盆踊りの哲学――政治学者・栗原康インタビュー#1

盆踊りの哲学――政治学者・栗原康インタビュー#1

©榎本麻美/文藝春秋


盆踊りの季節がやってきました。アナキズム(無政府主義)研究が専門で、みずからもアナキストを名乗る政治学者・栗原康さんは、「デモよりもっとすごい盆踊り大会がある」と聞きつけて、盆踊りにハマって以来、約10年ものあいだ毎年通っているそうです。いったい盆踊りのなにがそんなにヤバいのか? 盆踊りのルーツは? 盆踊り大会でひと踊りしたあとの栗原さんに、居酒屋でビールを飲みながらお話を伺いました。

◆◆◆

■「普段から付き合いはない」という感覚すらもとろけちゃう

―― 盆踊り大会、お疲れさまでした! 結構いい運動になりますね(笑)。

栗原 そうなんですよ。やぐらのまわりを3周もすると汗がふきだします(笑)。プハー。ビールがうまいなあ。

―― 栗原さんは“盆踊りが好き”というお話は以前から伺っていたんですが、きょう初めて拝見して、栗原さんの踊りって、動きがやわらかいですね。

栗原 ありがとうございます。盆踊りには独特のやわらかさがあると思います。踊りって不思議なもので、普段だと絶対あんな体の使い方しないですからね。もうちょっと、直線的な動きをするじゃないですか、ひとって。仕事しているとき、こんな風に手のひらをヒラヒラさせて、体をグニャグニャさせていたら、ぶん殴られますから(笑)。

―― 無駄な動きですもんね(笑)。あと、結構地元の方が優しいというか、「踊りたいな〜」と思って輪に近寄る人にスッと場所を空けてくれる雰囲気がありました。

栗原 そうですね。僕は地元が埼玉県の東武動物公園なんですが、小さいときは親に連れられて、近所の盆踊り大会に行っていました。人見知りで緊張する方なので、輪に入る前はちょっとドキドキしてましたね。やっぱり人目を気にするじゃないですか。

―― 確かに。誰が見てるわけでもないけど、ちょっと気恥ずかしいです。

栗原 ただ輪に入っちゃうと、盆踊りって不思議なもので、夢中になってやってしまう。踊り始めるとヘタクソも関係ないというか。体の感覚としても、知らないひとの間で踊っていることすらわすれちゃう。トランス状態になって、我をわすれるんですよね。「このひとたちとは普段から付き合いはない」という感覚すらもとろけちゃうんです。そういう意味でも、やわらかくなっている。

―― 栗原さんが、盆踊りにハマるきっかけって何だったんですか?

栗原 僕は2009年頃、8月の終わりに錦糸町でやっている「すみだ錦糸町河内音頭大盆踊り」(今年は8月30日、31日に開催予定)に友人に誘ってもらったのがきっかけでした。その友人から、毎年、アナキストがたくさんきていて、「デモよりもっとすごいのがあるぞ」って教えてもらったんです。

■錦糸町のギャルや不良のあんちゃんたちと踊る

―― 「アナキストも恐れおののくような盆踊り大会があるぞ」と。

栗原 それで行ったらもうハマって(笑)。10年ちかく毎年行っています。僕、盆踊りってビール飲んだりとか出店で買い食いを楽しんで、ちょっと踊るくらいのイメージだったんですけど、錦糸町の河内音頭は、マジで踊り狂ってるみたいな状況で。汗ダラダラになって、頭がすっからかんになるまで踊るんですよ。

―― 近年は、首都高7号線の高架下で開催されているんですね。

栗原 一番奥に設営されたステージから、ライブの歌と演奏がロックフェスさながらに鳴り響きます。ひとがかなり密集していて、ピョンピョン飛んで回っていくような感じです。おじいちゃんもおばあちゃんも子供もいます。ただ、本当にスポーツみたいな感じなので、若者が多いかもしれない。「踊り狂うぞ!」っていう熱気がすごい。有象無象の中にパッと入っていって、踊る。

―― 仕事帰りのサラリーマンも踊るらしいですね。

栗原 平日に行われる年も多いので、サラリーマンも「ひと踊りするぞ」って入ってくる(笑)。スーツなのに、汗ダラダラなんです。あとは錦糸町のギャルや不良のあんちゃんたち。これがまたカッコよく踊るんですよね。普段、あんちゃんやギャルのお姉ちゃんとくっちゃべることってあんまりないじゃないですか。でも踊る時だったら、目くばせしながら、ああ、こうやって踊るのか、そうそう、こうすればいいんですよと無言のコミュニケーションをとっていたりする。職業とか年齢とか、そういうのを飛び越えちゃう何かがあるんでしょうね。

