埼玉西武・若獅子リョウさんが身をもって教える「人生がときめく美しき戦力外の作法」

埼玉西武・若獅子リョウさんが身をもって教える「人生がときめく美しき戦力外の作法」

9月11日の試合で今季初打点を挙げた鳥谷敬

 別れには作法があります。当事者間だけであればメールで一方的に……ということでも通じるのでしょうが、相思相愛で「契り」を交わした間柄であるならば、そこには一定の段取りが必要です。いつの間にか息子夫婦や娘夫婦が離婚していたらビックリしますよね。ご両親だって「また勝手なことして」と愚痴くらい言いますよね。

 たとえば阪神の鳥谷敬さん。

 他人事ではありますが、あの別れ方はナイと思います。鳥谷さんは自由獲得枠での相思相愛の入団から、阪神一筋で生きぬいてきたミスター・タイガースの系譜に連なる選手のはず。阪神一筋での2000試合出場、2000本安打、1000四球。幾多の記録を作り、選手会長・主将を歴任してきました。このクラスの選手との別れは選手・球団という当人同士だけでなく、ファンという「親」からの赦しとともに笑顔で迎えるべきもの。義理の親であっても15年も一緒にいれば親子の情がわきます。それを無視されれば、憤りもします。どうなってるんだ、と。

※これから1600字ほど阪神の話がつづきますが、自分のところのベテランに置き換えて読んでやってください。

■美しい別れの条件は「理由」「安心」「未来」

 美しい別れには「理由」と「安心」と「未来」が必要です。

 まず納得できる「理由」。プロ野球選手にとってのそれは「チカラがなくなった」です。もちろん野球賭博とか盗んだバットを売り飛ばすとかチカラとは関係ない理由での別れもあるでしょうが、第一にはチカラ。しかるに鳥谷さんは、昨季・今季の成績は確かに低調ですが、2017年は全試合に出場して打率.293、143安打を放っています。OPSでも.767と十分にチカラが認められる数字。4億円はちと高いかもしれませんが一流の成績です。2018年、よくなかった。2019年、ダメだった。なるほどチカラの衰えはあるにせよ、これまでの長く連続した活躍を思えば、「話は3年見てから」でしょう。

 だって、2年目の不振で進退の話になるというのは、「1シーズンの不振で潮時と感じ」「2シーズンの不振で決断する」というスピード感じゃないですか。それはタダの1シーズンも不振を許さないという意味ですよね。1シーズンの不振は「不問」。2シーズン連続して「不安」。3シーズン不振が連続して初めて「不満」となり、これからどうするかという話を切り出すのが「ミスター」への最低限の礼儀でしょう。

 つまり、2018年・2019年とつづいた不振を受けて「来季は気張らなアカンぞ。頼むぞ」という不安を表明し、2020年のチカラを見て「どや、次のステップを考えてもいい頃やないか」と切り出すのがあるべき姿勢。そして、もしもそこで本人が現役を続行したいと言うのなら、功労者への退職金代わりに「泣きの1シーズン」を贈るのです。右手には「オススメのセカンドキャリア」、左手には「泣きの1シーズン」を握り、好きなほうを選ばせる……それが「ミスター」との別れを迎える作法だと僕は思います。4年、ミスターは最大で4年待つ。そういう球団を僕ならば愛したい。

 別れにあたっての「安心」がないことも美しさを欠く点です。野球で言えば、それは世代交代です。別の人と結婚の誓いを立てて切り出される離婚のように、「もっとイイ選手がいるのでベテランが去っても不安はない」のなら、別れは仕方ないことです。

 鳥谷さんが近年守っていたサードは、大山悠輔さんが占めようか……というポジションです。ただ、「春の大山」をピークに下降線をたどり、打順を下げている状況。夏の終わりにはスタメンから外されたほどで、9月12日に放った13号本塁打は約1ヶ月ぶりのもの。鳥谷さんが意欲を見せるショート、あるいはセカンドあたりも木浪聖也さんと糸原健斗さんがリードしつつも「定位置を争っている」最中であり、状況はまだまだ揺れています。

 今のままではファンの「鳥谷はまだできるかもしれないような気がすると言えなくもないこともないこともないんじゃないかな、知らんけど」という淡い期待が消えないでしょうし、「鳥谷はもういらない」とも思い切れないというもの。ましてや本人をやです。本人に納得があれば、誰に言われなくとも身を退くでしょう。身を退かないというのは納得していないのです。「ミスター」が納得できないままチームを去るなんてこと、赦されないでしょう。

 そして「未来」のなさ。鳥谷さんが思い描く未来、何もないですよね。鳥谷さんは「阪神で納得するまでやる」ことしか考えずに今を迎えているわけでしょう。だからこそ、2014年オフのFA残留もあったし、そこで結んだ大型契約もあったはずです。その契約が切れると同時に縁も切る。水面下で静かに「鳥谷はもう終わりやな」と思いながら契約切れを待っていたことをうかがわせるその振る舞い。まだ大減俸という手があったじゃないですか。枠は使うかもしれませんが、大減俸で一段刻めたでしょう。一足飛びに「引退勧告」などせずとも。

「これからはコレをやります」と本人が見据える未来があれば、このような幕切れにも、練習後の取材というついでのような場所で退団コメントを発表するなんて事態にもならないのです。「阪神で納得できるまでやる」という唯一の未来を見失った姿。それは離婚はしたけれど行くあてもなく「これからどうしよう」と荷物を抱えるような姿です。長年連れ添った「ミスター」への仕打ちじゃあないでしょう。

※西武の話はこれからしますので、次のページをお待ちください。

■見よ! 「理由」「安心」「未来」を揃え、どうでもいい話題になった旧・若獅子寮さんとの別れを!

