「がっかり大臣」「ゲイの女の子も」『いだてん』と2019年の世界が奇妙にシンクロする理由

「がっかり大臣」「ゲイの女の子も」『いだてん』と2019年の世界が奇妙にシンクロする理由

嘉納治五郎を演じる、役所広司 ©文藝春秋

 NHKの大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』は、日本が初参加した1912年のストックホルムオリンピックから、1964年に東京オリンピックを開催するまでの半世紀を描こうとしている。だが、多くのすぐれたドラマがそうであるように、そこには過去を通して現在を浮き彫りにするような描写も目につく。私も毎回見ているうちに気づいたのだが、ドラマのなかのできごとが現実とシンクロするようなこともたびたび生じている。

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■「がっかり発言」でシンクロ

 私が最初にそれに気づいたのは、2月10日放送の第6回だった。『いだてん』の第1部の主人公である金栗四三(演:中村勘九郎)が1911年、ストックホルムオリンピックの予選会のマラソンで優勝する。これを受けて、金栗が当時通っていた東京高等師範学校の校長で、大日本体育協会の会長も務める嘉納治五郎(演:役所広司)は、金栗を日本代表としてストックホルムへ派遣すると決める。

 だが、当の金栗は、嘉納から直々に出場を要請されるや、「行きとうなかです!」と辞退する。じつは、金栗は先のレースがオリンピック予選とは知らずに参加していたらしい。それどころか、そもそもオリンピックとは何なのかさえも知らなかった。これを聞いた嘉納は、日本のオリンピック参加のため情熱を注いできただけに落胆する。そのうえ金栗が、もし国の威信をかけた大舞台で負けたら国民に顔向けができないと言い出したため、嘉納はとうとう「がっかりだ!」と口走ってしまう。いや、しかし勝手に期待しておきながら、相手が従わないとなると「がっかりだ」と言うのは、ちょっとフェアじゃないのでは……?

 そう思っていたところへ、現実の世界では、競泳の池江璃花子選手が白血病を公表したのを受け、桜田義孝オリンピック担当大臣(当時)が「日本が本当に期待している選手ですからねえ。本当にがっかりしております」と発言する(2月12日。※1)。桜田大臣は続けて「とにかく治療を最優先にして、元気な姿を見たい」と池江選手にエールを送ったものの、「がっかり」という発言は不適当だとして批判を浴びた。

■「女のくせに」と東大の祝辞

 ドラマでは、結局このあと金栗が、ストックホルム行きを断った最大の理由だった旅費をどうにか工面して、無事にオリンピックに出場する。だが、肝心のレースは途中で棄権してしまう。4月14日放送の第14回では、帰国した金栗が東京高師で報告会を行なっていたところ、東京女子高等師範学校の助教授だった二階堂トクヨ(演:寺島しのぶ)から「敗因は何だと思いますか」と厳しく問い詰められる場面があった。二階堂の批判は、オリンピック代表の選考方法にまでおよぶのだが、そこへ誰が言ったのか「つまみ出せ。女のくせに生意気だぞ!」との罵声があがる。これに怒った彼女は、発言主を金栗の後輩・野口源三郎(演:永山絢斗)と勘違いして、「この棚から落ちたぼたもちめ!」と言い放つ。その言葉は、男がたまたま男に生まれたというだけで社会で優遇される状況に異議を唱えたものだった。

 ちょうどこの放送の直前の4月12日には、東京大学の上野千鶴子名誉教授が入学式の祝辞のなかで、「これまであなたたちが過ごしてきた学校は、タテマエ平等の社会でした。偏差値競争に男女別はありません。ですが、大学に入る時点ですでに隠れた性差別が始まっています。社会に出れば、もっとあからさまな性差別が横行しています」と、日本社会における性差別の根深さを指摘し(※2)、議論を呼んでいた。それだけに、ドラマのなかでの二階堂の発言はタイムリーだった。

■「化け物」と中傷された人見絹枝

『いだてん』ではこのあと、二階堂や金栗が女子体育・スポーツの普及に尽力するさまが描かれた。7月7日放送の第26回では、二階堂の開いた二階堂体操塾の卒業生である人見絹枝(演:菅原小春)が、初めて女子の陸上競技が採用された1928年のアムステルダムオリンピックに出場し、800メートル走で死闘の末に銀メダルを獲得する。

