「小指の靭帯がなくても野球はできる」――竜の主将、高橋周平の強い気持ちが奇跡を起こす

「小指の靭帯がなくても野球はできる」――竜の主将、高橋周平の強い気持ちが奇跡を起こす

ルーキーイヤー以外、Aクラスを知らない高橋周平 ©文藝春秋

「勝ちたい」

 今年1年、主将としてチームを牽引してきた高橋周平は、ことあるごとに口にしてきた。

 奇跡のCS進出か、7年連続Bクラスに沈むのか――。ドラゴンズは、今まさに崖っぷちの戦いを強いられている。もう片足どころか両足が滑り落ちてしまったのかもしれない。苦手のマツダでの広島戦は1勝2敗と押し切られ、ホームに戻っての阪神戦は、この記事を書いている間に完敗を喫してしまった。

「勝ちたい」のに、もう一押しのところで勝てない。また、今年も同じことの繰り返しなのか……。

 ドラゴンズファンは、12球団の中でも一、二を争う厳しさを持っている。敗戦時だけではなく、劣勢、あるいは同点だったとしても、SNSにはネガティブなコメントが並ぶ。理由は「勝てない」ということに尽きる。12球団でもっともCSから遠ざかっているのは、ドラゴンズだ。

 ファンの心を明るくするには、勝つしかない。ドラゴンズが変わったと思われるには、勝つしかない。「勝つことが最大のファンサービス」だということを周平(やっぱりこう呼びたい)は骨身に沁みてわかっている。今年8年目のシーズンを迎えた周平は、ルーキーイヤー以外、Aクラスを知らない。

「オレが活躍するかどうかはどうでもいい。それよりも勝ちたい」
「今年はなんとしてもクライマックスシリーズに出たい」

 春季キャンプで同部屋になった石川翔に語った言葉である。その気持ちは、今も途切れてなんかいないはずだ。

■「周平で負けたら仕方ない」

 与田剛監督のもっとも秀逸だった采配は、高橋周平にキャプテンを任命したことだと思う。

 1月4日、与田監督に呼び出された周平は、「あぁ、トレードか」と思ったという。冗談めかしているが、このことは2019年1月時点の周平のチーム内でのポジションを如実に表している。今思えば信じられないが、春季キャンプまで周平はまだ「定位置争い」をしていたのだ。

 キャプテンに任命されて「エッ〜、マジ〜」とうろたえていた周平だったが、みるみるうちに自覚と責任が生まれてきたようで、「チームが盛り上がるようにやっていきたい」「第一にチームを考えてやりたい」と繰り返し言うようになった。キャンプでは先頭に立って、とにかく声を出しまくった。

 周平が大切にしていたこと、それは「準備」だ。「地獄」と呼ばれる大島洋平の自主トレに参加して下半身を鍛え上げ、オープン戦ではデーゲームが始まる5時間前からランニングする姿が目撃されていた。「やれることはすべてやる」。それが今年の周平だ。

「間違いなく今年はきつい1年になると思っています。絶対にいっぱい悩むことが出てくるだろうし、壁にも絶対にぶつかる。それは今、すでに覚悟しています。だから、乗り越えるためには、準備だと思う」

 サードとして開幕戦に名を連ねた周平は、打撃と守備でチームを牽引していく。4月後半には不振に陥ったが、「歩く修理工場」こと立石充男巡回コーチのアドバイスをきっかけにして立ち直った。「自分はホームランバッターじゃない」と確信し、タイミングを取ることに集中した。

 そこから5月の活躍はご存知のとおり。打率4割1分7厘、猛打賞はイチロー、川上哲治らと並ぶプロ最多の8度を記録し、月間MVPに輝いた。プロ8年目にして初めての受賞。だが、筆者は輝かしい記録よりも、とある敗戦が記憶に残っている。