 前のページまでの話は、僕がいつか西武球団が功労者に無慈悲な戦力外通告を繰り出したときに言ってやろうと思っている内容なのですが、残念なことにこの20年ほどの間、コレを言ってやるチャンスはありませんでした。だって、球団が功労者に戦力外通告をする前に、選手がとっとと出ていくから……。もぬけの殻の部屋に「役所に出しておいてください」って離婚届が置いてあるから……。

 しかし、言ってやるまでもなく西武球団は別れの作法を心得ているのかなとも思わされました。それを示してくれたのが、40年に及ぶ長きに渡って西武一筋で貢献してくれた若獅子リョウさんとの別れ。「4年待つ」どころか、もうかれこれ20年くらい「いい加減、戦力外にしろ」「近くに自分でアパート借りたい」「住めれば都」と球団の内外から茶化されてきたリョウさんに、西武球団は活躍の場を与えつづけました。そして「理由」「安心」「未来」が万端整った2019年、ようやく「お疲れさん」と肩を叩いたのです。

 理由、老朽化。

 安心、新しいのを建てた。

 未来、取り壊した跡地にサブグラウンドとブルペンを作る。

 以上、完璧です。スパーク・ジョイ!

 それでも僕は、若獅子リョウさんとの別れに最後の最後まで抵抗するレジスタンスとして、「古民家カフェ」のボードを掲げ、戦うつもりでした。内装をリフォームし、ファンが集う古民家カフェとして再生するのであると。出世部屋から半分身を乗り出して「映える」写真を撮るのであると。狭山茶ラテとふわふわライオンズパンケーキをインスタにアップするのであると。カフェで猫とか飼っちゃうのであると。

2016年ドラフト1位・今井達也投手が本日「若獅子寮」に入寮し「この日を楽しみにしていた。1日でも早くチームの勝利のために貢献したい。」とプロへの意気込みを語りました! #seibulions #NPB #ルーキー #入寮 pic.twitter.com/K3xZrROplp

? 埼玉西武ライオンズ (@lions_official) January 6, 2017

#これでも2017年 #昭和モダンに恋をした #若獅子寮のある風景 #出世部屋からコンニチハ #室内はヒ・ミ・ツ #室外機撮影部 #NOベランダNO洗濯 #禁煙ルーム #廃墟好きな人と繋がりたい #ダルマ男子

 しかし、同じ志を持って「それいいね!」「古民家カフェ賛成!」「選手コラボメニューの案を練ります!」と言っていた同志諸君も、跡地がサブグラウンドとブルペンになると聞いた途端「今すぐ壊せ!」と寝返りやがりました。そこには40年間勤め上げた功労者への惜別の想いは一切なく、ただひたすらにブルペンを楽しみにするキラキラした目が輝いていました。

 9月2日、若獅子リョウさんの「肩たたき(※クレーンが壁面をバキバキ叩くの意)」の日。「週刊文春ではあんな記事を出しておいて、どのツラ下げて取材申請を出してくるのか……」でおなじみの媒体『文春野球』の取材者として、僕は西武球団を訪れていました。2ヶ月前、新しい選手寮が完成した日にはテレビカメラも含めて100人以上もの報道陣が集った同じ場所に、この日はわずか10人ほどしか取材者はいません。

 いわゆる「バンキシャ」と呼ばれる人たちの姿。そんな人たちの間にさえ、別れの寂しさや惜別の想いはないようです。優勝争いと次の取材地への飛行機の手配で頭はいっぱい。僕は「みなさんも一緒に古民家……」と言いかけてその言葉を飲み込みます。もう諦めろ、古民家カフェの夢は終わったんだ、ここにはブルペンが建つんだから、と……。

 取材陣を導く西武球団の広報氏は、涙もなく冷徹に仕事をこなしています。取材陣に配られたシートには若獅子リョウさんの簡単なプロフィールと、ともに過ごした仲間たちからのコメントが載っています。出世部屋で過ごした今井達也さん、高橋光成さん、そして長年に渡りリョウさんの戦力外を強く訴えてきた栗山巧さん。彼らは新しい選手寮の快適さ、サブグラウンドとブルペンへの期待感、今後の改修への高揚感をコメントで語ります。見送りには訪れず、紙一枚で。

