選手主導のスローガン「一生残る、一瞬のために。」 ベイスターズは優勝しか目指さない

選手主導のスローガン「一生残る、一瞬のために。」 ベイスターズは優勝しか目指さない

9月4日の阪神戦でサヨナラ本塁打を放った筒香嘉智

 茜空には赤とんぼ、夜に鈴虫の音。マクドナルドに月見バーガーが出てくると、横浜には“追い込みスローガン”の季節がやってくる。

 ペナントレース残り1カ月のタイミングでやってくるこの追い込みスローガン。過去2年。2017年「OUR TIME IS N.O.W.」(すべては、この時のために)2018年「VICTORY is within US.  熱く、熱く、立ち上がる。」とやってきては選手とファンのモチベーションをガガガと上げて一体感を生み出してきたDeNAが誇る言葉と映像の最終兵器。

 8月30日。今年のそれは、「一生残る、一瞬のために。」に決定した。

 あれ? 今年は英語じゃない。横浜ナメたらタダじゃ済まさない感じじゃなくない? と疑問に思ったら、もちろん今年もあります。球団発のスローガン動画。文春オンラインの方は下の動画へ、外部サイトの方は「一生残る、一瞬のために。」で検索、さぁどうぞ。

 今年は例年にも増して、エモい動画である。裏側ではこんな事が行われていたなんて、改めてこれぞ現代版「プロ野球を10倍楽しく見る方法」だと思うほど、違った意味でのエモやんぶりである。

■“言葉の意味を皆で共有するため”に作ったVTR

 この動画を作成した、ベンチ裏の選手の姿を追い続けている球団スタッフは言う。

「今年のスローガンは過去2年の球団側から発信したものとは違い、選手主導で起きたものに球団が乗っからせて貰ったということで意味がまったく違います。筒香選手と石田選手会長を中心にして、本当にみんなで考えて言葉を手作りしていきました。それぐらいこの言葉には選手たちの本気度が詰まっていると思います」

 確かに、このスローガンは、過去のそれと比べたら、ちょっと毛色が違う。選手の中から湧き出て来たそのままの言葉というか、学校の卒業文集のタイトルにも似た生々しさがあって、裏方さんも含めたチーム全員の名前が入ったTシャツを着ることも含め、筒香キャプテンが言う「この一瞬を逃したら、もう一生戻ってこない」という“今”に対する執着を、より強く感じ取れるというもの。

「8月30日の試合前に選手全員に見て貰ったVTRは筒香選手から頼まれてお手伝いさせてもらったものです。2年前にも筒香選手のオーダーで選手に見せるためのモチベーションVTRを作りましたが、今回は“言葉の意味を皆で共有するため”に作ったという側面が強いです。プレイヤーとして“何故自分たちがこの場所に立てているのか”、支えてくれた人たちへの感謝であり、ここまで来るまでにやってきたもの。そんな自分たちの原点を確認するということですね」

 そんな動画の中で、特に印象に残る一節があった。

「ここに立てているのは俺たちだけだろ?
 立ちたくても立てない
 信じてくれているみんなのために。
 残り一カ月、俺たちにしかできないことをやろう」

“立ちたくても立てない信じてくれるみんな”

 それはきっと、ファンであり裏方さんであり、関係者でありなのであろうが、言葉を反芻しているうちに、どうしても浮かんでくるのは、この夏の横須賀の風景だった。

■真夏の横須賀で汗を流す17年の主力選手たち

 梶谷隆幸、倉本寿彦、桑原将志、戸柱恭孝。

 2017年日本シリーズを戦った時の主力選手たち。昨年から出場機会を減らし、この夏のはじまりに二軍で汗を流す彼らの姿を見た。

 本来ならレギュラーでバリバリに試合に出ているはずの彼らが、真夏の横須賀のグラウンドで黙々と練習に取り組んでいた。表情は表向きこそ明るいが、置かれた境遇を思えば心中穏やかでないのは明らかだった。