 5月29日、ナゴヤドームでのDeNA戦。1点リードされた延長11回裏、2死一三塁のチャンスで打席に立った周平だが、山崎康晃のシュートの前にセカンドゴロに倒れてゲームセット――。そのとき、驚きの光景を見た。SNSに「周平で負けたら仕方ない」というドラゴンズファンの声があふれたのだ。ここまでファンの信頼を得る選手になったなんて……。まるで『風の谷のナウシカ』のラストで王蟲の群れがナウシカ(周平)を蘇らせたシーンに見えて、胸が熱くなったものだった。

■心のクラウン賞をさしあげたい

「チームが勝つことが一番なんで」
「試合に勝つことだけを考えて」
「ホントにチームが勝ってくれれば何でもいいです」

 お立ち台で、インタビューで、周平はひたすらチームの勝利について語り続けた。9回裏に5点差を逆転されて悪夢のサヨナラ負けをくらったロッテ戦の翌日は「切り替えていくよ〜!」と大声を出して明るい雰囲気をつくりだした。周平は「竜の未来」どころか、明らかに「竜の現在」を担っている。

「キャプテンになって変わったのかな。自分の成績が悪くても下を向かなくなった。できることをやろうっていう気持ちが伝わる」

 これは周平の母・玉寄さんの言葉。言葉は少なくても、背中で引っ張る周平キャプテンの姿に、若返りつつあるチームは大いに勇気づけられていた。

 しかし、大きな試練がやってくる。7月16日の阪神戦で、一塁に戻った際に右手小指靭帯断裂という大ケガをしてしまったのだ。「小指の骨折なら出られる」と次の試合も出場する気でいたが、結局、痛みが引かずに登録抹消。最短での復帰は8月下旬と見られていた。まさに最悪の事態だ。その後、周平を欠いたチームは、またたく間に8連敗。あれだけチームの勝利を願った男は、どんな気持ちでこの連敗を眺めていたのだろう。 

 周平は手術せず、保存療法でできるだけ早い復活を目指すことにした。ただし、保存療法で靭帯が戻るわけではない。

「小指の靱帯がなくても野球はできる」

 後遺症も覚悟で選んだ道だった。8月15日にはアルモンテが今季絶望の負傷、同じ日に平田良介も負傷した(後に戦線離脱)。チームの成績も後がないところまで追い詰められている。もはや猶予はない。8月16日、周平は1カ月ぶりに一軍復帰を果たす。ファンの大歓声が周平を包んだ。

「やるしかない。チームの勝利に貢献したい」

 それほどまでに強い気持ちで一軍復帰したが、けっして本調子ではない。9月13日までの成績は79打数20安打、打率2割5分3厘。ヒットが出ていないわけではないが、打点が3と極端に少ない。バットは中指、薬指、小指の三本の指で握るが、そのうちの小指が曲がりきらないので、ギュッと握ることができないのだという。それでもやるしかない、というのが周平の答えだ。

 僕たちは現在進行形で、ものすごいドラマを見ている。才能の塊と言われて、大器の片鱗を見せていたけど、どこか頼りなくて、いたずらっぽいんだけどナイーブな少年のようだった選手が、さんざん迷走しながらも責任を負い、自覚が芽生え、才能を大きく花開かせたが、また奈落に突き落とされ、そこから必死になって這い上がろうとしているのだ。

 ケガを押してプレーすることを美談にしたいんじゃない。だけど、こんなの、応援するしかないじゃないか。筆者の「心のクラウン賞」は周平にあげることに決まっている。

 ドラゴンズの残り試合は今日(14日)を含めて12試合。CS進出が限りなく厳しいのは誰だってわかる。だけど、周平はまだ諦めていないはずだ。崖っぷちに、それこそ小指一本でも引っかかっているのなら、チームの勝利目指して戦うだろう。高橋周平は、きっとそう考えている。

 ならば、ファンもそれを後押しするしかない。周平が、ドラゴンズが奇跡を起こすことを信じて。

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(大山 くまお)

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