「え?」

「栗さんはこないの……?」

「そうか、そうだよな……」

「もうみんな、新しい部屋に移ったあとだもんな……」

「前に住んでたアパートの解体、見に行ったりしないもんな……」

■そして、若獅子リョウさんは夏の終わりのセミのように、いつの間にかこの世界から消える

 僕のなかでは「リョウさんお別れの会」の妄想が勝手に膨らんでいました。ファンクラブ会員から選ばれた2000人のマニアと、大報道陣が見守るなかで行なわれる盛大なセレモニー。選手代表として現れた栗山巧さんと中村剛也さんが、バットで壁面に最初の穴を開ける「入刀の儀」で幕開けを告げると、山川穂高さんの「どすこーい」の号令であさま山荘事件みたいな鉄球がリョウさんを破壊していく「解体の儀」へ。一発ごとに2000人のファンがあげる「どすこーい」の声は、こだまとなって秩父山中に響き渡ります。

 あらかたブチ壊したあとは、ファンのみなさんにも一刀ずつバットを振るっていただき、リョウさんを壊していきます。試合でおなじみの電子オルガンは尾崎豊さんの『卒業』を鳴らし、窓ガラスを壊す人々を大いに盛り上げます。メットライフドームから400メートルほどの距離にある尾崎豊さんの墓所からも、風に乗って歌声が聴こえてくるかのようです。

 やがて積み重なる廃材と思い出。後ろ髪引かれる想いを断ち切るように現れたのは愛斗さん、高橋光成さん、藤田航生さんによる花の97年組トリオ。手には煌々と燃えるトーチを掲げ、聖火ランナーとして廃材置き場を目指して走ります。出世部屋跡から身を乗り出す歴代の住人たち。今井達也さん、森友哉さん、松井稼頭央二軍監督らがハイタッチで3人を出迎え、見送ります。

 そしてリョウさんを空にかえす「聖火点灯の儀」へ。思い出を断ち切ることの辛さを分け合うように、3人は同時に「かつてリョウさんだったモノ」に点火します。誰が火をつけたかなんて、もはやどうでもいい。噴き上がる炎は、すべての若獅子たちにとっての青春の残り火です。ここで過ごした日々を胸に刻み、未来へと歩き出すための怪気炎です。その炎で温めた若獅子寮カレーを参列者にふるまい、「メシは美味いね」「ホント、メシは美味いね」「メシが忘れられないよ……」と節目の涙をこぼすのです。

 さようなら、リョウさん――

 ありがとう、リョウさん――

 ……と、なると思っていたのに!!

 取材陣もこなけりゃ、選手もこない!!

 もう完全に「どうでもいいニュース」になっちゃってるじゃないですか!!

 10分で打ち切りというのもヘンな話ですが、何と実はファンも選手も取材陣もこないこのクレーン解体ショーこそが「リョウさんお別れの会」だったのです。取材陣を呼んで、写真を撮らせ、リョウさんの最後を見送るセレモニーがコレだったのです。「解体が始まった」などと時事ニュースみたいに報じられていましたが、違うんです、わざわざみんなで集まった「セレモニー」だったんです。実際は10分ほどで解体ショーは終了し、取材陣もすぐに解散し、大した記事にもならなかったのですが、この取材自体が「お別れの会」だったのです。

 セレモニーをやってみてわかったのは、そこには何の需要もなかったということ。

 セミの死体が転がる道を歩きながら、僕はもう本当に終わったんだなと噛み締めていました。リョウさんを惜しむ声や、別れの寂しさは本当にもうどこにもないのだと。夏が終わればセミがどこかに消えるように、「いつの間にかどこかに消えている」程度の存在なのだと。こういう存在になったとき、戦力外というのは美しく完成するのだと思いました。騒がれる戦力外通告なんて未完成もいいところ。「美しき戦力外」は興味や関心を完全に失い、お別れの会にすら人がこなくなるのである、と。

 僕は「古民家カフェ」とプリントしたコピー紙をクシャクシャと丸め、球場を後にしました。そして、いつもリョウさんを眺めていた、道路を挟んだ向かいにある金乗院墓地へつづく高台にあがり、少しだけクレーンで崩されたリョウさんを見下ろしました。リョウさんの向こうには新しい選手寮が見えました。そして、改めてリョウさんを見ました。「やっぱコレはないわ……」と思いました。

 墓地から廃墟を見下ろすのも今年が最後となるでしょう。だが、それでいいのです。リョウさんは、誰からも求められず、惜しまれなくなるまで、働きつづけたのです。そして、晴れて戦力外となり美しく消えたのです。ここまで頑張ったら、もう誰も「あと1年」とか「非情」とか言わないですよね。もう、休んでいいですよね。お疲れ様、リョウさん。たくさん楽しませてくれてありがとう。僕たちはアナタを忘れ、未来へ歩いていきます。

 リョウさんが消え、ガランとしたこの場所。

 でも僕たちは寂しくなんかないよ。

 ここには新しいサブグラウンドとブルペンを建てるんだから。

 だから、墓標はいらないよね、リョウさん――

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(フモフモ編集長)

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