ありがとう、三輪ちゃん! “泥臭い名脇役”三輪正義という男の記憶

ありがとう、三輪ちゃん! “泥臭い名脇役”三輪正義という男の記憶

引退セレモニーで雨の中ホームにヘッドスライディングする三輪正義

■悲しみや涙とは無縁の引退セレモニー

 こんな引き際もあるんだな……。土砂降りの雨の中、三輪正義の引退セレモニーを見ていて、そんなことを考えていた。出場選手登録されていないので、試合には出られないということは聞いていた。また、この日は対戦相手の巨人が優勝する可能性があったため、事前に引退セレモニーが予定されていたわけではなく、前夜の「巨人優勝」を受けて、急遽決まったイベントだということも聞いていた。

 さらに、台風17号の影響で試合中の降雨、荒天となることも予想されていた。それでも、球団はセレモニー前日となる21日の夜に公式ホームページで、「引退セレモニー実施」を告知した。突然の発表。チケットはすでに完売している。長年の三輪ファンにとって「行きたくても行けない」、そんな緊急事態に困惑した人もいたことだろう。何から何まで異例ずくめの出来事だった。しかし、「それもまた三輪ちゃんらしいな」という、そんな思いを抱いて、僕は神宮球場に向かったのだった。

 試合開始当初は雨も小降りで、レインポンチョの必要もなかった。しかし、試合中盤からは降ったりやんだりが繰り返され、その後は霧雨状になったり、ビールカップの水面ではじけるほどの大粒となったり、間断なく雨が降り続けることとなった。試合は先発・石川雅規の好投、そして期待の廣岡大志の見事なホームラン、松本直樹のプロ初ホームランなど、ヤクルトファンにとっては、見所の多いゲームだった。試合内容は文句ない。あとは、三輪ちゃんの引退セレモニーが無事に行われることだけが、みんなの願いだった。

 年間シートのお隣さんであるFさんや、トイレに行ったときに出会った知人たちとも、気がつけば「三輪引退セレモニー」の話題が口をついて出てくる。「このまま雨天コールドになったら、セレモニーはどうなるんだろう?」「みんなが帰宅準備をしている中でのセレモニーも三輪ちゃんらしいよね」「逆に、この雨のおかげでブルーシートが敷かれて、ヘッスラしやすいのではないか?」「セレモニー中に両軍選手全員クラブハウスに引き上げて、三輪ちゃん一人だけになったら面白いよね」「セレモニー中に照明まで落とされちゃったりして(笑)」……。これらの会話に共通していたのは、そこにまったく悲壮感や涙の要素が皆無だったことだ。悲しみや涙とは無縁の男、それが三輪正義という選手だった。

■泥臭い練習でつかんだ名バイプレーヤーの座

 初めて「三輪正義」という選手のことをきちんと意識するようになったのは、野球専門誌『野球太郎』19号を読んだことがきっかけだった。その連載記事は「ドラフト最下位指名選手」と題され、筆者は文春野球コミッショナーの村瀬秀信氏。この記事がとても面白く、これを読んだことで、強く三輪のことが気になるようになったのだ。先日発売されたばかりの村瀬氏の新刊『ドラフト最下位』(KADOKAWA)にも収載されているが、ここに登場するエピソードが、いずれも面白い。

 高校卒業後も野球を続けたかったものの、大学からも、社会人チームからも、いずれも声はかからず、地元山口の山口産業に入社。そこで、生まれて初めて軟式野球を始めた。昼間は市内のガソリンスタンドに勤務しながら、オイル交換、タイヤ交換、バッテリー交換に励む日々。ところが、やはり硬式野球が忘れられず、誰にも相談せずに勝手に退社。翌月に予定されていた福岡ダイエーホークス(当時)の入団テストを受けることにした。

 しかし、最終選考まで残ったにもかかわらず、彼はテストを受けられなかった。04年のプロ野球界を揺るがした「球界再編騒動」に伴うストライキにより、入団テストが行われなかったのだ。無職となった三輪にとって幸いだったのは、その翌年から四国で独立リーグ発足の知らせが届いたこと。四国アイランドリーグの香川オリーブガイナーズ在籍中に、同じく四国の松山でキャンプ中だったヤクルトとの練習試合で活躍。それを機に、07年秋のドラフト6巡目でのヤクルト入り。いくつもの偶然が重なった結果、三輪はヤクルトの一員となったのである。

 身体も大きくなく、華やかな経歴も持たぬ男は、泥臭く練習するしかない。チームに欠かせない存在となるには、一芸に秀でるしか道はない。かつて、野村克也監督が口にしていた「脇役の一流」として、自分をアピールするしか方法はない。

