二岡智宏監督に会いに富山へ 野球好きの少年がそこにいた

二岡智宏監督に会いに富山へ 野球好きの少年がそこにいた

ドラえもんのモニュメント ©斉藤こずゑ

 高岡の駅に着くとドラえもんのモニュメントが迎えてくれた。藤子・F・不二雄さんの出身地、1933年(昭和8年)に高岡に誕生されたそうだ。ギャラリーもあるとか。タイミングよく、ドラえもんデザインの市電も走って来た。富山に到着して少し緊張していた私の気持ちをドラえもんと仲間たちが和らげてくれた。そうなのです、二岡智宏さんに会う時はいつもちょっと緊張するのです。

 現役の頃は一度も直接話をしたことはない。2009年のトレードでジャイアンツからファイターズに移籍したばかりの頃の二岡選手は私にとっては近寄りがたい存在で、そのオーラは「話しかけないで」という合図にも当時は感じた。

 2013年の引退後、ジャイアンツの国際部に所属しながら野球解説者もされていた時に、初めてラジオの放送上で話をした。何か言葉を間違えれば機嫌を損なうのではと気を張った。やっぱりうまく話がかみ合わなかった。でも、後で聞けば、あちらもラジオ独特の互いに顔が見えない放送席とスタジオとの掛け合いに戸惑っていたそうだ。

 その後、数をこなし、今ではお互いの会話の雰囲気に慣れてそんなことはなくなったけれど、ファーストインプレッションというのは強烈なもので、会う度に最初はピシッと緊張する。

■自分のことは自分で 二岡監督の富山での生活

 その二岡さんが富山に行くという。知ったのは去年の秋の終わり。昨シーズン限りでジャイアンツのコーチを退任されたので、また解説やトークショーで御一緒出来るかと思っていたのに富山に行くという。聞けば、国際部の頃にBCリーグを視察する機会もあってその頃から興味を持っていたとか。そして、さらにその後の3年のコーチ経験で指導する楽しみを知り、チーム全体を統括してみたいという思いも大きくなったそうだ。独立リーグはスタッフも少ないので、監督となればチーム全体を見ることになる。自らBCリーグに連絡を取り、一人で富山に足を運び、施設を見学し、決断。富山GRNサンダーバーズの二岡智宏監督の誕生。

 監督と言ってもマネージャーが付くわけもなく自分のことは選手と同じように自分でやらなければならない。練習から一人何役もこなし、試合中は一塁に三塁にコーチャーにつく。ベンチにいる暇はない。ほぼ初めての一人暮らしも高岡市で始めている。後片付けが面倒という理由で手を出さなかった夜の自炊も、この頃では楽しんでいるとスマホの画像を見せてくれた。パスタに餃子、サラダに汁物まで。冷凍品もお惣菜もきちんと別皿に盛りなおしてあるのが素晴らしい。奥様に報告するために時々撮影しているそうだ。因みにランチはほとんどコンビニのおにぎり。グラウンドに行く途中で買っていく。好きな具は1位から、明太子・梅・鮭。「野球人生で一番質素なお昼ご飯」と笑う。

 ずっと行きたいと思っていたけれど、なかなかスケジュールが合わず、シーズンギリギリのところで今回やっと富山に行くことが出来た。私が行った9月1日(日)は県営富山野球場で試合、相手は石川ミリオンスターズ。監督は元・ファイターズ投手の武田勝さん。現役のころから二岡さんと勝さんは仲が良く、この日もツーショットをお願いしたらスペシャルな一枚を戴けた。この2チームの試合は、監督同士のじゃれあいもファンの楽しみのひとつ。試合前のメンバー表交換だって見逃せない。

 BCリーグは全国的にはどうしても監督が一番の有名人となる。チームの収入になるグッズの売り上げもダントツだそうで、こんなタオルまで作られている。因みに福井のミラクルエレファンツの田中雅彦監督は二岡監督の近畿大学の後輩。野球界はこんな風にいろいろ繋がっています。

■「知らないことが多くて勿体ない選手がたくさんいる」

 そしてもう一人、富山には乾真大投手がいる。2010年ドラフト3位でファイターズに入団、2016年にトレードでジャイアンツへ。昨年からサンダーバーズに所属し、今年は二岡監督からの要望でコーチも兼任している。よく日に焼けた乾投手の表情はとても明るかった。NPB復帰を目指す彼からこんな言葉が聞けた。

「今は上手くなる気しかしないんです」

 NPBを離れてからは、練習でも試合でも自分で考えることが増えた。自分で必死に頭を使わないと前に進めない。実際、久しぶりに乾投手のピッチングを見た二岡監督が「どうした?」と聞くぐらいレベルが上がっている、それを自分自身でも感じているという。因みに乾投手のおにぎりナンバー3は、こんぶ・梅・鮭です。

 NPB復帰を乾投手が口にするように、二岡監督も一番に重きを置いているのは人材育成。NPBにどれだけ選手を送り込むことが出来るか。

「最初の頃は、試合後のミーティングで私が指摘やアドバイスをすると怒られているという雰囲気に選手たちがなっていた」

 それは容易に想像が出来る。だって目の前に「二岡智宏」さんですから。でも、それではいけないと自分から声をかけて外国人選手も含め全員と個別に食事に行き、直にコミュニケーションを取ったそうだ。今ではもうすっかり壁はなくなり、監督の部屋に選手が野球談議にくることだってあるという。

「知らないことが多くて勿体ない選手がたくさんいる」

 この言葉は選手だけじゃなく、応援している人たちにも響く。

 富山主催のゲームではスタメン発表の時に、ジグソーの「スカイ・ハイ」が流れる。二岡選手の登場曲が、いまはこんな形で北陸で鳴り響いている。今年もドラフトが近づいている。去年はサンダーバーズから湯浅京己投手がタイガース6巡目、海老原一佳選手がファイターズの育成1巡目で指名された。「スカイ・ハイ」に送られてNPBの門をくぐる選手は誰なのか、楽しみだ。

 同じ野球でも環境は様々。基本、どこで試合があっても日帰り。自分たちのことは自分たちで。食事も自ら調達し、ユニフォームの洗濯も自分、選手の多くは生活の為にオフには別の職業に就く、それがBCリーグ。学生の頃から恵まれた環境を当たり前に過ごして来た人にとってはどうなのかと心配してしまう。

 大変ですよね? 問う私に二岡監督は少し笑って「まー、そうだねー」と答えた。

 でも、それよりも野球が好きの思いの方が勝っちゃうんですか? 続けて問う私に、二岡監督は今まで会った中で一番の少年の顔をした。くしゃくしゃっと青空の下で笑ったあの表情をきっと私はずっと忘れない。

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(斉藤 こずゑ)

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