「スチュワーデスになりたい」IKKOさんが“自分は女性だ”と気づいた小学1年のとき

「スチュワーデスになりたい」IKKOさんが“自分は女性だ”と気づいた小学1年のとき

IKKOさん

『どんだけ〜』のギャグも健在で、バラエティ番組を中心に再ブレイクしている美容家IKKOさん。

 美容とテレビ、2つの世界で活躍するIKKOさんはどんな番組を見て育ったのだろうか。話を聞いていくとIKKOさんの「美しいものへのこだわり」のルーツが見えてきた。(全3回の1回目/ #2 、 #3 へ続く)

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■「スチュワーデスになりたい」「男だからなれないわよ」

―― 子供の頃、テレビは好きでしたか?

IKKO ちっちゃい頃はすごいテレビっ子だったと思う。幼少期、私を形成したのは、まずは「スポ根」ですね。『アタックNo.1』、『サインはV』。スポーツはどっちかって言うと苦手なんだけど、テレビを通して「エックス攻撃」や「回転レシーブ」を見たときにびっくりしたの。女子がスポーツに打ち込んでいる姿を見るのが好きだった。その後、『アテンションプリーズ』というスチュワーデス、いまでいうキャビンアテンダントのドラマに惹かれました。

―― どういうところに?

IKKO とにかく制服が良かったんですよ。JALが昭和45年にジャンボを導入したときに、一気に変わったんです。ドラマでもその制服を着ていて、濃紺の色に、ミニスカート、朱色のスカーフ……髪形も制服にきっちり合わせて。すごく高級に見えて、「世界のJAL」になりましたよね。あの帽子をどういうふうに作ったら、ああいう溝ができたり、立体感が生まれていくんだろう。どういう素材で、どういう軽さでって、どんどん知りたくなって。それで「スチュワーデスになりたい」って思ってました。

―― その頃から自分は女性だという意識があったんですか。

IKKO 物心ついた小学校1年生の頃にはもう思っていました。でも一番上の姉に「あなたは男だからこの制服、着られないわよ」って。

―― ご兄弟は?

IKKO 姉、姉、私、妹という女4人きょうだいです。それでその姉はその後、全日空の客室乗務員になるんですけど。「男だからなれない」と言われたときはショックでしたね。自分が望んでこういうふうになったわけじゃないのに世の中は残酷だなと思った。私の意図とは違う方向で、ずっと生きてきたわけでしょう。親戚からのお土産なんかも、私はプラモデル、姉たちはバービーちゃん、リカちゃん。洋服だって、姉たちはきれいなお洋服、私は半ズボン。なんで私は、欲しくもないものをもらわなきゃいけないんだろうって。

■小3で銀座のクラブのホステスにも憧れた

―― 学校ではどのようにすごしていたんですか。

IKKO 小2くらいまでは天真爛漫なタイプだったんです。でも後輩たちからオカマ、女男(おんなおとこ)、気持ち悪いみたいに言われて、ケラケラ笑われる。当時は「オカマ」って言葉で汚いものを私が背負って生きているような感覚にとらわれてイヤでした。

 だから1人になればこういう言葉も聞かなくてすむのかなって思って、人との関係を避けて、自分の中に閉じこもるようになってしまいました。

―― 当時は、テレビも今より性的マイノリティの方に対して差別的でした。

IKKO その頃は「シスターボーイ」なんて呼ばれ方をしてましたね。自分が女として生きていきたいだけなのに、私みたいな者は夜の商売しか生息地がないのかなって、思う時期もありましたね。そうそう、学生時代に夢中になったドラマが『ぬかるみの女』。博多の中洲のクラブで働いている主人公が、大阪のミナミに移って、最終的には銀座に店を出すっていう話。脚本を書いた花登筺(はなと・こばこ)さんのシリーズはすごい好きだった。女が耐えて、耐えて、耐えて、創意工夫でのし上がっていく。『ぬかるみの女』では三つ指ついて、「お帰りなさいませ」みたいな所作が美しくて、そういうシーンが鮮明に残ってますね。

 じつは小学3年生のころから銀座のクラブのホステスや芸者にもなりたかった。女じゃないから無理なんだけど。とにかく綺麗なものが好きだったんです。日本髪を結って、舞いを舞って、いつも美しい着物を着て。高級クラブのきらびやかなインテリアの中で、政財界の人たちを相手にして。そういう世界が素敵だなって。

―― 小学校中学年で! 早熟ですね。

IKKO その頃は『ウィークエンダー』(日テレ系、夜のワイドショー)とかも好きでしたよ。お母さんが「見ちゃいけない」って言うから、それは見たくなるじゃない(笑)。アニメも大好きでした。『魔法使いサリー』、『魔法のマコちゃん』、『ひみつのアッコちゃん』から『アルプスの少女ハイジ』。それと『私のあしながおじさん』。『トム・ソーヤーの冒険』も好きだった。

 それに歌番組ものめりこんでました。『ロッテ歌のアルバム』をずっとね、日曜日に見てたでしょう。『ザ・ベストテン』、『ザ・トップテン』、あとは『夜のヒットスタジオ』、『紅白歌のベストテン』……全部、見てましたね。

