「史実と違う」「なつの行儀が」アンチも見るのをやめられない『なつぞら』の底力

「史実と違う」「なつの行儀が」アンチも見るのをやめられない『なつぞら』の底力

『なつぞら』ヒロイン・なつを演じた広瀬すず ©AFLO

 朝の連続テレビ小説『なつぞら』放送の後を受けるNHKの朝の情報番組『あさイチ』で、今年4月の放送で本当にあった一幕である。その日の特集は「平成から令和へ 新しい夫婦のカタチ」。事実婚や週末婚、そして専業主夫という多様な形の夫婦を取り上げ、変化する社会について考えるというNHKらしい穏当な企画だった。

■「専業主婦イコール時代遅れと決めつけるの、やめませんか」

 企画に賛同するリベラルな視聴者からの反応をいくつか紹介した後に、女性アナウンサーが神妙な顔でメールを読み上げた。

「……そして、専業主婦の方からもあさイチにメールをたくさん頂きました。XX県30代のXXさんです。『専業主婦です。私は家事が得意で大好きです。夫には外で働いてもらって、家では子供の相手をきちんとしてくれたら、家事はしてくれなくていいと言っています。(中略)家庭はこれで回っていますし、幸せです。専業主婦イコール時代遅れ、古くさいと決めつけるの、やめませんか』」。

 スタジオに並ぶ男女ゲストの表情には明らかにある種の緊張が走っていた。そこまでの放送の中で、専業主婦に対して強く攻撃的な発言があったわけではない。それでも「私が古くさくて時代遅れだと決めつけないでほしい」という反応がNHKにはあったということなのだろう。

■次作『スカーレット』のSNSでも似た騒動が

『なつぞら』の次作101作目、戸田恵梨香主演の朝ドラ『スカーレット』の公式HPに対しても似たような騒動がSNSで起きた。陶芸家をモデルにした主人公を「究極の働き女子」と表現したことに対して、「専業主婦だって働いている」という批判がNHKアカウントへの@マーク付きでツイッターに投稿され、300以上RTされたのだ。


 過剰な反応に思えた。その論理で言えば「働く女性」「女性の社会進出」という言葉さえおいそれと使えなくなってしまうだろう。しかし、朝の連続テレビ小説というコンテンツが放送され、視聴率で厳しくジャッジされるのはそういう場所である。

■『なつぞら』モデルの奥山玲子は教師に食ってかかる令嬢だった

『なつぞら』の主人公のモデルと非公式に言われている、奥山玲子は率直に言って苛烈な女性である。叶精二氏によるこの上なく貴重なインタビューと取材を集めた書籍、『 日本のアニメーションを築いた人々 』によれば、彼女は『なつぞら』のような戦災孤児ではなく、仙台市の伊達藩国家老の血を引く名家に生まれた令嬢だった。

 小学生で坪内逍遥訳の世界文学全集を読破するほど早熟な文学少女で、成績優秀者の総代として卒業証書を受けながら、小学生で迎えた敗戦に衝撃を受ける。ミッションスクールに通う中高生時代に始まった朝鮮戦争はさらに思春期の彼女を大人に対する怒りで燃え上がらせた。

 敬虔なクリスチャンが通う女子高の中で、彼女は「神がいるならなぜ戦争が起きたのか」と教師を問い詰め、「第二次大戦が始まった時、20歳以上だった大人は全員が戦争犯罪者だ」と食ってかかった。奥山玲子は東北大学に入る前の高校時代からカミュやサルトルの実存主義に心酔し、「私はボーヴォワール(*)のようになりたい」と願う女子高生だった。その後、彼女は東北大学を中退して上京し、東映動画で猛烈な闘争に身を投じていく。

*ボーヴォワール……フランスの著名なフェミニスト

 リベラルな人たちが奥山玲子の伝記を読んで、「こんな魅力的な、こんなドラマティックな女性の人生をどうしてそのまま物語にしなかったの」と怒るのは、まあわかる。何しろ上野千鶴子より12歳以上年上、フェミニズムという言葉さえない時代にラディカルフェミニストのように荒れ狂う女子高生がいた、しかもその女性が誰もが知る日本アニメの黎明期の作品に深く関り、宮崎駿や高畑勲にも影響を与えていたという事実は、奥山玲子の人生を伝える本を読んでいて電気のようにビリビリと心を震わせる。

