「笑っていれば何とかなる」 渋野日向子の母が語る“保健室通い”だった娘の成長

ゴルフ全英女子オープンで初出場Vの渋野日向子 “スマイリング・シンデレラ”の声も

記事まとめ

  • 世界的に無名の渋野日向子がゴルフ全英女子オープンで初出場優勝の偉業を成し遂げた
  • 海外メディアは、渋野を感嘆の意を込めて“スマイリング・シンデレラ”と呼んだ
  • 日向子の名には、「太陽に向かって咲く向日葵のように明るく育ってほしい」との願いも

「笑っていれば何とかなる」 渋野日向子の母が語る“保健室通い”だった娘の成長

「笑っていれば何とかなる」 渋野日向子の母が語る“保健室通い”だった娘の成長

ソフトボール部では投手だった

 笑顔を絶やさず、ギャラリーの声援にも気さくに応える天真爛漫なプレースタイル。ゴルフ全英女子オープンで初出場優勝の偉業を成し遂げた、世界的には無名の渋野日向子(20)を、海外メディアは、感嘆の意を込めて“スマイリング・シンデレラ”と呼んだ。

◆ ◆ ◆

 ラウンド中に駄菓子を頬張る姿も印象的だった。海外メジャー初挑戦となる全英女子の出発前、記者から現地での心配事を聞かれた渋野は、真っ先に食事のことを挙げている。

「知り合いにイギリスの食事は美味しくないと聞かされたようで、『本当にどうしようか悩んじゃう。行きたくなくなっちゃった!』と笑っていました。『とにかく日本に帰って美味しいものを食べるのを楽しみに頑張ります』と。ゴルフの話は一切なかったです(笑)」(ゴルフ専門誌デスク)

■“保健室通い“だった渋野をゴルフが変えた

 出身は岡山県岡山市。母の伸子さんが打ち明ける。

「小さい頃は落ち着きのないところがあり、精神統一といいますか、幼稚園の時から習字を習っていました。小学校に上がって、お友達のお父さんに誘われ、ゴルフをやってみると、飽きずにずっと楽しそうに打ち続けるので、感心したんですよね。『続けてみる?』と聞いたら『やる!』と。同じ頃にソフトボールも始めました。それまで、小学校ではよく保健室に通うような子だったんですが、ゴルフとソフトボールを始めてから少しずつ自信がついていったように思います」

 両親はともに元陸上の投擲競技選手で、3人姉妹の次女。渋野は家族の愛情に支えられ、アスリートの才能を開花させていった。

 小学校6年時の担任・徳永加世子先生が振り返る。

「暑い日も寒い日も、夕方になると、グラウンドでピッチング練習をしている渋野さん親子の姿が職員室から見えました。お父さんが忙しい時はお母さんが相手になって。もともと運動の勘がいいんでしょうね、ドッジボールも強くて、男子もコテンパンにやりこめていました。『渋野に狙われたらおしまいだ』なんて言われて(笑)」

■「笑顔が一番」という母の教え

 伸子さんによれば、「ゴルフよりソフトボールの方が好きだった」渋野は、中学校に進むと、女子で1人、軟式野球部に入部。ゴルフとの両立を目指すも、「岡山県ジュニアゴルフ選手権」に優勝すると、野球部顧問の勧めでゴルフ1本に絞る。

「授業態度は真面目で、いつ勉強しているのか、定期テストもしっかり点を取っていました。でも一貫して『私はプロになります』と言っていたので、進路相談はほぼしていません。『プロテストに落ちたら、ゴルフ場でバイトでもしながら受験を続けます』とも話していました」(高校2、3年時の担任・落司(おとし)和久先生)

 2018年、念願のプロテスト合格。今でこそ笑顔が代名詞の渋野だが、以前は満足のいくプレーができないと感情が顔に出た。隠れて流した涙も数知れず。

 だが、渋野は「笑顔が一番」という母の教えを胸に、「笑っていれば何とかなる」とマイナス感情を封印。一躍、時の人となる。

 伸子さんが語る。

「普段の国内試合と変わらない感じで家を出ました。試合は家のテレビで主人の母と観ていました。ハラハラしましたが、とにかく最後、笑顔で納得して終わってくれたらいいなと思っていたので、優勝という結果には逆にビックリしています。帰国したら羽田で主人と交代し、次の北海道の試合には私が帯同しますので、その時に『頑張ったね』と伝えたいです」

 日向子の名には、「太陽に向かって咲く向日葵のように明るく育ってほしい」との願いが込められているという。女子ゴルフ界の未来も明るい。

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2019年8月15・22日号)

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