■生まれて初めて買ったレコードは「また逢う日まで」

―― どんな歌手がお好きだったんですか。

IKKO 生まれて初めて買ったレコードは、尾崎紀世彦さんの「また逢う日まで」。ちあきなおみさんも好きだった。「喝采」とかね。いしだあゆみさんの「ブルー・ライト・ヨコハマ」、黛ジュンさんの「天使の誘惑」。もう毎日たくさん聴いてました。“大人の世界”に憧れてたんです。

 お色気系も好きで辺見マリさんの「経験」、山本リンダさんの「どうにもとまらない」、夏木マリさんの「絹の靴下」……。男性歌手でいうと最初は西城秀樹さんが好きで、「私鉄沿線」の頃になると野口五郎さん。で、いま見ると、やっぱり郷ひろみさんがいいなって(笑)。

―― ドラマはその後も見ていたんですか。

IKKO ずっと見てました。石立鉄男さんの『雑居時代』、岡崎友紀さんの『おくさまは18歳』、中村雅俊さんの『俺たちの旅』、中山美穂さんがやったちょっとエッチな『毎度おさわがせします』。ああいうテイストも好きだった。あと、『教師びんびん物語』ね!

―― すごい。どんどん出てきますね(笑)。

IKKO あ、これは絶対書いておいて。私が多大な影響を受けたのは橋田(壽賀子)先生が書いた泉ピン子さんの『おんなは一生懸命』。私にすごい勇気をくれた。芸人への夢を追いかける泉ピン子さんの半生がモデルなんだけど、本当に苦労して苦労して報われていく話。橋田先生のドラマは『道』とか『大家族』も好き。そうそう『道』に『スター誕生!』出身の豊田清って歌手が出てたの。私も本名が豊田だから好きでしたね(笑)。

■IKKOさんが美容師になろうと思ったのは?

―― 『おんなは一生懸命』のようなドラマを見るときはご自身を主人公に重ねる感じですか。

IKKO いろんなことが人生にはあるけども、成功してる人たちは、自分に起きている境遇を「苦しい、苦しい」「いやだ、いやだ」とかっていうふうに生きていないじゃないですか。苦しくても一度受け入れて、強く生きていってるでしょう。私はそういう女の人が好きなのよ。だからドラマから、女としての勇気をいただく感じ。うちは女きょうだいだから、年齢行っても女同士。そういうテレビを見て、自分がいいと思ったところ、こういう生き方もあるんだと思ったものに導かれるところがある。人生の引き出しの中にしっかりと入れていきたい。そういう感じで見てましたね。

―― そんなテレビっ子だったIKKOさんが美容師になろうと思ったのはなぜですか。

IKKO 自分が女性としてスチュワーデスになれないのなら、女の人を綺麗にしてあげられる美容師になろうと思ったんです。「いい大学へ行って、いい会社へ入って、何歳ぐらいで結婚して」、そんな親が望むようなレールを進むのは、私の体では無理だって思っていたから、大学に進学するっていう考えはなかった。それで美容学校に進んだんです。

―― 美容の世界は肌にあったんでしょうか。

IKKO ここは私の生きていける道なんだっていうような実感がありましたね。学校を卒業して、19歳で上京して、最初は横浜・元町のヘアーサロンに入るんですけど、その8年間は涙、涙でした。一軒家で美容師の先生・先輩たちと共同生活だったんです。そこで最初に言われたのは「あなたには、今日はご飯ないのよ。今日来て、仕事を何もやっていないでしょう。もう社会人になったんだから、ただ1日終えただけであなたにご飯が出ると思っちゃだめよ」と。仕事のことはもちろん、ご飯を食べるスピードから何から何までそれはもう厳しかった。でも今はあの時代がなかったら、私はその後ダメになっていたかもと感謝しています。

 そうそう、そんな厳しい生活の中でもやっぱりテレビが見たくなって、入って3カ月ぐらいでダイエーにテレビを買いに行ったのはよく覚えてる(笑)。

(#2へ続く)
写真=宮ア貢司

◆#2 IKKOさんが語る“テレビ界の恩人”「死化粧のとき、逸見政孝さんの目から一筋の涙が……」
https://bunshun.jp/articles/-/13539
◆#3 『どんだけ〜』IKKOさんの“許す力”「チョコプラ松尾ちゃんには感謝しかないの」
https://bunshun.jp/articles/-/13541

IKKO/1962年生まれ、福岡県出身。横浜・元町の美容室で8年間修業した後、1992年に「アトリエIKKO」を設立。「女優メイク」と呼ばれる独自のヘアメーク術で、テレビ、雑誌、舞台など幅広く活躍する。2003年「ジャスト」(TBS系)に出演し、テレビデビュー。「おネエ★MANS」(日本テレビ系)などにレギュラー出演。2007年「どんだけ〜」が新語・流行語大賞にノミネートされる。

IKKOさんが語る“テレビ界の恩人”「死化粧のとき、逸見政孝さんの目から一筋の涙が……」 へ続く

(てれびのスキマ)

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