 しかし、と一方で思う。その企画は、記念すべき100作目の朝ドラヒロインとして果たして通っただろうか。多様な形態の夫婦を紹介しただけで、あるいは陶芸家の女性を「究極の働き女子」と呼んだだけで反発が巻き起こる今のNHKで、名作『カーネーション』よりもはるかに過激な、というかはっきり言って日本のテレビドラマでほとんど描かれたことがないほどラディカルな戦う女の生涯は反発を呼ばなかっただろうか。

『なつぞら』の放送時には、やれ広瀬すずが演じる奥原なつが口の利き方が失礼だの、やれ中川大志演じる坂場くんを指差しただのという一挙手一投足の礼儀作法への「お小言」がSNSで大盛況だったが、現実の奥山玲子はコップを握り割って荒れ狂う年長の男性演出家に「監督なら黙って責任を取れ」と男言葉で言ってのけるような女性だった。夫の小田部羊一氏によれば、彼女は女言葉どころか敬語すら使わずよく男性演出家と激論したという。

■『なつぞら』は奥山玲子の人生を裏返したが……

『なつぞら』の作劇法は実は、奥山玲子の人生を裏返すような手法で書かれている。それは特別な家に生まれた特別な少女が周囲を変えていく物語ではなく、戦災孤児として拾われた、フェミニズムから最も遠い女の子が、周囲の女性たちによって変わっていく物語である。

 広瀬すずが演じた奥原なつは、確かに奥山玲子のような早熟のフェミニストではない。でも女性として初めて北海道大学に進学し「女性の開拓者になりたい」と語る、血のつながらない姉妹・夕見子との、文字通り血ではなく魂でつながるシスターフッドが描かれる。激烈な労働争議の末に東映動画をねじ伏せた奥山玲子の戦いの代わりに、貫地谷しほりが演じるマコこと大沢麻子が描かれる。


 一度は退職し、自身は子供に恵まれなかったが働く母親のための会社を設立するマコこと麻子の人生は、貫地谷しほりが演じた朝ドラ『ちりとてちん』の結末、落語家を引退してお母ちゃんになるという、彼女が当時すぐには受け入れられなかったとインタビューで語った結末のオルタナティブに見える。

 と同時に、それは意図したかどうかは別にして、『なつぞら』の放送中に起きた歴史的大事件の被害者となった、京都アニメーションの創業の経緯をSNS上で多くの人に思い起こさせた。京都アニメーションもまた、八田陽子という一人の女性が、一度は結婚してアニメ界から引退しながら、再び京都の主婦たちを集めて作った会社である。

 ジグソーパズルのピースのように登場人物をひとつ取り上げれば、確かにそれは奥山玲子個人に対する忠実なドラマ化ではない。しかし最終回まで組み上げられた『なつぞら』というドラマ全体を通してみた時、それはアニメ黎明期にどれほど多くの女性たちが存在し、何を望んだかという「彼女たちの時代」の大きな群像画、時代の肖像画になりえていると思う。

■なつへの反発は、周縁化された人々の憤懣かもしれない

 朝ドラ100作目のヒロインには大きなスポットライトが当たる。だが、その強い光は同時に激しい反発も生む。いくら努力や苦悩を描いてもSNSに上がるなつへの反発は、社会に主人公として扱われない、周縁化された人々の行き場のない憤懣(ふんまん)のように見えた。

 その声、主人公に自分を重ねられない観客たちを受け止めるように、『なつぞら』には多くの女性像が描かれていった。キャリア志向に乗り切れない心を受け止めるように、渡辺麻友が演じる心優しい茜が描かれ、「そう、いつもああいう要領のいい友達に面倒を押し付けられる、茜はなんてかわいそうで健気なの」と共感を集めた。


 キャリア志向の観客たちは麻子に心を重ね、「男の社員はみんな奥原なつみたいな若い子にデレデレして、女一人で頑張ってきたマコさんは…」と嘆きの声があがった。

 奥原なつの生き別れた妹、明るい主人公へのアンチテーゼのように影をまとった千遥を演じる清原果耶が満を持して登場した時のSNSの「アンチなつ」派の歓声と声援は、ほとんど宿敵NYヤンキースを地元ボストンで迎え撃つレッドソックスファンのような熱狂の域に達していた。「調子に乗るんじゃないよ奥原なつ! ダム・ヤンキース!」というわけだ。

