ベイスターズ「2位」が決まったのに、どうしてモヤモヤするのだろう

ベイスターズ「2位」が決まったのに、どうしてモヤモヤするのだろう

梶谷隆幸のダイビングキャッチ ©共同通信社

 9月21日。その日の帰りのことは、よく憶えていない。ウィング席で、前の人が早めに用意していたジェット風船が手持ち無沙汰に揺れていた。隣の席の少年が「これがベイスターズの野球ですよ」とため息交じりに言った。私は、スタメンにはいない、筒香のタオルを黙ってカバンにしまった。遠くに誰かの歓声が聞こえる。いつもより空いている京浜東北線。ラグビー帰りだろうか、ガタイのいい外国人たちに囲まれながら、私と、一緒に観戦した友人は何となくキングオブコントの話をしていた。2ヶ月前に友人が取ってくれたチケット。「この日優勝を見るよ」と話していた、その予想は希望とは真逆の形で実現した。

 私は、悔しさを記憶の底に封印した。

■なんとか3位に滑り込んだ2年前とは違う。でも……

 9月24日。この日ベイスターズは22年ぶりの「2位」が確定し、と同時に初めてのCS本拠地開催を勝ち取った。すごいよね。すごいことだ。大型連敗と中型連敗とミニ連敗を繰り返して、それでも最後2位にこぎ着けた。広島に大きく引き離されながら、なんとか3位に滑り込んだ2年前とは違う。何よりこの時期まで優勝争いをしていたんだよ。すごいこと。すごいことなのに、どうして私はこんなにモヤモヤしているんだろうか。何贅沢なこと言ってんだ。

「俺は悔しいね。だって優勝できたよ。だから悔しい2位だよ」

 塾から帰ってきた長男が、アイスを食べながらしたり顔で言った。見透かされたような気がして、ビクッとする。「巨人はあんなに補強したのに、ぶっちぎりの優勝じゃないじゃん。ベイスターズはめっちゃチャンスあった。でも勝ちきれなかった」。そして「あーー県大会思い出しちゃった」と苦笑いした。

 長男の所属する野球部はどこかベイスターズに似てる。部員数はギリギリ、代わりはいない、これがホントの全員野球。ただ時折ミラクルサヨナラホームランをぶっ放ったり、強豪校の謎の出場辞退に出くわしたり、なんだかんだでスルスルっと県大会に駒を進めた。中3の長男にとって、中学最後の大会。1回戦は快勝し、2回戦。この日勝てば関東大会が見える。関東大会に行けば吹奏楽部が来てくれる。吹奏楽部の女子にいいとこ見せたい部員は色めき立っていた。前日「眠れない」と夜中の素振りに付き合わされ、早朝、ソワソワしながら出かけていった。まあ頑張りなよ。ここまで来れただけでもすごいんだから。リラックスして。とかなんとか言って送り出した気がする。長男は「まあね」と言って、ドアを閉めた。

 玄関で、ズサっと、重い荷物が落ちるような音がした。大きなリュックと泥だらけでうずくまっている長男が、西日に照らされていた。「上がんな。風呂入りな」とだけ言って立ち去ろうとすると、「ヒッ……ヒッ……」泣いてる。砂まみれの顔に涙が線を作って、肩が小刻みに震えてる。まじか。わかんない。こういうとき親ってなんて言えばいいの? 子どもはどんなこと言われたら嫌だったっけ。でも私が何か言うより先に「悔しいよ。勝てた。悔しい」と吐き出すように長男は言って泣いた。玄関先で、43歳と中3はおいおい泣いた。ねこが心配そうにそれを見ていた。

「あの時さ」。アイスの後の柿ピーを食べながら長男が言う。「俺、試合終わってすぐ、泣けなかったんだよ」。最終回まで勝っていた。4−1で勝っていて、でも逆転されて、それは一瞬だった。試合直前にレギュラーの一人が怪我をした。人数ギリギリのチームで、慣れないポジションにミスが出た。「俺も2年までずっと補欠だったから、わかるんだよ。試合出られるのめちゃ嬉しい。だから活躍して欲しかった。活躍したんだよ。実際あいつがヒット打って逆転したし。そのまま終ればなぁって」。「3年の俺が泣いたら、なんか責めてるみたいになるじゃん」。

■梶谷の奇跡みたいなダイビングキャッチと「悔しい2位」

 そう、9回まで、勝っていた。1点差を、先発と中継ぎが必死に守って。逆転優勝に、わずかなわずかな望みを繋いで。先頭バッター、岡本選手の痛烈なライナーにライトの梶谷が飛び込んだ。水泳選手が水に飛び込むように、ナイフみたいに。逸らしたら、ツーベースは確実だった。神様はまだ味方してくれている。フォアボールでランナー溜めたけど、あと一人。神様。

「最後ボールがあいつのとこに飛んで、追いつかなくて、サヨナラだった」。さらに食べ物を物色しながら長男は言う。神様って……いるのかね。あの時捕球して立ち上がり、梶谷は小さくガッツポーズをした。ケガ、手術、長いファーム生活。梶谷にとって、今年は辛いシーズンだったかもしれない。だけどやっぱりライトはカジだよ。カジしかいないよ。全世界がそう思った時に、また梶谷の前にボールが転がってきた。

「カジ、お願い!!!!!!!」絶叫しながら脳裏をよぎった。負けたら終わりの、日本シリーズ第6戦、11回裏の、梶谷のバックホームが。同じように「カジ、お願い!!!!!!!」と絶叫したあの時、ホームの手前で大きくバウンドしてボールは消えた。今度は、今度こそ、カジにご加護を。神様。

 守護神が打たれた後のハマスタは、しんと静まり返っていた。青いジェット風船で満たされるはずの空に、間の悪い一つ二つが所在無さげに漂っていた。「俺はでも、県大会まで行けたのはすごい自信になったし、野球って面白いなって、高校行ってもやっぱやろうかなって思った」。そして「あーでもやっぱ、思い出すと悔しいな」とニヤニヤ笑う長男。もう食うな。

 私は……忘れようとした。あの日見たカジのダイビングキャッチが、あまりにもすごくて、それが勝ちへと繋がらなかったことへの怒りと絶望に、私は耐えられなかった。あの日のバックホームのリベンジをさせてくれない神様を恨んだ。その気持ちが、「2位」から目をそらさせていた。2位はすごい。そして悔しい2位はもっとすごい。悔しい2位の中に、カジのあの奇跡みたいなプレイはずっと残る。チャンスはまだある。もっともっとすごいステージでやり返せって、言ってるのかもしれない、神様は。

 ベイスターズはもう、何も知らない挑戦者ではない。どん底からここまで這い上がって、求めてるのは「奇跡」なんかじゃない。優勝争いをする力が、ベイスターズにはあるのだから。そのことに、今やっと気づいて、私はみんなより周回遅れで、めちゃめちゃ喜んでます。

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(西澤 千央)

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