『凪のお暇』の中村倫也と話してわかった ”カメレオン俳優ではできない”緻密すぎる役者力とは

『凪のお暇』の中村倫也と話してわかった ”カメレオン俳優ではできない”緻密すぎる役者力とは

「2019年 エランドール賞」新人賞を受賞した中村倫也 ©AFLO

「僕、全然、憑依型の役者じゃないですよ」

 激動の年の終わりに、中村倫也はぽつんと言った。

■「カメレオン俳優」でブレイクの中村倫也にインタビューしたあの日

 昨年は彼を取り巻く環境が一気に動いた年だった。朝ドラ『半分、青い。』の朝井正人(マァくん)役で幅広い世代にも認知されるようになり、この年のYahoo!検索大賞では俳優部門賞を受賞。それまでも業界内では高く評価されていた中村だったが、そのポテンシャルが一般にも広く伝わっての“ブレイク”だった。

 初めて彼に話を聞いたのは2015年。主演舞台『ライチ☆光クラブ』のインタビューで、振付家と若手ダンサーとの鼎談(ていだん)。慣れない振りのダンスに苦心している様子をおもしろいエピソードを交え、明るく語ってくれたのを今でも覚えている。

 演劇や映画のプロモーションにおいて「取材日」というスケジュールが存在するのをご存知だろうか。簡単に言うと、舞台のチケット発売日や映画の公開日に合わせ、主演俳優やメインのキャストたちが、朝から晩まで入れ代わり立ち代わりで入ってくる取材陣から分刻みでインタビューを受け、衣装を着替えては撮影されるというなかなかハードな“儀式”だ。

 昨年末、中村倫也に話を聞く機会を得たのもそんな“儀式”でのことだった。

「よろしくお願いします」の言葉とともに、別室から移動してきた中村とふたり、テーブルで向かい合う。彼の登場でここだけ時が止まったようだ。約35分、単独インタビューという形で話を聞くのだが、そこにはひとつの“壁”があった。

 その壁とは、プロモーションとなる彼の主演舞台の台本最終稿がこの時点でまだ上がっておらず、キャラクターのアウトラインと作品の概要のみをもとに、記事の主軸となる話を展開しなければならないこと。あらかじめ台本を読めていない状態でのインタビュー……撮影が終わってから取材日が設けられる映画と違い、舞台の現場ではよくあることだ。しかし、聞き手としてはなかなかハードルが高い。

■質問の方向性や相槌の精度がブレると「んー」 

 このインタビューにおいて、ひとつ、心の中で決めていることがあった。

 それは当時、彼を評する際に多くの媒体が使っていた「カメレオン俳優」という呼称や「ブレイク」という表現を使わないこと。

 この日、早い時間から多数の取材を受ける中で、彼はきっと嫌というほど2つの単語をインタビュイーたちからぶつけられただろう。そして多分、そのことに飽きている。

 中村倫也はとても頭がいい人だ。

 こちらの問いがしっかりハマった時はとことん深い答えを返してくれるのだが、質問の方向性や相槌の精度がブレると「んー」と、(それで、本当に、大丈夫……?)というような空気が一瞬生まれる。それは苛立ちや不機嫌さとはまったく違う質のものだが、穏やかである分、よりこちらに突き刺さる。時に、試されてる? とも思う。いや、多分試されているのだ。どれだけの深度で取材者として彼と向き合えているのかを。

「実力、ある人、たくさんいますよ」過去の出演作を振り返る中で中村は言った。その言葉に、今の自分を取り巻く“熱”と、それを半分冷静に受け取る彼の姿が見えた気がした。

 取材が終わって外に出る。雪が降りそうな寒さだ。私の問いはあれで良かったのだろうか。最後は確か、ドラゴンボールの話で終わった気がする。

■「いつも、穏やかで優しい」からこそ難しい、安良城ゴンという役柄

 2019年の中村倫也は、現状、地上波だけで3本のドラマに出演。『東野圭吾 手紙』、1月期の『初めて恋をした日に読む話』、そして夏ドラマの中でもF1、F2層から多大な支持を集めている『凪のお暇』。

『凪のお暇』で中村が演じる安良城ゴンは、人生をリセットしようと立川のボロアパートに越してきた主人公・凪(黒木華)の隣人。周囲の女子たちに合いカギを渡しまくり、嫉妬でゾンビ化した美大生にペンで刺されても「ペンが折れなくて良かった。モルちゃんの商売道具でしょ」と、にっこり微笑むような人物である。

 第8話、凪の実家の北海道で生まれて初めて嫉妬という感情に出会うまで、ゴンには感情の起伏がなかった。いつも穏やかで、いつでも、誰にでも優しい。彼に関わった女の子たちはその優しさをひとり占めできないことに病んでいく。こういう役柄を演じるのは俳優にとって“試練”でもある。はっきり喜怒哀楽を前に出すキャラクターの方が容易に演じられるからだ。まして、ドラマ内でゴンのバックボーンはほぼ描かれない。育った家庭も過去の職歴も子ども時代もなにもわからないまま、この役をあれだけ魅力的に立ち上げられたのは中村倫也が積み上げた役者力あってのことだと思う。

■「カメレオン俳優」ではなく、「職人俳優」の中村倫也

 中村のデビューは2005年。じつは意外に早い。だが、しばらくは代表作にめぐり会えず、20代の中盤には腐った時期もあったという。そういうある種の挫折を乗り越えながら技術を磨き、近年のドラマだけでも“井筒劇場”と呼ばれた『ホリデイ ラブ』の激情パワハラ夫・井筒や、『闇金ウシジマくん Season3』の“洗脳くん”、『今日から俺は!!』の卑怯な不良・紅野、“そこにパイがあったから”の名言を残した『はじ恋』山下くん等の濃過ぎるキャラクターを経て、彼は出会った……安良城ゴンという圧倒的な当たり役に。

 正直、ゴンを下手な俳優が演じたら、嘘くさくて恥ずかしくて見ていられなかったと思う。が、中村はこの難役をとんでもない説得力をもって演じきった。息を吸うように抱いていた凪を心から好きになり、今は手を握るだけで精一杯と語るゴン、初めて人を想い、震えながら告白をするゴン。ゴーヤを媒介に凪と出会った時とは目に宿る光の強ささえまったく違う。

「僕、全然、憑依型の役者じゃないですよ」

 昨年末、彼が言った言葉をもう1度思い出す。そう、中村倫也は役になりきる、役が降りてくるといった“憑依型”のプレイヤーではない。つねにどこか冷静な自分を保ちながら、役との距離をはかり、相手役から投げられた演技のボールを完璧に受けて的確に返す、熟練の職人のような俳優なのだ。一見、ただ自然に演じているように見えるゴンも、じつは緻密なプランの上に成立させていると確信する。

 世に認められない悔しさを糧に技術を身に着け、ある年齢になってから“ブレイク”した俳優は強い。32歳、ここから中村倫也の時代が始まる。

(上村 由紀子)

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