 もともと、河内音頭は関西で行われていたものですが、その評判をききつけて、いちどみにいったアナキストの朝倉喬司さんや平岡正明さんが「こりゃあ、すごいんじゃないか」と東京に「輸入」して、錦糸町では、80年代から続いています。朝倉さんや平岡さんも、なにか得体のしれない民衆のエネルギーみたいなものを感じたんでしょうね。

■圧倒的にまちがえろ。ムダも無用もドンとこい

―― 栗原さんは鎌倉時代中期に現れた僧侶・一遍の評伝『死してなお踊れ 一遍上人伝』でも踊りのラディカルさに注目されていますよね。「はげしく肩をゆすり、あたまをブンブンふって、手をひらひらと宙に舞わせている。そして、おもいきり地をけりとばし、全力でとびはねている」と描写されています。

栗原 もともとは空也上人がはじめた踊り念仏を一遍上人が広めたんですが、集団でワッと踊りはじめたのは一遍ですかね。僕は一遍がアナキズムの元祖かな、と思っています。

―― 踊りのアナキズム、ラディカルさとはどういうことなんでしょうか?

栗原 圧倒的にまちがえるってことです。まちがった身体のつかいかたに徹していく。ふだん僕ら、自分の身体を有用につかうことばかり考えさせられています。一人前の大人になるとか、カネをかせぐとか、出世するとか、他人によくみられたいとか。できなきゃ、おまえ無用だよということですが、それってどうなんだよと。できないやつが虐げられるし、ずっとオレ役にたつ人間なんだといいつづけるのって精神的にもきびしいですからね。一遍は、そういう身体感覚をぶっ壊そうとします。

 踊るってことは、ひとが子どもにもどることなんだ、獣にもどることなんだと。子どもみたいに、獣みたいに、足をバタバタさせて、ピョンピョン跳びはね、頭はガクガク、体をグニャグニャにゆりうごかす。成長とか有用性ってことからすると、逆をむいているというかムダなんですけど、でもそれがおもしろくてたまんないわけですよね。ムダも無用もドンとこい。なんにもとらわれずに、自由奔放に生きてやるぞと。その感覚を身体でつかみとる。

■一遍は「ちええっ」と体を動かしはじめた

―― 一遍の踊りって、実際にはどんな感じだったんでしょうか。

栗原 国宝に指定されている『一遍聖絵(ひじりえ)』という絵巻をみると、とても荒々しいんですね。みんな全力で跳ねているんです。たとえば、ある日、武士の屋敷で踊り念仏をやってくれと言われて、やっていたら騒がしいので近所中のひとがあつまってきて、こりゃおもしろいぞと続々とひとがあつまり、数百人規模になっちゃって。バンバンジャンプしてたら、床板をぶち抜いてしまった(笑)。

 ひとの家で踊ってぶち壊しちゃったから、これはまずいといって、その後、自分たちで踊り屋という建物を作るようになり、そのための職人集団もできた。おもしろいのは、じゃあ激しく踊っても倒れないようにしないとねといって、建築強度を保つための「筋交(すじか)い」という技術が生まれたらしいんです。

―― どうして一遍は踊り始めたんでしょうか。

栗原 もともと一遍たちは「融通念仏」、念仏をひとに融通してあげるということをやっていて、今で言うと合唱団みたいなのを作って、「南無阿弥陀仏南無南無南無……」と唱える。お寺でやるとすげえ響くんですよね。自分の口から発している声が、自分のものなのか、他人のものなのかもわからなくなってくる。そんな中にいると忘我状態になって、恍惚感をおぼえるんですね。それを街頭でも、30人くらいでやっていて。

 当時の念仏ってリズムをつけた歌なんですよね。速度を速めたり、声の高さを上げたり下げたり。これを修行として、3日3晩連続でやったりする。

―― 現代でいうと、パフォーマンスアートみたいな感じですね。

栗原 そうですね、もうちょっとストイックかな。一晩もぶっとおしでつづけていると次第に、人間が普段では出さないような声を出し始める。人間の限界をこえて、およそひとならざる声がきこえてくる。そこに仏を感じるんです。一遍が踊り念仏を始めたのは、その合唱団的なことをやってるときに、突然「ちええっ」と体を動かし始めたところから。それで武士の屋敷の庭でピョンピョン跳ねて……。

