく違う中に飛び込んでみて、それでも楽しくやれて、外国の友達とも話をして意思の疎通が出来るんだとなったときに、もう一人の自分に気づくんです。自信が持てることで、何事にも積極的に挑戦できるようになると思います」

――また、今回は福島での開催となりました。その意義はどのように感じられますか?

「来年の東京五輪の野球とソフトボールが、この福島から開幕します。県の皆さんはすごく前向きで、スポーツへの思いも高まっています。ただ、福島は震災後の風評被害も少なからず残っていると聞きます。今回、この大会を行うことで世界各地の子どもたちが福島で元気いっぱい活動していることが伝われば、もう大丈夫なんだ、復興は確かに進んでいるんだということを知ってもらえると思います。日本や世界各地での誤解を解くことが出来ればいいと考えています」

■「学び」と「遊び」の共存

 昨年、島根県松江市で行われた大会も取材したが、その時から感じるのは世界少年野球大会では「学び」と「遊び」が上手く共存する仕組み作りが完成されているという点だ。「怒らない」「褒めて伸ばす」「声を出す」「みんな元気」とポジティブ要素がとにかく並ぶ。

 日本の教育システムでは、学びと遊びの間にどうしても線を引きたがる。また、野球をはじめとしたスポーツに於いても汗と涙の先にこそ喜びを得られるといった思想を持つ指導者はいまだに多い。だから忍耐や我慢、痛みも正当化しがちになる。

 だけど、王さんはそれをきっぱりと否定する。

 WCBFのコーチ陣もその思いに賛同して日本だけでなく世界中から集まる。王さんいわく「子どもたちに野球を教えるスペシャリスト」だ。その中の一人でヘッドコーチを務める内川義久さんからも昨年の大会時に以下のような話を聞かせてもらった。

「参加している子どもたちは10歳と11歳で、プレ・ゴールデンエイジと言われる世代です。男の子もいれば女の子もいて、野球の実力はバラバラ。言葉や文化、肌の色、宗教も違います。だけど、1つのボールを追いかけ、ともに過ごす中で子どもたちはその違いを超えて『相手を受け入れる』ということを学びます。王理事長は『それが野球でなくてもいいんだ。だけど、自分は野球しかやってこなかったから、野球で伝えることが出来れば』とよく話されています。多様性を受け入れられるのがこの年齢。この大事な時期に人としての在り方を学ぶことができるのです」

 ちなみに内川コーチは、ホークスの内川聖一選手の親戚だ。

 この王さんの思いが一杯に詰まった野球大会。数多くの子どもたちにぜひ体験してほしいと感じると同時に、ぜひスポーツ指導者や学校の教員の方々にもその目で実際に見てほしい。

 また、文春野球コラムの読者の皆さんは「見る野球」を楽しまれている方が多いと思う。野球経験の有無はそれぞれだろう。だけど、野球が大好きな皆さんが今、画面の向こうにいるはずだ。

 そんな大人の皆さんへ、王さんから願いを込めたメッセージだ。

「このような活動は順繰りですから。今のお子さんたちが将来は、今の我々のような立場でやってもらわないといけないし、やってもらわないと野球界の為には困る。どんどん続けていってほしいし、野球の楽しさや素晴らしさ、魅力をこれからの人たちにどんどん伝えていってほしいですね」

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(田尻 耕太郎)

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