 内外野どこでも守れる守備固めや代走要員としてはもちろん、彼のバントの技術は超一流だった。鮮やかに狙ったところに、意図した勢いのボールを転がす技術は天下一品だった。昨年、この文春野球でも書いたけれど、僕にとっての「三輪ちゃん名場面ベストワン」は昨年の8月14日の巨人戦で見せた9回裏の見事な代打バントだ。誰もが「ここはバントだろう」と思い、巨人ベンチが二重、三重に警戒している中での見事なバント。「これこそ、プロの技だ」と感心したことをよく覚えている。

 前掲書の中で、三輪の印象的なセリフが紹介されている。

「『あの時もっと練習しておけば』という悔いはないですね。毎日こんなに同じことをできる人が他にいるのかと思うぐらいはやってきましたから。神宮のベンチ裏の通路で、一番走ったのは僕ですよ、たぶんね」

 まさに、それが三輪正義という男なのである。

■最高の選手には最高のセレモニーがふさわしい

 19年9月22日、一塁側内野スタンド、ライトスタンド、そしてこの日、一部開放されたレフトスタンドに陣取ったヤクルトファンが見守る中で、三輪の引退セレモニーが始まった。試合は雨天コールドでヤクルトの勝利。グラウンドにはブルーシートが敷かれている。それは野球の神様が三輪のために用意した花舞台だった。天が三輪の味方をしたのだ。前日に行われた館山昌平、畠山和洋のセレモニーは涙に暮れる切ない別れのときとなった。しかし、この日は違った。登場の瞬間から三輪ちゃんは三輪ちゃんだった。

「えーと、いろいろ考えてきたんですけど、こんななるなんて思ってなかったんで、全部飛んでます、しゃべろうと思ったことが(笑)。ただ、こういう場を設けていただいたヤクルト球団の関係者のみなさま、ホントにありがとうございます!」

 そこに涙はない。その後、歴代監督、コーチ、ファン、恩師、友への謝辞が述べられた後、チームメイトへのあいさつが続く。

「……それと、チームメイト。先輩、後輩、同級生。ホントにたくさんイジってもらいました。ここでは言えないこともたくさんありました。ねっ、青木さん、いっぱいありましたよね! それと後輩。これはホントになめた後輩が多かったです。名前を挙げればきりがありませんが、川端、荒木、山崎……。各世代にわたって、なめた後輩が多かったです。ただ、彼らのおかげで、僕はとても楽しい野球人生を送ることができました!」

 大雨の神宮球場が笑いに包まれる。そして、両親や夫人、娘たちへの感謝の言葉が続き、あいさつはエピローグを迎える。

「その方々に恩返しをする意味では、これからの人生、僕がどう歩んでいくかが大事になってくると思います。そのために努力をし続けて、これからも頑張っていきたいと思います。最後に、ヤクルトファンのみなさま。これからも、ヤクルトスワローズの応援をよろしくお願いします。そして、近い将来、ここにいる後輩たちが必ず優勝してくれると思っています。ねっ、塩見くん! ですので、これからもヤクルトスワローズに熱い声援をよろしくお願いします。みなさん12年間、ありがとうございました。……じゃあ、行ってきます!」

 行ってきます――。花束贈呈を行おうとする関係者を自ら制止する三輪。そして自身の登場曲『ジェームズ・ボンドのテーマ』が場内に流れると、三輪が一塁に向かって走り出す。当然、ヘッドスライディングだ。ファンが自分に何を期待しているのか、三輪は知っていた。続けざまに、牽制で一塁に帰塁。二塁へ盗塁。きちんとリードを取って、臨時三塁コーチ・塩見の「回れ!」の指示を受けて三輪がホームに頭から滑り込む。その先に待ち受けていたのは花束を持った奥さまと娘さんの姿……。

 笑顔あふれる家族と、それを大爆笑で見守るナインたち。最後の最後まで、三輪ちゃんは三輪ちゃんだった。ユニフォームを泥だらけにしながら笑顔で場内一周していたにもかかわらず、最後は再びホームにヘッドスライディング。2度目の胴上げも行われた。独立リーグ出身者では初めてとなるFA権を取得した。ホームランは一本も打つことはなかったけれど、その走塁、守備、そしてバントする姿はみんなの記憶に焼きついている。

 最高の選手には、最高の引退セレモニーがふさわしい。客席には前日に引退したばかりの畠山の姿もあった。すでに現役を引退している松岡健一、田中浩康もいた。他にも坂口智隆をはじめとする私服姿のチームメイトがスタンドから見守っている。誰からも惜しまれつつ、誰からも笑顔で見送られる稀有な存在だった。こんな引退の仕方もあるのだということを初めて教えてくれた。ありがとう、三輪ちゃん。あなたは最高のバイプレイヤーだった。ありがとう、三輪ちゃん!

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(長谷川 晶一)

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