『なつぞら』というドラマや主人公に反発するタイプの人々が、そこに登場する周辺の人物たちに対しては深い共感と感情移入をするという奇妙な現象は、たぶん大森寿美男がこっそりと意図していたものだったと思う。朝ドラの主人公には、時に反感や憎悪までハリケーンのように巻き上げる力が必要で、そしてその渦巻く賛否の中心で泰然としていられるからこそ、主人公は主人公と呼ばれるのだろう。

■『なつぞら』が日本社会にもたらした変化

 100作目の朝ドラ『なつぞら』は、視聴率的にもまずまずの成功を収めた。放送された半年間には多くのことが起きた。日本アニメ黎明期に多くの女性が存在したことが描かれ、奥山玲子と同じように、主人公奥原なつは結婚しても出産しても旧姓のまま仕事を続けた。代わりに育児をする夫を中川大志が魅力的に演じ、放送された夏休みに多くの十代のファンがそれを見た。

 福地桃子や山田裕貴ら、若い俳優たちが国民的にブレイクした。吉沢亮が演じた「天陽くん」のモデル、神田日勝記念美術館の入場者数は例年の4倍にも上っているという。

 アニメ部分を担当した『ササユリ』の代表を務める女性、舘野仁美氏(彼女のジブリ回顧録、『 エンピツ戦記 誰も知らなかったスタジオジブリ 』は名著である)が経営する西荻窪の「ササユリカフェ」には、子供をつれた多くの家族が連日訪れ、訪問者ノートは子供たちの描いたなっちゃんの絵で埋まった。そして舘野氏が抜擢した刈谷仁美という22歳の若き女性アニメーターが全国的に名を知られることになった。

「台本の表紙を描いたらキャストの人に評判が良くて、嬉しくなって26週分全部描いてしまった」と笑い、101作目『スカーレット』の戸田恵梨香へのプレゼントの絵まで描いてしまう刈谷仁美の若い体力と才能は、舘野仁美の語るように、なんて『なつぞら』の主人公に似ているのだろう。

 そして最も重要なことだが、奥山玲子に関する著書がいくつも復刊された。奥山玲子の貴重なインタビューを収めた名著『 日本のアニメーションを築いた人々 』は、著者の叶精二氏によれば朝ドラによって復刊希望の声が殺到し、そして8月25日に刊行されるとたった一か月で重版がかかった。『奥山玲子銅版画集』が刊行され、39年前に出版された絵本『 おかしえんのごろんたん 』が復刊した。

 僕はそれが朝ドラブームによる一時的な現象だとは思わない。あえて言うなら、現実の奥山玲子は『なつぞら』の何十倍も魅力的でインパクトにあふれた女性である。「事実は小説より奇なり」というのは当然のことで、だって現実の奥山玲子は、視聴率やNHKのコードを気にして生きる必要なんてなかったのだから。

■奥山が「残念なことに才人は全て男性でした」と語った真意

 もしもあなたが『なつぞら』をきっかけに奥山玲子に少しでも興味を持ったのなら、どうかネットの上のテキストを拾い読みするだけではなく、叶精二著『 日本のアニメーションを築いた人々 』の152ページを開いてみてほしい。そこでは奥山玲子がインタビューで「横を向けば大塚、楠部、永沢(詢)、月岡(貞夫)、林(静一)、宮崎と天才・異才ばかりという職場環境で、私は常にコンプレックスを抱えていました。残念なことに才人は全て男性でした」と語っている。

「残念なことに」という言葉には、本来はそうではないはずなのだが、というニュアンスが含まれている。本来ここにいるはずだった女性の天才たち、時代や環境に夢を阻まれ東映動画に辿りつくことのできなかった女性の異才たち、もし「彼女たち」が自分のようにペンを握ってここにいたらという思いで奥山玲子は「残念」という言葉を選んだのだと思う。奥山玲子の戦いの相手は、企業としての東映だけではなかったのである。