 この回では、アムステルダムオリンピックの2年前、女子の国際大会への出場権を獲得した人見が二階堂を訪ねた際、「結婚して子を産むこと、それを幸福と言うならば、私は幸福になどなれないし、ならなくて結構です」と口にする場面があった。人見は長身のため目立つ存在であり、走るたびに観衆から「化け物」「六尺」などと中傷を受けていた。そのために国際大会への出場を辞退しようとまで思い詰めるのだが、これに対し、二階堂が「それは違うわよ、絹枝さん。あなたはメダルも取るし、結婚もする」「どちらも手に入れて初めて女子スポーツ界に革命が起きるんです」と諭す。

■「ストレートの女の子、ゲイの女の子も。ねえ!」

 この放送直後の7月11日には、女子サッカーW杯フランス大会で優勝したアメリカチームの凱旋パレードと表彰セレモニーがニューヨークで行なわれた。表彰セレモニーではキャプテンのミーガン・ラピノー選手が壇上に立ち、「私たちのチームにはピンクの髪や紫の髪、タトゥーしてる子、ドレッドヘアの子、白人、黒人、そのほかの人種の人たち、いろんな人がいる。ストレートの女の子、ゲイの女の子も。ねえ!」と呼びかけたあと、「私たちはもっと良くできる。もっと愛し合い、憎しみ合うのを止めましょう。喋ってばかりいるのを止めて、もっと人に耳を傾けましょう。これはみんなの責任だと認識しなければなりません」と訴えた(※3)。

 ラピノーはこれ以前より、トランプ大統領の政治姿勢に反対する立場から、W杯で勝ってもホワイトハウスには表敬訪問はしないと宣言するなど、政治や社会に対する発言でグラウンド外でも注目されていた。誹謗中傷により競技から退こうとまで考えた人見と、批判に対しても果敢に反論するラピノーはいかにも対照的だが、人見たちが切り拓いた女子スポーツの世界から、約1世紀をかけてラピノーのような選手が輩出されたのだと思うと、感慨深い。

■川栄&シャーロットの妊娠、ビートたけしの離婚

『いだてん』と現実のシンクロではこのほかにも、金栗の妻・スヤ(演:綾瀬はるか)が第一子を出産した第18回(5月12日放送)の直後には、奇しくもドラマに出演する川栄李奈とシャーロット・ケイト・フォックスの第一子懐妊があいついで発表された。ついでにいえば、『いだてん』の語り手である落語家の古今亭志ん生とおりん夫人の馴れ初めを描いた22回(6月9日放送)から、新婚早々離婚の危機を迎えるも何とか乗り切った23回(6月16日放送)までのあいだには、志ん生を演じるビートたけしと夫人の離婚が報じられたが、これに関しては何とも間が悪かった。

『いだてん』は6月30日放送の第25回より第2部に入り、主人公も金栗四三から田畑政治(演:阿部サダヲ)へとバトンタッチした。舞台も昭和に入り、アムステルダムオリンピックでは田畑の指導する水泳陣がメダルをもたらすなど、日本のスポーツは一つの頂点を迎えようとしている。だが、一方で、田畑が本業の新聞記者として会ったこともある首相の犬養毅(演:塩見三省)が暗殺される(1932年の5・15事件)など、時代はしだいにきな臭い方向へと進みつつある。犬養は、首相官邸を襲撃した青年将校たちと対話を望みながら、結局聞き入れられないまま狙撃されてしまった。満州事変に続き、5・15事件を機に台頭した軍部に対し、新聞も圧力を恐れ、批判的な言説をトーンダウンさせていく。社会に不寛容な空気が広がり、言論の自由が失われていくさまは、残念ながら現在の日本の状況とどうしても重ね合わせてしまう。

 全体的に喜劇色の濃い『いだてん』だけに、こうしたシリアスな展開はかえって印象に残るし、つくり手の思いも伝わってくる。今後、ドラマのなかでは田畑たちスポーツ関係者も否応なしに戦争に巻き込まれていくはずだが、果たしてその姿はどのように描かれるのだろうか。

※1 「産経ニュース」2019年2月14日
※2 「平成31年度東京大学学部入学式 祝辞」(東京大学ホームページ)
※3 「ハフポスト」2019年7月11日

(近藤 正高)

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