日韓関係もオリックスも“厳しい冬”へ 引退・岸田護に伝えたい感謝の気持ち

日韓関係もオリックスも“厳しい冬”へ 引退・岸田護に伝えたい感謝の気持ち

今季限りでの現役引退を発表した岸田護 ©時事通信社

 私ごとで恐縮であるが―― 否、毎回私ごとしか書いていないような気もするがそれは気にしないことにしよう――国際シンポジウムのために韓国に来ている。どうして韓国に、と思われる方もいるかもしれないが、筆者の本業はオリックスファンではなく、韓国政治研究者なのである。季節はすでに9月末。日本の北西に位置し、ユーラシア大陸に連なる朝鮮半島の秋は早い。温度は日を追うように下がり、朝の気温はもう10度近くにまでなっている。数週間もすれば山では紅葉も始まり、もうすぐ長くて寒い冬が始まることになる。

 とはいえ、ここ韓国で急速に「寒さ」を増しているのは気温だけではない。今年7月の日本政府による輸出管理措置発表以降、韓国の政府・世論は日本への反発を強めており、筆者の参加したシンポジウムでもそこここで日本を糾弾する声が上がっていた。メインセッションの一つでは、韓国の元大臣経験者による「我々市民の力で日本を屈服させよう!」という声に、聴衆の市民が一斉に拍手が起こる、という一場面もあり、このシンポジウムに参加した唯一の日本人研究者であった自分としては、正直、居辛い思いをしなかった、といえば嘘になる。大学院に進学して韓国政治研究を志してすでに29年。韓国でのシンポジウムや学会に参加してこれほど「寒い」思いをしたのは初めての経験だ。日韓関係は本格的な「厳しい冬」を迎えようとしているように見える。

■僅か19日で終わったオリックスの「秋」

 さて、9月に入り、急速に冬への準備を進めているのは、オリックスも同様だ。振り返れば、オリックスファンにとって8月は希望の月だった。連勝と連敗を繰り返しつつ少しずつ借金を返し、2014年以来、5年ぶりのクライマックスシリーズ進出はもはや目前のように見えた。しかし、「秋」はロメロの故障と共に突然やってきた。ロメロどうしてあなたはロメロなの。こうして9月に入ったオリックスは世界的な「地球温暖化」と猛烈な残暑を無視するかのように、カレンダー通りに律儀に「秋」へと突入した。そして枯葉が一枚一枚落ちるように、チームは借金を増やし、一部で有名な筆者のツイッターアカウントのタイムラインには、ため息とも諦めとも言いようのない書き込みが並ぶことになった。

 そして、9月19日、筆者がまさに国際シンポジウムで韓国の研究者を相手に孤軍奮闘、下手な韓国語で激論を交わし、疲れ果ててホテルに戻ってきた時、ついにその知らせがやってきた。「今年も」クライマックスシリーズ進出の可能性が消滅したのである。吉田正尚と山本由伸にそれぞれ首位打者と防御率1位の可能性が残っている、という部分を除いてしまえば、オリックスのチームとしての今シーズンは事実上、ここで終了したことになる。つまり、オリックスの「秋」は朝鮮半島のそれより遥かに短く、僅か19日で終わったことになる。

「秋」が終われば「冬」。つまりストーブリーグの始まりである。そしてオリックスのクライマックスシリーズ進出の可能性が消滅した同じ日、一人の選手の引退ニュースが飛び込んできた。かつて、オリックスの守護神として君臨した岸田護。今シーズンは腰痛等で出遅れ、一軍での登板はなかったから38歳の彼が今シーズンでユニフォームを脱ぐであろうことを密かに予期していたファンも多かったに違いない。

■スタンドで見る以上に遥かにイケメンだった岸田護

 岸田は2005年の大学生・社会人ドラフトで3位指名され、2006年入団。この年の大学生・社会人ドラフト1位は現在アリゾナ・ダイヤモンドバックスに所属する平野佳寿、高校生ドラフト1位はT-岡田だから、オリックスにとっては当たり年だったことになる。多くのファンが鮮烈に覚えているのは、先発投手として二桁勝利を果たした2009年と、抑えとして33セーブを挙げた2011年の活躍だろう。通算成績は44勝30敗63ホールド63セーブ。この数字をどう見るかは人によって異なるだろうが、例えば同じ時期に現役生活を送った、金子や平野と比べると、目立つ数字とは言えない。2013年以降は故障に苦しみ1軍と2軍を往復する日々を送っていた岸田の全盛期は、その長い現役生活に比して、決して長いものとは言えなかった。

 とはいえ、岸田はオリックスファンにとっては「それ以上」の存在であった。シーズン終了後のファンフェスでは常に「盛り上げ役」として、中心的役割を果たし、若干滑り気味ながらも巧みな話術で、スタンドを何度も沸かせてきた。キャンプでのファン対応が丁寧なことでも有名であり、サインをねだるタイミングを計りかねて逡巡する子供達に、笑顔で自ら手を差し伸べる姿は、はたで見ていても見事だというしかなかった。筆者の記憶が正しければ、我が家の娘たちが最初にキャンプでサインを書いてもらったのも岸田であったはずであり、未だ幼かった子供たちが無邪気に喜ぶ姿は今でも鮮明に覚えている。キャンプではファンに囲まれて困っている若手選手に、自ら進んで代わってサインをしてみせる場面もあり、こういうベテラン選手がいると若手は本当に頼もしいだろうな、と思わせる場面も多かった。謎の「イケメン球団」的な営業を展開するオリックスであるが、間近で見る岸田はスタンドで見る以上に遥かに本当に「イケメン」だった。顔が良いのはもちろんとして、野球選手としてまた人間として、格好いい。50代を過ぎた筆者ですら「あんな大人になりかった」と思うほどである。

 そして何よりも岸田は入団から引退の日まで、オリックスに在籍してくれた。チームの不振もあり、FAやトレード、さらには自由契約になりチームを去る選手が多い中、岸田の姿は常にチームにあり、一軍でも二軍でもファンを暖かく迎えてくれた。岸田、本当にありがとう。そして長い間、ご苦労さん。また娘たちを連れて行くから、キャンプで会えるといいな。

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(木村 幹)

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