『なつぞら』が東映動画の激烈な組合闘争を矮小化した、奥山玲子の激しい生涯を薄めたという批判は、ある面ではその通りだと思う。でもあえて言うなら、『なつぞら』は奥山玲子の生涯を「薄めた」その分だけ、大衆という巨大な分母に向けて、奥山玲子の名を広めた。NHK往年の名番組『プロジェクトX』も取り上げなかった奥山玲子の名を、今は多くの人が知っている。

 講談社から刊行された『 漫画映画漂流記 おしどりアニメーター奥山玲子と小田部羊一 』の中では、宮崎朱美ら、奥山玲子と時代を共にした女性アニメーターたちの貴重なインタビューを読むことができる。以前なら志ある編集者がいくら机を叩いて上司に力説しても通らなかった書籍やドキュメンタリーの企画が、今なら日本中の出版社や放送局で動く。「朝ドラのモデルになった奥山玲子さんですが、本当の彼女は…」と、多くの人々に対して「物語の続き」を話し始めることができる。それが磯智明プロデューサーと脚本家の大森寿美男が『なつぞら』で成し遂げた達成であり、開拓である。

 宮崎駿が『折り返し点』188Pで、「仕事を辞めてくれと頼んだ日のことを、妻は今も思い出しては腹を立てている。今でも許していないだろう」と語る宮崎朱美、かつて大田朱美と呼ばれたアニメーター。宮崎高畑ら男性監督に当たるライトの影で作品を支えたHiddenFigures、知られざる女性たち。

 ももっち、森田桃代のモデルと言われた保田道世さんは3年前に亡くなった。この原稿を書いている時、貫地谷しほりの演じたマコさんのモデルと言われた中村和子さんが放送中の8月に亡くなられていたことが報じられた。

 まだ時間はある。彼女たちの時代を語ることのできる人たちが残っている。『なつぞら』は奥山玲子や宮崎朱美たちの物語を語り尽くすためではなく、最終回の後に、より多くの人が彼女たちについて語り始めるために作られたドラマである。

■夫の小田部羊一氏がトークイベントで語ったこと

 9月21日の夜、僕は吉祥寺で開催された、『奥山玲子銅版画集』出版を記念する叶精二氏と小田部羊一氏のトークイベントを観覧していた。「いやあ、僕は『海街diary』から広瀬すずさんのファンでね、奥山と違ったって許しちゃいますよ」といつもおどけてみせる小田部羊一氏は、たぶん21歳の若い女優が「史実と違う」と批判を浴びることと引き換えに、最終的には12年前に亡くなった彼の妻の名を多くの人々に知らしめることを最初から予感していたのだと思う。

 後半生、東京デザイナー学院アニメーション科で講師をしていた奥山玲子は、100本を超える生徒の作品を、どんなに稚拙であろうと集中力を切らさず全て目を通していたという。そして必要だと感じた生徒に対しては、マジックペンでさらさらと書いた作品評を兼ねた手紙を書いては渡していたらしい。小田部羊一氏によれば、彼女には推敲も書き直しもほとんどないから最初からマジックペンで書くのだという。

 ドラマと違い、現実の人生で奥山玲子が産んだのは息子であり、娘ではなかった。でももしも天国で彼女が『なつぞら』を見ていたとしたら、ハリケーンのように賞賛と敵意を巻き上げる広瀬すずや、情熱のままに26週分の台本表紙を描き上げていく刈谷仁美たちを、血ではなく魂でつながった娘のように思ってくれるのではないかと思う。ちょうど『なつぞら』のテーマがそうであったように。

「そのまま朝ドラにできるような大人しい女の半生記じゃなくてお気の毒だったね」と笑いながら、彼女が東京デザイナー学院の生徒たちにいつもそうしていたように、山口智子から粟野咲莉まで、表現に挑む魂の娘たち、後の世代を生きるヒロインたちへの厳しく優しい批評の手紙を、決して書き間違うことのないペンでさらさらと書いてくれるのではないかと思う。そして奥山玲子の魂が高い空から自分が去った地上を見守るとき、「残念なことに才人は全て男性でした」というあの無念の言葉を吐くことは、今も未来ももうないはずである。

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【公式】連続テレビ小説「なつぞら」さん(@natsuzora_nhk)がシェアした投稿 - 2019年 9月月22日午前1時42分PDT

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(CDB)

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