わが街に新井さんがやってきた 鶴瓶師匠とぶっつけ本番旅に行けるのはファイターズなら誰だろう

わが街に新井さんがやってきた 鶴瓶師匠とぶっつけ本番旅に行けるのはファイターズなら誰だろう

「北広島」という地名に興味があった新井さん ©文藝春秋

 皆様は「鶴瓶の家族に乾杯」という番組をご覧になっているでしょうか。NHKで月曜の夜に放送されているあれです。笑福亭鶴瓶さんとゲストの著名人が、ゲストの選んだ町へ出かけて地元の人と触れ合うという番組。ゲストはNHKの番組に出演している俳優さんなどの場合が多く、ドラマにもバラエティにもあんまり詳しくない私としては適当に流し見ということがほとんどなのですが、先週9月2日の放送は別でした。

 というのはゲストが珍しくもプロ野球関係者、新井貴浩さんだったのです。そして彼の選んだ行き先は、何と北海道北広島市!

 はい、私の居住地なのでございます。

 まあ人口6万人足らずの割には無駄に面積の広いところなので、番組ロケ隊の動き回った範囲と私の行動範囲とは全くかすりもしていなかったのではありますが、通常の回とはやはり視聴の際の心持ちは全く違ってまいります。

 いや、しかしこの番組、ほんとに「ぶっつけ本番の旅」なんだなあと改めて実感致しました。町歩き系の番組に出演するのは初めてだという新井さん、ここに来たかった理由は「北広島」という地名それ自体。広島県で生まれて育った身として、昔からとても興味があった……まではいいんですが、それで現地に着いたらまずどうするというのを全然決めてない。市役所とか図書館とか、地名について、また広島県からの入植者について、詳しいことの判りそうな場所に行ってみようかというのも思いつかない。結局そこらへんの情報は番組スタッフがVTRを作ってました(声の出演は落合福嗣さん!)。北広島市の歴史は明治17年(1884年)に広島県から100人ほどが入植したのが始まりです。広島村から広島町になり、そして1996年から北広島市となりました。余談ですが道内の市町村名では伊達市とか新十津川町とかもそういう経緯での命名です。余談終わり。

 さて最近の北広島市といえば、何といってもファイターズの新球場建設が最大の話題。新井さんも野球人ですから、そうだ建設予定地を見に行こう、と勇んで出かけて行くものの、当たり前ですが人はいません。着工してからなら別ですが、今はまだ全くただの野っ原です。路傍で途方に暮れる新井さん。ほんとにもう(で、これも結局スタジオでファイターズ制作の完成イメージ映像を観たのでした)。

 そもそも、平日真っ昼間の住宅地で人に出会おうというのがかなりの無理筋なんです。それでもどうにか、何人かと話すことはできてましたよ。禿頭の鶴瓶さんを見て最初「老人会か何かかと思った」という率直な奥さんとか、「野球選手はあぶく銭でだらしない生活してそう」「芸能人はすぐハワイなんか行きたがって」と元野球選手と芸能人を前にして公言するじいちゃんとかと。ハワイ好きの鶴瓶さんはそのあと、ハワイが大好きだというご夫婦に会えて快哉を叫んでおりました。

 大笑いしながら観ているうちに、昔はもう少し野球関係者の出演も多かった筈と思い出し、ちょっとネット検索して数えてみました。番組開始当初からずっと、1年に1回くらいは野球界の人が出ていたんですね。宮本和知さんや佐々木主浩さんなど、複数回の出演がある人もいます。ただ、2012年10月の川藤幸三さん2回目の出演のあとは、昨年9月の三浦大輔さんまで実に6年の空白です。

 更に気付いてしまったのが、延べ15人の野球関係ゲストのうちパ・リーグ出身は村田兆治さんただ一人だったことでした。なるほどなあー……そういう時代だったんですねえ、ずっと。長嶋一茂さんはいる、古田敦也さんもいる、でも福本豊さんも山田久志さんも東尾修さんも呼ばれてません。

■ファイターズは誰なら呼んでもらえるだろうか

 で、ふと思った訳です。もしもこれから先、プロ野球選手、元選手の出演が復活したとして。今ならパ・リーグの人ももっと呼んでもらえるかなあ。ファイターズは誰ならあるだろう。

 これ全国放送という点がネックになるんですよね。北海道に移転して地域密着路線で行くこと十数年、道内でなら知名度あります。現役最終年に最後の応援大使企画で羽幌町に行った武田勝はサプライズ訪問した高校で黄色い大歓声を浴びておりました。いきなり現れた小柄なおじさんがファイターズの武田勝であると高校生達がすぐ判る、そしてその事実に興奮してワーワーキャーキャーの大騒ぎとなる。そういう存在感なのです。

 ただし全国レベルとなるとそうはいきますまい。文春野球北海道日本ハムチームえのきどいちろう監督のかつての言を借りるならば、《1万円札の選手が日ハムにはいないんです。ウチは、合計額なら1万円あるんだけど、全部千円札という感じですから》(「週刊プレイボーイ」2006年10月9日号)なんですよねえ。栗山英樹監督ならば知名度はそこそこありそうですが、それはどこまでファイターズの監督としてのものなのか怪しいところです。「あっ『熱闘甲子園』観てましたよ!」とか言われたりするんじゃないでしょうか。

 とまあ厳密に見ていったら何だか該当者は一人もいなくなりそうだったので、実現可能性は取り敢えず棚上げとして「町歩き系番組の適性」だけを考えることにしました。初めて行った場所で、通りすがりの見知らぬ人と、物おじせずに話が弾みそうなのは誰か、ということです。人見知りしない、人なつっこいタイプが望ましい。

 ここでファイターズのオフィシャルマガジン「FORTE」9月号を見てみましょう。連載「母が語る」に杉谷拳士のご母堂である真寿美さんが登場しています。昔の拳士少年は一体どんな子供だったのかというと。

《性格は明るくて、人見知りもしない。通学中に見知らぬ男性と話し込んでいて、「お友達のお父さん?」と聞くと「いつもこの時間にすれ違う人だよ!」って。よくすれ違う人とも仲良くなっちゃうんです。15分くらい電話で話してると思ったら、間違い電話だったこともありました(笑)》

 うってつけの人がいました、ここに! これは筋金入りですねえ。まさに栴檀は双葉より芳し。「うるさい選手」「明るい選手」としてファイターズファンの間のみならず広く球界に勇名を轟かせている彼ですが、実は時々、無理して陽気に振舞ってるんじゃなければいいけれど、なんて思うこともありました。どうやら全くの杞憂であった模様です。あー心配して損したっ。

 全国のお茶の間をお騒がせするのはまだ無理でも、道内のお茶の間ならいけますよね。地元ローカル局各位、シーズンオフ企画にいかがでしょう。杉谷拳士の町歩き!

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(青空百景)

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