「やっぱり試合に出たいです。ずっと身体の調子はいいので、気持ちは切らさないように、やるべきことをやって、いつ呼ばれてもいいように準備はできています」

 6月に二軍落ちして以来一軍から呼ばれていない倉本は、それでもチーム屈指の練習量は変わらずに、毎日室内練習場でその日に備えて打ち込む姿があった。

 それは梶谷も戸柱も桑原も同じだ。それぞれに「勝負の年」と挑んだこのシーズンも、序盤で思うような結果を残せず、それぞれが横須賀にいることを強いられた。2年前まではほぼ全試合に出場していた中堅以上のプレーヤーだ。一般の世界に置き換えたとて「腐るな」と言う方が難しい話だろう。だからこそ、いつもと同じように準備を続ける彼らの姿勢に、なんというか、本物のプロの凄味というやつを感じずにはいられなかったのである。

 奇しくも春のキャンプの時に桑原がスローガンと同じようなことを言っていたことを思い出す。

「試合に出てもベンチでも、どんな時でも一生懸命。今できること、今しかできないことを悔いを残さないようにやるだけです。人間、悪くなった時が本当の姿だと思うんです。その時に何ができるかですよ。僕は結果が出ないと顕著に落ち込んでしまう姿が出てしまうのが弱いところです。どんな境遇に置かれても一生懸命やること。その気持ちだけです」

 プロの選手の戦いは一軍のグラウンドで戦うだけじゃない。たとえそれが二軍に置かれて試合に出られないしんどい状況でも、気持ちをコントロールしながらその舞台に立つ日に備える。それは口で言うほど簡単なことじゃない。インタビューを見たってそうだ。若い頃はムラッ気が多かった人も、落ち込む姿が目についた人も、人間として大きく成長しているんだろう。すごいよね。並の人間なら絶対に腐るよ。

■未来なんてしゃらくさいのだ

 その後、彼らは一軍へ帰ってきた。思えば4月の10連敗直後に一軍初昇格を果たした石川雄洋も即スタメンで決勝本塁打を放っていたが、腐らずに準備をしてきたってことだ。戸柱は、嶺井と併用ながら主戦捕手として現在の投手陣を引っ張り、一軍復帰即スタメンで起用された梶谷はいきなり本塁打を放つと、ここまで11試合で3割5分5厘3本塁打。桑原は現在再び二軍に戻ってしまったが、8月10日の延長10回に送りバントで出塁すると乙坂の犠牲フライでサヨナラのホームを踏んだあの懸命な激走は見る者の心に何かを残してくれた。そして倉本も“一生残る、一瞬のために。”のスローガンが発表されたその日に念願の一軍昇格を果たしている。こっからだ。

 総力戦となる残り1カ月。戦列を離れていた三上や伊藤光らは間もなく合流できるようだ。鮮烈なデビューを飾った伊藤裕季也ら若手だっている。今や8番ピッチャーは朝メシ前。2番サード筒香だってやってのけるラミレス監督の頭の中は、おそらく物凄いデータや相性の組み合わせや、2年前の短期決戦の鬼モードと化したあらゆるフィーリングが溢れているに違いない。

 これまで以上にシビアになる状況の中で、試合に出る選手もいれば、一軍のグラウンドに立ちたくても立てない選手もいるだろう。誰が選ばれてその場所に立っているのか、その先の未来のことは誰にもわからない。ただ、その場所に立つために、今の準備を怠っているものはいないと感じる。

 この1年間、ベンチ裏で選手の生の姿を撮り続けていた球団スタッフはいう。

「選手たちはこの1年間、あの10連敗の時だって、諦めてしまうような人は誰一人いませんでした。ずっと本気なんですよ。映像を撮りながらいつも、そんな選手の本気の姿を少しでも知ってほしい。本当にいいチームだと思うんです」

 未来なんてしゃらくさいのだ。来年の今、誰がどこにいるのかなんてわからない。来季のベイスターズがどうなっているかなんてわからない。目の前だ。巨人までたったの2.5ゲーム。今だ、今のチームが最高なのだ。今という一瞬を全力で生きてこそ、未来はつながっていく。そして、そこに立てなかったものの思いは、勝つということでしか、納得させることができない。だから勝て。勝ってくれ。この一瞬を逃したらもう二度と戻ってこない今。今日この試合を全力で勝ってくれ。おじさんも今日から2017年のCSの時と同じ、縁起担いで毎日クジラカツを食べることにした。命がけだよ!

◆ ◆ ◆

※「文春野球コラム ペナントレース2019」実施中。コラムがおもしろいと思ったらオリジナルサイト https://bunshun.jp/articles/13686 でHITボタンを押してください。

(ベイスターズおじさん)

関連記事(外部サイト)