1974年に水木しげるが明かした「私が『妖怪』を描き続ける理由」

1974年に水木しげるが明かした「私が『妖怪』を描き続ける理由」

妖怪「天井なめ」

『ゲゲゲの鬼太郎』や『悪魔くん』などで妖怪を書き続けた水木しげる(1922〜2015)は妖怪漫画の第一人者と言われている。

1974年に水木氏本人が執筆した本エッセイでは、古代より伝承されてきた『妖怪』を水木氏が描き続けた理由が明かされる。    

 出典:昭和49年6月号文藝春秋デラックス「心のふるさと 日本昔ばなし」

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■なぜ私が妖怪にとりつかれたかというと……

 私はお化けがぜんぜん架空のものだとは思っていない。

 それは昔の人の描いた巻物になったお化けの絵とか、鳥山石燕の描いた妖怪画に感ぜられる。すなわちなにかあったから考えついたことなのだ。

 私は柳田国男の『妖怪談義』だとか鳥山石燕の『百鬼夜行』なぞを常に頭の中に入れ、理解できない妖怪を、なぜこうなのか、とヒマな時に考えることを常としている。

 なぜ私が妖怪にとりつかれたかというと、初めて先に書いたような妖怪の書に接した時、半分くらいはたちどころに理解できたからである。これは私が子供の時から日夜感じてきたことが形になっていたにすぎなかった。

 私はその時、我々の祖先の心に接したような気がして、思わず心の中で、はなせるとヒザをたたいたものだ。

 よく暗い夜の田舎道をあるいていると、なんとなく恐怖におそわれることがある。そしてそうした時は、早くあるこうとすればするほど、足はもつれがちになるものだ。それは「あしまがり」という綿のような妖怪が足にからみつくからだという。暗い夜の田舎道をあるく気持をよくあらわしている。

■五右衛門風呂の「あかなめ」 しみをつける「天井なめ」

 また田舎でよく五右衛門風呂に入るのだが、これはたいてい夕方とか夜だ。なにかのはずみで風呂桶を昼間みると、桶のすみずみに気味の悪いアカなどがあってゾッーとすることがある。このアカは妖怪「あかなめ」を招くことになるのだ。「あかなめ」は、人のいない時そのアカをなめにくる。

 だいたい昔の風呂場というとあまり明るいものではないから、暗くてじめじめしていた。そして昼間の光で照らされる木の風呂桶はまるでなめくじのすみかのようになっていたものだ。こうした気持を表わすのには「あかなめ」が最もふさわしい。

 また昔の家は古く、よく天井などに不可解なしみなぞがついている。

 私は小学校のころ、学校の天井のさまざまなしみが巨大な妖怪を思わせるような図になっていて、毎日授業中天井をながめてさまざまな幻想な抱いたものだが、昔の人にもそういう想いを抱いたものがあるとみえて、「天井なめ」というお化けを考えている。「天井なめ」は、誰もいなくなった夜とか、授業が終ってシーンとした学校なぞに、どこからともなく現われて不可解なしみをくっつけるのだ。

■これほど神社とか寺の奇妙なフンイキを表現しているものはない

 子供の時(お化けを体験するのは子供でないとダメだというのは、なんとなくボンヤリ、ポケットに手を入れてあるくのがコツだからである)、誰もいない神社なぞあるいていると、どこからともなくパラパラと砂が落ちてきて、木の葉にあたる音がすることがある。おどろいてふりむいてみてもなんにもいない、といったおかしな感じのすることがよくある(もっとも、いまの子供のようにシケンシケンで、ある目的をもって一日一日をすごしているようなイソガシイ子供には体験できないことだろうが……)。なんだろう、私は目的のない散歩をしながらよく考えたものだ。

 それは「砂かけ婆」のしわざである、と『百鬼夜行』に書いてあった。よく神社とか寺の静かなところでいきなり砂や小石をまく、びっくりしてみるがなにもいない、とある。これほど神社とか寺の奇妙なフンイキを表現しているものはない、昔の人も同じ感じをもっていたんだなあ、と思った。

■「みの火」「くらべ火」火の妖怪の正体は?

 よく妖怪とかお化けの本をみていると、火の妖怪が出てくる。私は鬼火すらみたこともないから、「みの火」とか「くらべ火」とか「なになに火」とか書いてあっても分らなかったが、ある時「みの火」というみのに着く妖怪の正体が分った。朝、みのを着て畠にゆく時に、みのにたまった露が朝日にあたってキラッと光る。それがある角度になるとダイヤモンドのように光る。なるほどこれを「みの火」というのだなあ、と5年ぶりに分ったのである。

 また東北を旅していた時、夕方に稲束に火をつけて焼いているのをみた。広い田で束に火をつけたのを投げるさまをみていると、火だけが近くにみえ、しまいには火だけがさまざまな形で踊っているようにみえた。なるほど、こういうのをみて昔の人はいろいろな火の妖怪を考えたのだなあ、と思った。

 といったぐあいに、私は真面目に妖怪を考えている。政治家の発言を借りれば、いわゆる前むきの姿勢で対しているのだ。

 なんとなれば、ソレがあるからには何らかの理由があるからだ。

(水木 しげる)

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