―― 周りの人たちも、一遍が踊っているから、やるしかないなあと。

栗原 やり始めたら楽しくて楽しくて、周りからピョンピョンピョンピョン入ってくる。踊りが止まらなくなってきて、一遍が「これもうちょっと煽れるんじゃないか」と屋敷の中に入っていって、食器を持ってきて、カンカンカンカンと叩き始める。

―― 音を入れて、もっとエスカレートしていくんですね。

栗原 もっといけるぞ、みたいな(笑)。最初は合唱で覚えた恍惚感を、文字通り体を動かして表現していったのが踊り念仏の始まりだと思います。

 念仏は、お寺で行儀正しくやるものだったのに、いきなり外に出て、狂ったように叫んでルールをぶち壊していった。そこからさらに、お坊さんとしての体の動きも超えてしまうみたいなところがあったのでしょうね。一遍は武家出身ですが、出家して上人になったんです。そもそも、どこのお寺に所属するわけでもなかった。私度僧です。

■年貢のため、出世のための身体から逃亡しよう

―― 一遍は、常にインディーズだったんですね。

栗原 その点も、時代の閉塞感に苦しむ農民や武士に響いたんだと思います。農民にとっては、鋤や鍬を持って畑を耕すための体の動き方を覚えて、いかにたくさん収穫物を得るかが最重要課題。年貢のための身体です。やってもやっても、武士や貴族に収奪される。武士の場合は、弓矢や剣の稽古をして、所領を守って増やすことができるのが使えるやつだった。出世のための身体。そのためには身内や友人を殺すこともある。そういうのに、嫌気がさしていたひともたくさんいました。

―― 実は鎌倉時代って、一番アナキストが多かった時代なのでは?

栗原 農民は、土地を捨ててガンガン逃亡してます(笑)。「オレは坊主になるぞ」というひともいれば、「悪党」とよばれ、海賊や山賊になって生きていくひとたちもいた。だから一遍に付き従うひとの中には「悪党」も多くて、文字通り山賊も一緒に踊るんですよ。それから、武士や農民の世界から排除され、コケにされていた「乞食」や「非人」、ハンセン病者たちも、一遍といっしょに旅をしています。

■本気で騒ぎ始めるとき、どう体を動かすか

―― 栗原さんの盆踊り体験は「デモよりすごいのがあるぞ」が入り口だったわけですが、盆踊りと、デモ・抵抗運動の似ているところ、違うところってどう思われますか?

栗原 違うところも明確にあると思います。とうぜん、デモは「目標」があるじゃないですか。安保法制を撤回させるとか、原発を止めましょうとか、共謀罪阻止とか。政府に圧力をくわえるために、人数をあつめたい。そのためにメディアに好印象をあたえたい。だから「秩序をもって、笑顔でクールにコールをあげましょう」となると、それができるかどうかで、デモや参加者の有用性がきまってしまう。

 でもデモのおもしろさって、そういう目的を飛び越えちゃうときなんですよね。歩道におしこめられていた若い子やおっさん、おばさんたちがワーッと騒ぎ始めて、我も我もと路上にとびだして、歓声をあげながら踊り狂っているときとか(笑)。

 目的さえも忘れてしまって、ひとが本気で騒ぎ始める。おまえは使えるとか使えないとか、会社でもプライベートでも日々、そういうのに管理されていた自分の身体が内側からぶち壊されて、ぜんぜんちがう動きがはじまっていく。もうなんにもしばられない。これは、盆踊りにすごく通じるものがあるなと思うんです。盆踊りもなぜ踊るのかわからないですからね(笑)。

―― この夏、初めて盆踊りに行く人や、盆踊りで踊ってみようかなって思っている人に向けて、栗原さんからアドバイスはありますか?

栗原 いろいろと盆踊りの思想みたいなことをしゃべりましたが、何も気をつけないことが、一番大切かもしれないですね。何も考えずに楽しみに行くものですから。とにかく踊る。とはいえ毎年錦糸町の河内音頭に行ってても、最初ちょっとドキドキするんです。

―― 毎年行っていても、ドキドキするものなんですね。

栗原 だからだいたい友達と「一杯飲んでから行くか」と、生ビールをキュッキュッキューッとひっかけて(笑)。

―― 両手が空く荷物が良さそうですね。

栗原 そうですね。ショルダーバッグみたいな動きやすいバッグがおすすめです。毎年河内音頭用に使っていたバッグが、ちょうどぶっ壊れてしまって。毎年、すっごい汗をかいているから、革がもうボロボロになってしまいました(笑)。

(#2に続く)

(「文春オンライン」編集部)

関連記事(外部サイト)